第1097回 新型コロナウィルスの死者と、肥満の因果関係。

 医療施設が整っていないから死者が膨大になると予測されている発展途上国では、いつまで経ってもさほど死者が増えず、飽食の国に犠牲が集中したという皮肉な結果。そこに今回の新型コロナウィルスの特徴がある。
 ベトナムは、人口が1億に近い大国だが、今回のパンデミックで死亡者が出ていない。
 今年の2月、ベトナムを訪れた。毎日、豊富な野菜を食べることができ、健康的な食生活であることを再認識した。そのベトナムは、世界中で肥満の少ない最上位の国である。そして、日本もまたベトナムよりは劣るが、世界のなかで肥満の少ない国の一つである。
  世界中の感染による死者数と、高齢者との関係は明らかだが、糖尿病などの持病や肥満の関係は無視できない問題だと思う。
  日本の死者数も欧米のようになると脅かされ続けたが、幸いなことに欧米の100分の1ほどの犠牲ですみ、緊急事態宣言が39県にて解除された。
 それでも、気が緩んだらまた感染クラスターが起こる、第二波がくる可能性が高いなどと、依然として不安から自由になれないが、不安の内容があまりにも抽象的であることが問題だ。
 感染してしまえば、本当に死んでしまうのか。たとえ自分が感染して死ななくても、大阪泉南市の愚かな市議が言うように、感染者は高齢者にとって殺人鬼なのか?
  そうした抽象的な不安の背景には、数理モデルという新しい感染者数分析モデルが政策決定で重要な役割を果たしてしまったことがあった。そのため、実生活でのリアリティと、専門家によるシミュレーションに大きな乖離が産まれた。実質、死者の数は、専門家が告げていたものの1000分の1ほどであった。
 この結果を、ロックダウンなどの成果だと主張することもできるが、被害の桁がこれほどまで違うということは、分析そのものに問題があるということだ。
 数理モデルの何が問題だったのか?
 数理モデルは、まあ簡単に言ってしまうと、たとえば感染被害が先行する地域の感染者数や死者数の伸びをもとに、一人の人間が持つウィルスが感染させる数などを割り出し、ウィルスの感染力の強さを決め、今後の感染の広がり予測や、他国においてもそうなる可能性があると決めてしまうことだ。
 このやり方が問題なのは、初期段階で感染したり、感染によって亡くなった人を、人類普遍のモデルとしてしまうこと。
 初期段階でPCR検査も大して行われていない時には症状が悪化した人たちが、感染者と数えられる。そして、その人たちが亡くなると、それが死亡率になる。
 だから、最初は、今回の新型コロナウィルスの死亡率は20%だなどと主張されていた。そうして亡くなった人たちが、高齢で、肥満で、持病のある人たちであっても、そうした個人的環境要因が無視されて、数字が作られる。
 世の中の全ての人が、高齢とか肥満とか持病があるわけではないのに、そして感染していても無症状の人がどれほどの数になっているかわからないのに、感染=死というイメージが作られ、複数の事例だけをとりあげてマスコミがウィルスの脅威を喧伝する。
 しかし、新型ウィルスは、ウィルスそれ自体が脅威なのではない。
 第一次世界大戦の時に世界中で多数の死者を出したスペイン風邪でさえ、ウィルスそのものの攻撃力はさほど強くなく、死因は複合的な細菌感染で栄養失調や劣悪な衛生状態との因果関係が強く、世界大戦という特殊環境下で、その条件が合致してしまったのだ。人類史最大のパンデミックとされるスペイン風邪は、人類史でもっとも多くの犠牲者を出したが、それは人類ではじめての世界大戦と関係している。
 歴史を振り返っても、疫病で多くの人が亡くなった史実が残っている時というのは、ほとんどにおいて気候異常や天変地異の記録がある。環境条件が変わった時、ウィルスによる致死率が高まったのだろう。
 つまり、ウィルスの犠牲は、ウィルスそのものの攻撃力によるものではなく、犠牲が大きくなる環境条件の方が問題で、そちらの方をより詳細に分析する必要がある。
 今回の新型コロナウィルスにおいて専門家が注意を促す第二波の対策も、その分析を生かすべきであり、次もまた全てを封鎖するという安易な手段を講ずるとしたら、経験から何も学べていないということだ。
 今回の新型コロナウゥルスに関しては、初期段階から、高齢者や糖尿病などの持病のある人の死者が多いことは注目されていた。
 平均寿命が低く、60歳以上で持病などを抱えながら生きている人がほとんどいない国々(ラオスカンボジア)では死者が出なかった。
 そうした新型コロナウィルスの被害が少なかった国々のなかで、私は、ベトナムが気になっていた。ベトナムの平均寿命はラオスカンボジアよりもかなり高く(75歳)、人口も1億に近い大国であるにもかかわらず、新型コロナウィルスの死者が0だからだ。いくら政策が優れていても、政策でそれほどの結果になるとは思えない。
 ドイツの感染政策も褒められているが、日本の10倍の人が亡くなっている。
 台湾やドイツや韓国が新型コロナウィルス対策の優等生のように言われるけれど、人口大国のなかで、かつ高齢者が多いのに死者がいないベトナムことが、もっともコロナウィルスに強かった国といえる。
 その理由として、見逃せないのは肥満率だ。
  WHOの統計で、189カ国中ベトナムより肥満率の低い国は、バングラデシュ、ネパール、エチオピアだけで、その差はごく僅かだ。
  ちなみに、ベトナムより肥満率の低い国々のコロナウィルスの死者は、人口1億のエチオピアが5名 人口2800万のネパール0名、人口1.6億のバングラデシュ283名と、かなり少ない。
 新型コロナウィルスの死亡者数の少なかった日本の肥満率もかなり低く、189カ国中の上位25に入っている。
 興味深いのがインドで、人口が13億5000万人で貧困層も多いので、コロナウィルスの死者がどれほどになるのかと心配されたが、死亡者1391人で、欧米よりはるかにすくなかった。そして、インドの肥満率は、ベトナムと大きく変わらず、世界で7番目に少ない。
 また、パキスタン(人口2億7000万人で、死者457人)やインドネシア(人口2億6200万人で死亡者は845人)など、人口が多いわりに死者の少なかった国も肥満率が低く、 WHOがAランクとしている。
 そして、コロナウィルスの死者が多かったのは、ベトナムの10倍以上(アメリカの場合は20倍)の肥満率の高い国々(ランクCとかD)ばかりである。
 とくに今回、欧米の高齢者施設での死者が多かったが、世界の中で、高齢で肥満で持病を抱えていながら生きていられるのが欧米諸国だけなのだ。
 私はこれまで日本の介護現場を長年取材してきたが、日本の介護現場に一貫しているのは、高齢者を世話するところではなく、高齢者の自律を支援すること。だから、ほぼ毎日のように身体を動かすレクレーションがプログラムに取り組まれている。
 欧米のように、身動きのできないほど肥えた高齢者が、じっと横たわっているという光景をほとんど見たことがない。そもそも欧米の高齢者のように太っていると、足も悪くて身体を動かせない。
 このあたりに、欧米諸国が新型コロナウィルスに狙い打ちされた大きな原因があるのではないか。
 第一次世界大戦の時のスペイン風邪は、栄養失調と劣悪な衛生状態と結びついて多くの犠牲者を出した。
 今回の新型コロナウィルスは、エチオピアバングラデシュなど衛生状態や栄養状態がけっして良いとは思えないところの犠牲が少なくて、豊かすぎて肥満率の高い国、成人病の多い国々の犠牲が多かったことは間違いない。
 新型ウィルスをただの殺人兵器のようなイメージで伝えていると、なんでもかんでも自粛ということになり、リアリティとかけ離れた得体のしれない不安ばかりが増幅することになる。
 
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第1096回 日本の古層vol.2   祟りの正体。時代の転換期と鬼(2)

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赤岩尾神社 祭神はカグツチ。柱状節理で知られる。平安中期、金鬼、風鬼、水鬼、隠形鬼の4人の鬼ともに朝廷と戦った藤原千方は、 ここで必勝祈願をした。。

 日本の鬼伝説は、異なる時代にいくつかあるが、共通しているのは時代の転換期であることだ。

 桃太郎の説話ともつながる吉備の鬼退治は、第10代崇神天皇の時の四道将軍派遣の時であり、同じ時代に、京丹後でも日子坐王の鬼退治がある。

 それは、おおよそ4世紀中旬から後半で、大和朝廷の勢力が全国へと拡大していく時期と一致している。

 その次が、紀元600年頃、蘇我氏聖徳太子の時代で、聖徳太子の異母弟の麻呂子親王が、京丹後の鬼退治を行っている。この時代も歴史転換期で、冠位十二階や十七条憲法を定めるなど大王(天皇)や王族を中心とした中央集権国家体制の確立を図られている。

 そして三つめが、紀元10世紀後半、酒呑童子と、その配下の茨木童子と四天王とされる四人の鬼が京丹後の大江山を拠点にしていたが、源頼光渡辺綱を筆頭とする頼光四天王によって征伐された。

 この10世紀というのもまた時代の転換期で、中央集権的な律令制が崩れていくなか、その流れを食い止めるために朝廷側の必死の防戦が繰り返されていた。

 三段階目の鬼退治の時期にどういうことがあったか、幾つもの記録が残っているので、ある程度、具体的に輪郭を描くことができる。

 9世紀後半から日本は天災が多く、記録に残る最大級の貞観の富士山の大噴火(864年)や、2011年の東北大震災がその再来と言われている貞観の大地震(869年)と大津波が起こった。

 全国的に疫病が流行し、京都では火災も頻発したため、それらの災いを鎮めるため、869年、祇園祭の起源とされる御霊会が行われた。

 当時の人々は、疫病や災害は恨みを残して死んだ人たちが怨霊となって祟るためだと考え、それらの怨霊を丁寧に祀れば守り神に転じるという発想があった。御霊会とは、怨霊の鎮魂のための儀礼である。

 現在の新型コロナウィルスによるパンデミックもそうだが、人智を超えたものが人間に及ぼす不条理をどう受け止めるかというのは、今も昔も変わらない人間の普遍的な問題である。

 ともすれば自らの欲で傲慢になる人間が、自分が行っていることを謙虚に省みる一つの装置として、怨霊の鎮魂儀礼が創造されたと考えることもできる。

 今では学問の神として崇敬される菅原道眞も、そうした儀礼によって鎮められた怨霊である。道眞が政争に敗れて太宰府に流されて悶死(903)した後に、京都を中心に様々な災いが頻発し、947年、北野天満宮で神として祀られることになった。

 祟り神は、もちろん菅原道眞が元祖ではなく、古代から天災の多かった日本において繰り返し登場しているが、興味深いことに道眞もそうだが現代においても大切に祀られている。そして、日本人の無意識のなかに、祟りを恐れる=恨まれるようなことをすると罰があたる、という心理が根付いている。

 祟り神として、日本の歴史上もっとも古い段階のもので広く知られているのは、奈良県三輪山に祀られているオオモノヌシ(オオクニヌシの和魂)だ。第10代崇神天皇の治世において疫病など災いが頻発した時、出雲の国譲り神話で知られるこの神が、崇神天皇の夢の中で自分を手厚く祀れば災いは鎮まると告げ、それを機に、畏怖と崇敬の対象となった。

 まさに、この崇神天皇の治世において四道将軍による鬼退治の物語が残っているので、この時は時代の大きな転換期で、新旧の攻防があったということだろう。

 時代の転換期に鬼退治と祟りの物語が生じていることを踏まえると、なぜ、菅原道眞と天神様が結び付けられて畏怖の対象となっているかを想像することができる。

 現在、全国各地で菅原道眞が祀られている神社は天満宮だが、それらは天神信仰の場でもある。

 天神様というのは菅原道眞のことと、ごく普通に思われているが、天神の方が道眞よりも古い。天神というのは、火雷大神のことである。

 そして、火雷大神というのは、『古事記』の記述の中で、カグツチを産む時に、その火で女陰が焼かれて死んだイザナミの、頭、胸、腹、女陰、両手、両足の8箇所に生じていた雷神のことだ。

 その姿に恐れおののいたイザナギは黄泉の国から必死に逃げきり、地上に戻った後に穢れを落とすために、禊を行う。その時に様々な神が生まれたが、その最後が、アマテラスとツキヨミとスサノオという今日でも最も知られた神々で、イザナギは、アマテラスに高天原、ツキヨミに夜、スサノオに海の統治を託し、そこから新時代が始まるという設定である。

 崇神天皇の時のオオモノヌシの祟りよりも前の時代の物語において、火の神カグツチの誕生によって死んだイザナミの身体に菅原道眞と同一視されている天神(火雷神)が現れ、それを見たイザナギは恐れおののき、禊を行い、そこから新時代が始まったということだ。

 つまり、カグツチの登場とイザナミの死を、鬼退治や祟りの物語の起源とみなすことができる。

 カグツチは、火之迦具土神であり、単なる火ではなく、輝く火と土と一体となっているように、火の勢いを増すための土の装置ということになる。

 野焼きの火よりも高温の火、つまりそれは竃の火だ。竃の高温の火によって硬く高品質な焼き物や金属の道具(とりわけ質の高い鉄)を作り出すことができる。

 すなわち古代の技術革新、産業革命が起こり、この時代の転換期に祟りの原因となる事態も生じる。その祟り(穢れ)を鎮めるために禊(祓い)を行うことで、次の時代の段階に移行したのだ。

 現代の日本でも通過儀礼として行われる禊や祓いは、怨霊を鎮める御霊会と同根である。

 新しい時代は常に多くのものの犠牲の上に成り立ってきたのだという歴史認識が、鬼伝説や御霊会へと昇華され、さらに禊や祓いを通して、後の時代を生きる者たちに今あることの有り難みと畏れ多さを受け継いでいく。それは、日本人にとって、古来から続く信仰の核心である。

 さて、第10代崇神天皇の時の鬼退治、四道将軍に関して、岡山に派遣された吉備津彦命と丹後に派遣された日子坐王や、その息子の丹波道主命に関しては、この4月に発行したSacred World 日本の古層Vol.1で言及したのだけれど、あとの二人、大彦命と、その息子の武渟川別(たけぬなかわわけ)に関しては、依然として謎が多い。

 大彦命は越前から日本海側を通って東に向かい、武渟川別は、東海道を通り、二人は会津あたりで落ち合ったという物語になっている。

 越前の鯖江には舟津神社という古社があり、大彦命を祀っている。鯖江は、古代遺跡の宝庫で、弥生時代だけでも100基の墳墓や環濠集落跡も発見されている。

 しかし、大彦命の墓と古くから伝えられているのは、三重県で最大の古墳、伊賀の御墓山古墳で、その近くに大彦命とスクナヒコを古代から祀っている伊賀一宮の敢國神社が鎮座する。

 

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伊賀の鍛冶屋の地の古代祭祀場。鍛冶屋というのは鉄づくりと関係している。伊賀の地は、古代、琵琶湖があったところで、その湖底に蓄積した粘土は花崗岩を多く含み、高温に耐えうる焼物を作るのに適していて、この地の陶器は中世の頃より伊賀焼きとして有名だが、その特別な土は、古代、上質な鉄器づくりおいても重要な役割を果たした。

 伊賀は忍者の里として知られているが、この地では、鬼に対して特別な思いがあるのか、節分においても「鬼は外」とは言わない。鬼は、人と神との橋渡しをする存在と考えられているからだ。

 また、伊賀には、九基のだんじりと百数十の鬼行列が城下町を練り歩く上野天神祭がある。これは菅原道眞を祀る菅原神社の秋祭りだが、この鬼行列は、大峯に入山する修験者の列のようすを再現したことが始まりであるといわれている。

 この菅原神社は、伊賀出身の松尾芭蕉が、俳に身を立てることを決意して、処女作『貝おほい』1巻を社前に奉納して自らの文運を祈願した場所としても知られている。

  また、菅原神社の南2kmほどのところに、伊賀四十九院の旧跡がある。

 行基聖武天皇の勅を奉じ諸国に四十九院を創建したが、その一院が、ここだとされる。

 弥勒菩薩を本尊とし、平安中頃から修験道者が兵法、武術、忍術を教える学塾となっていた。

 668年に河内の渡来人の子として生まれた行基は、15歳で出家し、飛鳥寺薬師寺で学んだ。そのあと、各地を遊歴し、階層を問わず布教につとめ、そのあいだに弟子を増やし、その数は1000人を超えたとされる。その行基集団は、各地に橋を造り,堤を築き、田を開墾し、道場 (僧尼院) を建てたが、道場は畿内にあるものだけでも 49ヵ所に及んだ (四十九院) 。

 しかし、当時の仏教は、国家鎮護の道具であるとともに仏教を通じて渡来文化を得ることが目的とされていて、一般の民衆への布教活動が禁じられていたために、行基の活動は弾圧を受ける。

 この朝廷からの迫害の時、行基を守ったのが修験道行者、役小角(634-701)の配下の山伏たちであったとされる。

  行基への弾圧は、奈良時代、717 年4月の詔で明確になる。「行基や弟子たちが巷でみだりに罪福を説き、家ごとに説教して歩き、施物を強要し、聖道と称して民衆を惑わしために民衆が生業を捨てて行基に従ったのでこれを禁止する。」というものであった。

 しかし、その後、災害や疫病(天然痘)が多発したため、740年には九州で藤原広継による大規模な反乱が起き、仏教に救いを求めた聖武天皇は、方針を転換する。聖武天皇は、僧侶の最高の位である大僧正の第1号として行基を任命し、奈良の東大寺および大仏造立の実質上の責任者とした。

 伊賀は忍者の里だが、忍者は修験道とつながっており、修験道は鬼とつながっている。ともに、社会の裏に隠れた存在で、時に弾圧の対象となるが、時代の転換期に重要な役割を果たしている。

 この伊賀において、今日まで伝えられる鬼退治の物語が、藤原千方のものだ。

   藤原千方は、伊賀の地に行基が築いた伊賀四十九院で、修験道者から兵法、武術、忍術を学び、その第一号の兵法習得者であったとされるが、もともとは京都の藤原氏の貴族だったという設定である。

 時は、10世紀後半、丹波では源頼光渡辺綱による鬼退治があった時である。

 農村を逃げ出した農民たちが盗賊や海賊になったりして治安は乱れた。

 940年前後、瀬戸内海の海賊退治に派遣された藤原純友が、逆に海賊の頭となって反乱を起こした。同じ時、関東で平将門の乱が起こるが、平将門の父も、東国の治安維持のために関東へと赴いていた。

 当時、困窮する農民の逃亡などが相次ぎ、律令制の基礎であった人頭税は成り立たなくなってきており、醍醐天皇の時の延喜の治で律令制への回帰が目指されたが失敗に終わり、次の朱雀天皇(在位930-946)から律令制支配は完全に放棄される。 

 朱雀天皇の治世では富士山の噴火や地震・洪水などの災害・変異が多く、菅原道眞の怨霊も恐れられた。

 朱雀天皇の時より班田収授は行われなくなり、税制は、人頭税ではなく土地に対する課税・支配を基調としたものになっていくが、そうすると、地方にいる国司、受領が、土地を計測し、税を管理するうえで権限を持つようになる。

 なかには、自らの利益のことだけを考える国司も出てくる。

 10世紀の混乱は、中央から地方に下って税を徴収する国司・受領と、地方で力を蓄えてきた豪族などの間の緊張関係の中で起きるが、この頃はまだ朝廷の権威が、かろうじて残っており、朝廷の追討軍が編成され、なんとか乱は鎮められる。 

 伊賀の鬼退治伝説も同じ時代背景から生まれている。

 平安時代、朝廷で権勢を誇った藤原一族の青年貴族だった藤原千方は、一族の繁栄だけを考えて推し進められる荘園制度などに異を唱えたことから、当時、横行していた盗賊たちの鎮圧の任務を与えられ、伊賀・奥伊勢の地へと派遣された。

 そして、伊賀四十九院修験道者たちから兵法を習得したとされる藤原千方には、摩訶不思議な術を会得した四人の鬼とされる荒法師(金鬼・風鬼・水鬼・隠形鬼の四鬼)が従っていた。

 もともと、藤原千方と、四鬼は、農民のために盗賊を退治し、山を切り開いて開墾を推し進め、村人からは千方将軍と敬われていた。

 しかし、苦労して開墾した土地に重い課税をして利益を貪る国司と朝廷の政道を批判したため、朝敵の汚名を着せられ、朝廷軍と戦うことになった。

 その時、藤原千方が籠城したとされるのが、木津川支流の前深瀬川を遡って10kmほどのところある岩城、千方窟だ。

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藤原千方窟

 この千方窟は、上に述べた福井県鯖江大彦命を祀る舟津神社の真南であり、秀麗な山容で伊賀富士という通称のある尼が岳の麓である、尼が岳は、大阪湾へ流れ込む淀川水系の木津川と伊勢湾へ流れ込む雲出川分水嶺となる山である。

 藤原千方窟の中にある風穴は、ここから約4㎞離れた名張市滝之原の赤岩尾神社の風穴に通じていて、戦時における抜け道であったとの説がある。

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赤岩尾神社

 この戦いにおいて、大軍で押し寄せる朝廷軍に対し、藤原千方と四鬼は、知略と秘術を用いて対抗し、善戦するが、討伐軍の将が詠んだ和歌、「草も木もわが大君の国なればいづくか鬼の棲なるべき」によって朝敵とされたことを嘆いた四鬼は退散して、藤原千方は滅ぼされたとされる。

 藤原千方が朝敵であったために歴史書では記録されておらず、史実かどうかわからない。

 鎌倉時代末から南北朝時代の混乱期に書かれた「太平記」の「日本朝敵事」では、天智天皇の時代となっているが、藤原千方は、平将門を討伐した藤原秀郷の孫と設定されているし、修験者の祖、役小角は、天智天皇の後の天武天皇の時代に活躍するので、時代背景が大きく違っている。

太平記」は、平家物語に比べて一貫性がなく、完成度が低いとされるが、そもそも、史実の伝達よりも、平和を祈願し、怨霊鎮魂的な意義を備えた物語だという指摘がある。

 いずれにしろ、朝廷との戦いのあった時点から村人に慕われていた千方は「将軍」として、そして、四鬼は「忍者の祖」であるとして、伊賀南部や奥伊勢地方において、今なお脈々と語り継がれている。

 フィクションというものは、作られたものだから正しくないということにはならない。

 ノンフィクション(事実の記録)にしても、どの立場から書くかによって、同じ出来事が違うものになってしまう。古代中国王朝と匈奴、古代ペルシャとスキタイなどの関係においても、文字で記録した中国やペルシャが強者となり正当化されているが、例えば、毎年のように中国から匈奴への献上品が届けられており、実際は逆だったのではないかという歴史的解釈もある。

 現在の歴史学実証主義が権威となっているが、一つの証拠による正しさは次の証拠の発見によって簡単に覆され、それまで間違ったことを教えられ、そう信じさせられていたということが、あまりにも多い。

 歴史において大事なことは、実証ではなく、長く人々の心の中に生き続けるものには人間が信頼するに値する何かがあるという真実だ。その意味で、神話も真実なのである。

 神話に描かれていることは史実として実証できないと否定する歴史学者は、歴史における真実がわかっていない。歴史は、試験の答え合わせではなく、過去から現在そして未来へと受け継がれていく人間精神の永遠の軌跡なのだから。

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縦のラインの北は、福井県鯖江市。弥生時代からの史跡が多く、四道将軍の一人、大彦命を祀る古社、舟津神社がある。その下は、白鳥伝説と知られる古代製鉄の地、余呉湖、一番南は、大彦命の墓とされる三重県最大の御墓山古墳や、大彦命を祀る伊賀一宮の敢國神社がある伊賀の地の鬼退治の舞台、藤原千方窟。斜めのラインの一番北は、大彦命を祀る豊岡の古社、佐々伎神社、その東南が酒呑童子の拠点の鬼ヶ城、その鬼ヶ城と伊賀の鬼退治の舞台である千方窟の真ん中が、源頼光酒呑童子の首を埋めたとされる老ノ坂(京都と亀岡の境)の首塚大明神である。

 

 

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第1095回 新型コロナウィルス対策。数理モデルと、環境要因の分析。

 今日の新聞も、「新型コロナウイルスの感染者が187カ国・地域で400万人を超えた」という見出しが踊る。 
 しかし、おそらく一般の人々の生理的な感覚では、パンデミックと言われるけどピンとこないという人が増えてきているのではないか。
 ロックダウンされて行動に規制がかかっているけれど、自分の知り合いのなかに感染による死亡者がいるという人が、非常に少ないからだ。
 これまでの日本国内のコロナによる死者は600人。3月だけで自殺者が1700人なので、自殺や交通事故の方が、その影響の範囲内にいる人が多く、死の深刻さを自分事として感じているはず。 
 そうした生と死の現実的なリアリティよりも、数字に追い立てられる切迫感と、行動制限による閉塞感というヴァーチャルな不安が、今回のウィルス現象の特徴だ。
 情報というのは、伝えられ方によって、その印象は、まったく異なってくる。
 今回の新型コロナウィルスにおいて、今から100年前、第一次世界大戦の時のスペイン風邪が、よく引き合いに出される。
 スペイン風邪の死者は、1700万人から5000万人、人類史上最悪の感染症であると。
 そのように聞くと、パンデミック映画で見るような凶暴な殺人ウィルスというイメージができあがり、その殺人ウィルスと新型コロナウィルスのイメージが重ねられる。
 しかし、物事を正確にとらえるためには、情報伝達者は丁寧に情報を伝える必要があるし、情報を受け取る側も、慎重に情報を判断しなければならない。
 私は、長年、雑誌媒体を作ってきたが、そのことを一番重視してきた。見出しタイトルで人を煽るという下品なことは、ぜったいにやりたくなかった。
 スペイン風邪は、誰でもアクセスできる情報からでさえ、その脅威の本質を把握することはできる。 
 後の研究分析で、スペイン風邪のウイルス感染は、それ以前のインフルエンザ株よりも攻撃的ではなかったことが判明しているようだ。
 その代わり、栄養失調、過密な医療キャンプや病院、劣悪な衛生状態が細菌性の重複感染を促進していた。ほとんどの犠牲者はこの重複感染が死因であり、重篤期間はやや長期化することが多かった(ウィキペディアより)。
 もちろん、後世の人間が研究分析することだから全てがその通りかどうかわからない。
 しかし、ウィルス感染による死というものが、ウィルスの攻撃力によるものだけではないという理解の仕方はとても重要だ。
 なぜ、この理解が重要なのかというと、ウィルス感染の死がウィルスの攻撃力とだけつながっているとすれば、ウィルス自体の脅威は普遍的であり、日本の政策決定に影響を与えているという北海道大学の西浦博教授の数理モデルも、ある程度は通用する。
 しかし、ウィルスの感染による死が、ウィルスの攻撃力によるものではなく、他の要因との関係が深いとすれば、他の要因の細かな分析を反映させないと、数理モデルの結果は大きく違ってくる。
 イギリスがこうだったから、たぶん日本も発展途上国もやがてこうなるとは言い切れないということだ。
 100年前のスペイン風邪の場合、細菌性の重複感染が死者と大きく関係していた。そうすると、細菌性の重複感染が引き起こされやすい環境とそうでない環境によって、結果は大きく違っていたということだ。
 そして、その細菌性の重複感染は、栄養失調や劣悪な衛生状態と結びついていた。その環境要因が、第一次世界大戦という特殊な事態と重なることで最悪となり、爆発的な死者が出たということが考えられる。
 今回の新型コロナウィルスにしても、数理モデルが通用するのは、ウィルスの攻撃力によって死者が出るという前提においてのみだ。
 しかし、最近になって明らかになっているように、アメリカやフランスなど世界中で極めて死亡者数の多いところの死者は、40%が高齢施設であること。そして、その死のほぼ100%が合併症であるという事実。
 スペイン風邪の時のウィルスのように、栄養状態や衛生状態が悪いところに莫大な死者が出ているわけではなく、むしろその逆の現象となっていて、糖尿病など成人病の疾患があり、おそらく衛生状態がそれほど悪くない高齢者施設の人が亡くなっている。
 こうした事実の傾向を無視していては、今起こっていることを正しく理解することはできない。
 にもかかわらず、一昨日、テレビをつけたら、政府の新型ウイルス対策専門家会議メンバー、北海道大の西浦博教授が、インタビューを受けて、学校を再開した時のリスクを算出するために、ドイツなどのデータを見ているという話をしていた。 
 この人は、一人の感染者が何人にうつすかを表す「基本再生産数」というものを前面に押し出し、ヨーロッパの感染状況から再生産数を2.5と見積もり、それをもとに、接触8割減など、政府に提言する役割を果たしてきたようだが、履歴を見ると、医者としての現場での活動はほとんどなく、研究者として活動してきて、コンピュータでシミュレーションする「数理モデル」が得意らしい。
 数式を駆使できる感染症の専門家は珍しく、経験や勘に頼る人が多いために、西浦氏は、専門家会議で存在感を増し、政府決定にも大きな影響を持つようになったようだ。
 現場での経験や勘よりも計算の方が説得力のある資料は作れるのだろうが、上に述べたように、こうした数理モデルは、個別の状態や環境要因に関係なく、ウィルス自体の攻撃力によって全ての人類の生命が危険にさらされるという前提条件の時にのみ通用する。
 スペイン風邪のように、今回の新型コロナウィルスの場合も、ウィルスの攻撃力ではなく複合的な要因が人を死に至らしめているという傾向が出てきているのだから、その複合的な要因の分析をまず先にする必要があるのではないか。
 高齢者施設で生活している人の死者が多いという結果を一つとっても、フランスやアメリカと、日本では、その数に大きな違いが出ている。
 日本の高齢者施設と、アメリカなどの高齢者施設との違いがしっかりと分析されているのだろうか。
 その違いを検討することさえやらずに、フランスやアメリカの数字を日本にあてはめ、コンピューターソフトを使って数理モデルを作り、日本も1ヶ月後にはこうなる可能性があるという導き方は、専門家ならではの高度な技で頭の良さそうなパフォーマンスに見えるけれど、実際は、物事を多面的にとらえず、深く考えていないということになる。
 もちろん、こういう時代だから、感染症の専門家にコンピューター分野が得意な人がいてもかまわないが、その人の提言を重視するというのは勘弁願いたい。
 そういう考え方も少しは参考にするという程度で、大局的に判断できる、本当の意味でクレバーな政策運営者が必要なのだ。
 おそらく、地方自治体の長で、本当にクレバーな人は、その土地ごとの特徴や傾向をよく掴めるはずで、非常時の問題への特別な対処と、常時のことをしっかりとやっておかなければ後にもっと大きな問題になるという読みを、経験と勘をもとに、うまくバランスをとっていこうとするだろう。
 今のコロナ騒動は、そうしたクレバーな長が選挙民によって選ばれている地方から鎮まっていくような気がする。
 日本の中央の長は、台湾などと大きく異なり、当人の資質や実績に関係なく党内の力学で選ばれているだけなので、そこのところが日本国民としては辛い。これを機に、地方の時代となっていくのかもしれない。
 数理モデルは、複雑系の中を手探りしながら前に進んでいく時には、まったく役に立たないどころか、むしろ害になる。数字がこうなったらこうするなどというコンピューターシミュレーションは現代のマネーゲームのようなもので、それに従う人が多い場合は、その動きに合わせて株価が連動してくれる。つまりバーチャルな世界にだけ通用するゲームだ。しかしその株価も、リアルな現実との整合性が求められる最終局面になると、そのズレが修正される。そのズレは、それまでの不自然さを含んでいるので巨大となり、混乱の事態となる。
 バーチャルなゲームは、後のしわ寄せが恐ろしい。
 
 
 

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第1094回 ウィルス禍のなか、健やかな未来のための総合的判断とは。

 どれか一つの理由でと決めつけることはできないが、新型コロナウィルスの禍が広がり始めて4ヶ月近くなり、地域ごとの違いがはっきりとしてきた。
 専門家の先生は、このウィルスは、人種や地域性などに関係なく全人類の普遍的な脅威であると言っておられたが、はっきりしているのは、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、ドイツ(コロナ対策の優等生と言われるが17万の感染者で7600人も亡くなっており、日本の10倍以上にもなる)といった、日本を除いた先進国のダメージが突出して高いということだ。
 日本のデータを見ても明らかだが、この新型コロナウィルスは、高齢で、かつ糖尿病など持病を持っている人には致命的なダメージとなる。

<日本国内の感染者と死者数>

80歳以上 感染者1,284人  重症33人 死者216人
70代   感染者1476人  重症87人 死者97人
60代   感染者1726人  重症94人 死者42人
50代   感染者2530人  重症51人 死者16人
40代   感染者2419人  重症31人 死者8人
30代   感染者2241人  重症6人 死者2人
20代   感染者2430人  重症4人 死者0人
10代   感染者355人   重症1人 死者0人

5月5日18:00現在(東洋経済オンラインより)


 そして、アメリカのように若い人でも糖尿病患者の多い国は、若い人でも重症化するリスクが高くなっているし、平均年齢が60歳以下のラオスカンボジアなどは死者が出ていない。
 先進国の中でも比較的新型コロナウィルスのダメージの少ない北欧の場合、糖尿病の数は少なくないが、アメリカなどの生活習慣病とは異なり、その大半が遺伝型で、子供でも糖尿病になりやすい。そのため、子供の頃から血糖値などを調べて注意を怠っていないし、そのためか、心臓病や動脈硬化などとも関係が指摘されるトランス脂肪酸や合成着色料などに対する規制も、世界でもっとも厳しい。食生活も、欧州の南に比べれば、肉食より魚介類の占める割合も高い。
 そして、先進国と発展途上国で大きな違いとなっているのが結核対策だ。
 現在でも、世界で年1040万人が感染し140万人が死亡している結核は、発展途上国にとって、コロナウィルスより脅威だ。
 そのため、2011年3月時点の調査結果によると、180カ国のうち日本を含めた157カ国でBCGワクチンの全例接種が行われている。
 それに対して、欧米では結核患者は見られなくなり、BCGワクチンは「途上国の予防接種」とみなされて、1980年代以降、スペイン、フランス、ドイツ、英国、オーストリアなどの欧州9カ国、オーストラリア、ニュージーランドで全例接種が中止され、米国やカナダ、イタリア、オランダでは、医療従事者などのハイリスク群のみに接種を限定する選択的接種となっている。
 オーストラリアとニュージーランドという南半球でコロナ禍が世界中で猛威をふるっていた時に夏期間だったところを除いて、コロナのダメージの大きいところは、全て、結核を過去の病と決めつけたところばかりだ。
 そんな欧米のなかでもポルトガルは例外的にBCG接種を続けているのだが、コロナウィルスのダメージは、人口1000万人に対して27406人の感染者で1126人の死者。隣国のスペインが人口約5000万人で、223000人の感染者で27000人の死者だから、死亡率は、スペインが5倍ある。イタリアやフランスも、スペインと同じ程度の人口と感染者、死亡者数であることを踏まえると、ポルトガルは、それらの国々に比べれば明らかに少ない。平均寿命も81.1で83.3のスペインとそんなに変わらない。
 興味深いのは、生活水準が高かったり人口の多い国のなかで、100万人あたりのコロナ感染による死亡率の極めて少ない国々は、台湾、日本、中国、韓国、イラク、トルコ、ポルトガル、オーストラリア、ニュージーランドなのだが、これらの国々のうち、ニュージーランドとオーストラリアを除く国々は、広範囲にBCG接種を行っている。
その中でも特に死亡率が低いのは、台湾、日本、イラク(人口3800万で感染者2679人、死者107人)なのだが、この三国は、BCGワクチンの中でも生菌数が高いとされる日本型を使っていることだ。
 BCGワクチンとコロナウィルスの関係はすでに様々な専門家が指摘しており、理由はわからないがデータを見る限り相関関係は高そうで、欧米では臨床実験が進んでいる。
 もちろん、BCGワクチンが絶対ということではないが、はっきりしているのは、専門家の先生が主張していたように、このウィルスが、どの地域のどの人種にも同じように致命的なダメージを与えるということは、どうやら事実に反しているらしいということ。

 持病を抱えた高齢者のいないところ(平均寿命が低い)、BCGワクチン接種を行っているところ、生活習慣病の少ないところで、感染爆発が起こっているところは存在しない。

 そして、この全てに反しているアメリカや欧州の先進国が、突出してダメージが大きい。

 実験結果などを通して正しい答えを見つければ安心できるが、答えがわからなければ安心できないと言う。
 しかし、そうなんだろうか? むしろ、答えを見つけたと思って安心してしまっている方が危険だということもある。これまでの歴史を振り返っても、人間の新発見は、次の発見までのあいだのつなぎでしかなく、次の発見によって、それまで信じてきたことが間違っていたということはよくある。
 何が正しくて何が間違っているか、一つの発見で決めつけられるようなことではないのだ。
 だからといって、どこにも指針がないわけではない。
 答えがわからなくても、経験によって傾向を読み取ることができる。
 欧米文明においても、大陸合理主義のように一つの原理を求めて、その原理を普遍化させるという発想だけでなく、イギリス経験主義のように、経験を通して未来の見通しを立てていくという発想もある。
 今回のコロナ禍の一つの大きな経験は、専門的であることを、もう少し醒めた目で見た方がいいのではないかということ。 
 とくに大衆メディアは、どうしてもシンプルな答えが欲しいので、コロナ禍に限らず専門家の意見ばかり求めている。どこかで戦争が起これば、毎日、軍事専門家が登場する。

 しかし、現在の世界は、大学の研究でもそうだが、専門が枝分かれしすぎている状況であり、専門というのは、その枝分かれした一部にのみ通じているということでもある。
 世界は複雑であり、一部の原理で全体を掴むことなどできない。ましてや、一部の原理で全体を管理するなど、原理の裁きによって白黒と決めつけられるわけだから一種のファシズムとしか言いようがない。
 経済が大事か人の命が大事なのかというスローガンも、経済主義か信仰かを迫った狂信的な過激派に通じるところがあり、けっきょくは原理主義的発想だ。
 もちろん、一つのことに秀でた専門の仕事は尊敬されるものだが、専門というのは、多種多様であるなかの一つであることを弁えてこそ優れた専門性につながるものであり、本来は、控えめなものだ。
 芸術でも学問でも、真に優れた専門家は、謙虚で、だからこそ、その仕事は美しい。
 自分の仕事が、直接的でなく間接的に複合的に、人々のためになることを願っている。

 もちろん、世界には普遍性というものがあるが、その普遍性は、単純化できる原理的な法則ではなく、非連続でありながら、どこかでつながっており、同じような傾向で繰り返される複雑な仕組みのなかに宿っている。
 なので、健やかな未来のためには、枝分かれした部分の微視的な専門に偏った視点の強要ではなく、大局を見据えて、それら各種専門を統合し編集した視点の方にイニシアチブを置くべきであり、政治には、その役割がある。

 政治家、しかも一国の政治的リーダーが、発言のたびに、「専門家の先生方にご相談させていただいて」としか言えない現状が、時代錯誤であり、健やかな未来を遠ざける一番の原因のような気がする。

 負の遺産を未来世代に先送りする生命体が、存続できるはずがない。ウィルスのリスクがもっとも小さな若者が、学習機会を奪われ、活動を制止させられ、その挙句、コロナウィルス対策として投じられる莫大な借金を負担させられる当事者たちとなるという人間が作り出す不条理。自然災害などの不条理と違って、人間が作り出す不条理においても、人間は手のほどこしようがないのか。人生経験の長い大人や高齢者は、経験主義に照らし合わせると、それをどのように考えるのか。



 

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第1093回 森羅万象の摂理と、ピンホール写真。

原初というのは、終わってしまった過去ではない。
森羅万象の摂理においては、そこから生まれたものは、そこに還っていく宿命にある。
 
  このたび制作した「Sacred World 日本の古層 Vol.1」に掲載されている写真は、この数年間、日本の様々な聖域を訪れ、すべてピンホールカメラで撮ったものだが、ピンホール写真の興味深い点の一つに”等価性”があると思う。
 ふつう、写真を撮る場合、昨今では”インスタ映え”という言葉を使うようだが、フォトジェニックな被写体、もしくはアート表現のための思わせぶりなものを狙う。
 被写体を探して狙い撃つ、だから「撮影する」という英語は、shootとなる。
 カメラのシャッターは拳銃の引き金であり、連写できる高性能カメラはマシンガンのようなもので、一発で仕留められる腕がなくても、連射することで相手を殺せる。
 しかし、ピンホールカメラはシャッターがなく、0.2mmほどの窓を長時間開くだけの行為なので、撃つというより、呼び入れるという感覚が近い撮影になる。
 そのため三脚を立てる場所も、インスタ映えをする被写体を一発で狙える所とはならない。なぜなら、ピンホール写真の特性として、”見栄え良く”写らないことは最初からわかっているからだ。
 なので三脚を置く場所は、その場の何かを引き出したい、呼び入れたいと感じる所ということになる。
 表玄関の堂々とした建物よりも、裏側にまわったところにあって人が見落としてしまうようなものが密やかに何かを発していることがあり、その声にもならない声を掬いとりたい場合に、ピンホールカメラというのは向いている。
 たとえば、次の写真は、滋賀県近江高島市の琵琶湖に面した白髭神社で撮ったものだが、この神社は、湖の中に鳥居が浮かんでおり、安芸の宮島厳島神社に似ていることからパワースポットとして有名になり、わりと観光客が訪れて琵琶湖と鳥居をバックに写真を撮って帰る。しかし、あの鳥居は1981に再建されたもので、1280年の絵図では鳥居は陸地に建てられている。歴史的には、それほど意味がない鳥居なのだ。
 この白髭神社の裏にあるのが今でも禁足地の岳山で、そのギリギリのところに、この写真の磐座がある。この磐座の後ろにうっすらと見えるのは、古墳の石室の入り口である。
 白髭神社の本来の聖域は雰囲気からしてもこのあたりの筈だが、ほとんどの観光客はここまでは来ない。湖の鳥居よりも1500年以上古い祈りの時間を刻み込んでいるのが、この磐座なのに。
 この磐座をデジタルカメラでも撮影したが、ただの岩にしかならなかった。デジタルカメラは、時を静止させることは得意だが、その画像は、悠久の時を漂わせない。
 実際の現場に立った時には周辺の森の木立はほとんど目に入っていないのに、デジタル画像は、それらも鮮明に映し出してしまい、かえってノイズになる。フレームの中の隅々まで綺麗に写し取りたい時にはデジタルカメラは向いているのだろうが、人間の目は、そのように物を見ていないのだ。

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 また、「Sacred world 日本の古層」の表紙の写真は、お花畑を目指して撮影に行った時のものではなく、京都の鴨川源流の雲ヶ畑というところに志明院という空海ゆかりの寺があり、そこを訪れた際、境内は撮影禁止のために仕方なく手ぶらで見てまわり、その帰り際、門を出たところの脇の小さなスペースに咲き誇っていた小さな花々に呼び止められるような感覚になり、地面スレスレにピンホールカメラをセットして、長時間露光して撮影したものだ。普通に歩いていたら見向きもされない道端の野草である。

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 また、次の写真は、京丹後の一宮である籠神社を訪れた際、その奥宮の真名井神社が、もともとの聖地なのだが、ここも境内は撮影禁止である。

 なので、境内の聖域をぐるりとまわって帰ろうとして門を出て歩いていたら、やはり、何かに呼び止められるような気になって、ふだんはあまり撮影することはない守護獣(ここは、守護獣が狛犬ではなく龍になっている)を撮影しただけ。

 しかし、後になって振り返ると、新しく新調された境内で感じたものよりも、この写真が表しているものの方が、真名井神社の気配を伝えているような気がした。

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 さらに次の写真は、琵琶湖に面した小野郷に怪しさに惹かれ、何度も通っていた時、小野妹子の墓とされる唐臼山古墳を撮影したものだ。

 唐臼山古墳と、古墳の名前がついているが、実際にその場所を訪れると、小さな丘が崩れて、破壊された石室の破片が散らばっているだけ。

 何人かの友人を現場に案内したけれど、この場所自体に、見栄えのよい何かがあるわけではない。しかし、この古墳のある高台からの眺望は素晴らしい。ちょうど琵琶湖のもっとも狭いところが眼下に見下ろせる位置にあり、古代、琵琶湖は重要な海上交通の舞台だったので、そこを行き交う船を監視するうえで絶好の場所であることはわかる。

 今でこそ、崩れて見栄えのしない墓跡であるが、古代、この高台の上は特別の何かであったことは間違いない。とはいえ、その栄華を今、十分に伝えることはできない。そのギャップを感じながら、小野妹子とともに生きていた人たちのことを想像しながら、三脚を立てた。時は真夏で、夕暮れだったので、30分くらいの長時間露光だった。時おり夕日の残像が差し込んで揺らめいていたが、とにかく藪蚊がすごくて、痒くてしかたなかった。

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 言い出したらキリがないが、Sacred worldの中の写真の多くは、撮ろうと思って撮ったのではなく、 写ってしまった、たまたまそうなってしまった、というものが多い。

 しかし写真の歴史を振り返ると、写真が撮影者の都合に合わせた道具になっていくのは、1900年頃、誰でも簡単に携帯できる35mmカメラが発明された時からで、近代写真の父とされるアメリカのアルフレッド・スティーグリッツが、その祖とされる。

 撮影する側に主導権のある写真、つまり人間の意図に利用されやすい写真は、広告に向いていた。そして、写真はマスメディアと連携してモダニズムの代表的表現ツールになる。 

 しかし、もともと写真はそういうものではなく、世界に対して、謙虚な姿勢が要求される道具だった。

  写真の始まりは、1824年、ニセフォール・ニエプスによるもので、現存する最初の風景写真は、1826年、露光時間に8時間以上かけて撮影されたとされる「ル・グラの自宅窓からの眺め」だ。

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 この、どこにでもある場所の風景を撮った写真が語りかけてくるもの、そしてこの写真の味わい深さのもとにあるのは何なのか。

 人によって色々な印象や意見があるだろうが、私の記憶では、若い頃、パリの屋根裏に住んでいた時、昼間何もすることなくぼんやりと外を眺めていた時の感じと似ている。見るのではなく、眺めるという感覚。
 私たちは、いつも獲物を狙うような目で風景と向き合っていたりしない。ガイドブック片手にお目当の観光名所の場所を訪れて、ガイドブックと照らし合わせて確認して、次の目的地へと移動する時以外は。
 人が、インスタ映えのする風景で撮影する時、自分とその風景とのあいだに通い合う時間よりも、他の誰かにその風景を見せていかに賞賛を受けるかという方に、より意識がいく。それが1900年頃から始まった写真のモダニズムであり、その結果、写真は、商業主義と相性がよく、商業主義を加速させる道具(広告表現)となった。
 しかし、自分に都合よく風景や被写体を切り取ることを目的とするばかりで、風景や被写体とじっくりと対話をしていなければ、その風景や被写体に秘められた言うに言われぬリアルな何かが自分の記憶の中に蓄積することもないかもしれない。
 ピンホールカメラというのは、絵になるかどうかという基準ではなく、そこに何かがあると感じられる場所(呼ばれるような感覚と言うのかもしれないが)でしか三脚をセットしない。呼ばれるような感覚とは、おそらく自分が意識できない無意識の記憶、もしかしたらそれは自分個人の生涯には収まりきれない人類の潜在的記憶と呼ぶべきものの呼応なのかもしれない。
 フランス語のデジャビュー(既視感)で、わけもなく懐かしいと感じることは、よくあることだ。フロイトは、その現象を、自分では実際に体験していなくても、夢の中ですでに観ているからだと説明した。しかし、その夢がどこからやってくるのか、うまく説明はできない。
  いずれにしろ、ピンホールカメラは、三脚をセットしたら針穴を開けて、しばらく待つだけとなる。待っているあいだは、いい写真になるようにとか一切考えない。いつ針穴の扉を閉めるか判断するために、時間と光の状態だけに注意するだけである。
 その結果、出てくる画像は、どの場所も等価になる。むしろ、表玄関のフォトジェニックな建物よりも、そうでないものの方が語りかけてくるものが多い場合がある。なぜそうなるのか。
 一般社会においては、物事を判断するうえで、大小とか、カッコいいとかそうでないとか、古いとか新しいとか、流行かそうでないか、イケてるかイケてないかとか、数かぎりない分別の尺度でカテゴライズされて選別されるのが当たり前だが、森羅万象というのは、そういう分別はなく等価に存在している。
「Sacred world 日本の古層」の最後の章、「もののあはれ源流」の冒頭に記している古事記の序文、「この世界は、ものの形と質が分離してなくて、名前も行為も、形も存在しない。」という状態であり、それを人間の分別が切り分けでいくのだ。天と地、そして生と死も。
 現代社会というのは、そうした人間の分別が極限までになった状態であり、まさに人間様が万物の尺度となり、人為的に、計算高く、様々な演出を凝らしたものを無数に作り出した。
 しかし、人間が仕分けしたと思っているものは、実は、流動するエネルギーの一時的な状態でしかない。つまり、幻である。
 「数を尽くして変を極め、形に因りて移りゆくものを、化といい幻という。」という中国戦国時代の思想家、列子の言葉を、Sacred worldの「もののあはれ源流」の章においては古事記の序文と等価においたが、時の流れは人間の一切の作為を風化し、残されるのは、形ではなく、エネルギーの痕跡だけである。
 「これ生死であり幻化であり、この双方は一つである。列子
 人が何らかの形で世界を理解したと思って、それを形で表したところで、そんなものは幻であると列子は言っている。
 2400年前の中国戦国時代も、現代のように詭弁家(同じ時代、古代ギリシアソフィストに等しい)が跋扈し、万物の尺度を人間において、分別によって世界を切り分けていた。
 しかし、時を経ればすべてが等価だとわかる。人間は同じことを繰り返しているということも。
 Sacred Worldというのは、天国のような特別な場所を指すのではなく、世界の普遍性を反映する根源的な場所のことであり、その根源性は、時を経てきたもの全てに等価に行き渡っている。
 その等価性に基づく写真は、獲物を狙うような目と、高性能の描写力で世界をくっきりと切り分けるデジタルカメラでは難しく、セフォール・ニエプスのような、自分と風景とのあいだに通い合う時間に身を委ねる撮影方法の方が適していた。
 ただ、ピンホール写真は、きわめて抽象的な表現であり、分別で頭を整理することに慣れた現代人には、それだけでは伝えたいものが伝わらない。なので、この「Sacred world 日本の古層 Vol.1」においては、1/3のスペースを言葉のためのものとした。
そして、その言葉は、できるだけ具体的であることを心がけた。
 現代人は、右脳で世界のイメージを掴めても、左脳の働きがなければ、世界を認識できないから。
 原初というのは、終わってしまった過去ではない。
 森羅万象の摂理においては、そこから生まれたものは、そこに還っていく定めにある。写真だけが例外ということはない。
 
 
 Sacred world 日本の古層 Vol.1の全ての内容を、このホームページでも確認できます。
 

第1092回 恐怖の正体!?

 
 あいかわらず日本のメディアの情報提供は画一的なままだ。
 新型コロナウィルスの騒動が3ヶ月を超え、いろいろな傾向が具体的に見えてきている。そうした具体的な事実を無視して、感染が広がれば致死率の高いウィルスによって、何十万、何百万の死者数が出るという抽象的な扇動をいつまで続けるつもりなのか。
 
  世界各国で、新型コロナウィルスの抗体検査が広がっている。

 アメリカでは、歌手のマドンナが抗体検査の結果、すでに感染していて抗体をもっていることが判明し、嬉しさのあまり浮かれた発言をして顰蹙をかっている。

  WHOは、「抗体を持っていたとしても2度と感染しないとは言い切れない」と、躍起になって、抗体検査の広がりを牽制している。

 しかし、抗体検査は、感染リスクのない人を探し出すためというより、このたびの新型コロナウィルスの脅威が実際にはどれほどのものかを知ることにおいて意味があるのではないかと私は思う。

 専門家の先生方は、このウィルスは致死率が非常に高く、重症になる人は20%にも及び、このまま感染者数が拡大していけば日本では80万人の人が亡くなる可能性がある、などと言って、恐怖を煽る。このあたりの数字は、色々と変わるので正確ではないが、とにかく致死率が高い、だから感染拡大を防ぐことが大事だという一色に染まり、毎日のように感染者数の数ばかりが詳細に報告され、今日は何人増えた、というニュースばかりになる。

 そして、その感染者数の増大を抑え込むために、仕事は制限され、外出や移動の禁止、それに関する同調圧力の強い状態になっている。

 しかし、100人の感染者数が確認されましたと大騒ぎする時、実際に、そのうちの何人が無症状なのか、年齢層がどのくらいなのか、そして、亡くなった方の持病などはどうなっているのかといった詳細がまったくわからない。

 今日は80人の感染で昨日より少し減りました。今日は150人の感染と倍増しました。そんな数の発表ばかりがずっと続けられている。同じ日、60人が自殺で亡くなっていても、そのことについては一切のニュースはなく、80人の感染者(そのうち無症状が大半)が出ただけで大きなニュースになっているという不可思議な現象。

 そして昨日、インドネシアのバリ島在住の知人から、こんな衝撃的な情報が届けられた。

 私としては、これまでブログなどにも書いて予測していたことだが、それがどうやら事実でありそうな情報だ。

 バリ島の観光客の訪れない田舎において、海外の出稼ぎから帰ってきた一人がコロナウィルスに感染していることがわかり(症状が出たので検査した結果)、政府は、その孤立した村の住民すべてに感染を広げた可能性があると判断し、抗体検査を行ったようだ。

 その村の人口は2640人で、順々に1210人に抗体検査を行ったところ、無症状だった人の443人に反応が出た。そのうち症状のある人は8人だけだったらしい。

 出稼ぎから感染者が帰ってきてから、そんなに日数が経っていないのに、なぜそんなに短期間のうちに抗体を持っている人が増えているのか明確な理由がわからないが、8人の症状のある人を除いて、大半の人が、まったく気づかないまま過ごしている。そして、それだけの感染者がいるのに、死者がいるわけではない。

 専門家は、このウィルスの致死率の高さだけを強調するが、具体的な数字を丁寧に見ると、その実態がわかる。

 年齢層で、致死率の違いがはっきりしている。若い人でも重症化しないとは限らないと抽象的な表現で警告するが、実態を正確に見て判断した方がいい。 

 政府は、日々、感染者数ばかり伝えて、死者の詳細を伝えてくれないので、このデータは、感染による死者が263人の段階だが、

30歳までは、感染者数は3000人ほどいるが、死者はゼロ。

30代は、2000名ほどの感染者で死者は2名。

40代は、2200名ほどの感染者数で死者は5名、

50代は2400名弱の感染者で死者は12名。

60代は1600名の感染者で死者は29名、

70代になると急激に増えて、1260名の感染者で死者は75名。

80代以上は、1060名の感染者数で死者は140名。

となる。

 つまり、40歳以下の致死率は、0.0004%であり、60歳以下でさえ、0.002%。それに対して、70歳以上の場合は、9%ということになる。

 この数字でさえ、感染の症状のある人のうち、どれだけの人が亡くなったかという数字であり、感染者全体の致死率ではない。感染していても無症状の人が、この何倍、何十倍といる可能性が強いことが、現在進められている抗体検査によって、わかってきたからだ。

 専門家は、若い人でも感染して死ぬリスクがあると煽るが、若い人の実数は限りなくゼロに近い。だからといって若い人は気を緩めていいということではなく、持病のある人や高齢者と、いかにして距離を置くかということを具体的に考えて実践すべきなのだ。若い人が感染すると高齢者にうつるので若い人も感染しないように注意しなければいけないというのがこれまでの論理だが、注意していても多くの人が感染してしまっているという事実から、対策方法を考えた方がいいのだ。

 また、若い人でも重症化リスクがあるという抽象的なことではなく、どんな若い人が危険なのか具体的な数字で示した方がいい。若い人でも、糖尿病など持病を抱えている人だって存在するのだから。

 とりわけ、現在、世界中でももっとも深刻な事態となっているアメリカは、主に清涼飲料水の消費が多すぎるゆえの若年層の糖尿病の増大が問題となり、全ての小中学校内での炭酸飲料水の 販売が禁止となっている。

 アメリカの中でももっともウィルスのダメージの大きなニューヨーク市では、あまりにも糖尿病患者が多いので、2012年、16オンス(日本の500ml缶)を超える清涼飲料水や砂糖入りコーヒーや紅茶の販売を市内で禁止すると発表した。この規制は 2013 年3月 12 日に施行される予定だったが、米国飲料協会が 2012 年 10 月に提訴するという事態となり、ニューヨーク州が敗訴してしまったこともあった。

 我々日本人の感覚では500mlでも十分な大きさだが、アメリカ人は特大サイズの砂糖がたっぷり入った清涼飲料水を、毎日の食事などでも当たり前のように飲んでいる人が多い。

 そのため、少し以前のデータではあるが、ニューヨーク市の成人の 58%は肥満か糖尿病を有し、公立高校生のうち約 40%が肥満。糖尿病による死亡者は年間 5800 人、そのうちの 2000 人が 70 歳以下で、ニューヨーク市の成人の8人に1人は糖尿病である。 ニューヨーク市では年間 1700 人の人が糖尿病で亡くなり、2600 人が足の切断で入 院している。となっている。

 もちろん、糖尿病などの持病だけが新型コロナウィルスによる死因とは言えず、たとえばイタリアでは、4月26日のニュースでは17000人の医療従事者が感染し、医師だけで日本全体の感染者の40%にもなる150人が亡くなっているが、激務のなかでの睡眠不足、ストレスなど、免疫力の低下も原因ではないか。

 新型コロナウィルス騒動が3ヶ月以上に及び、世界中の様々な地域において傾向の違いが出てきている。

 専門家は、このウィルスは、人種や地域性、気候に関係なく、普遍的に殺傷力があると主張するが、未だ死者数がゼロという国は、たとえばラオスカンボジアなど東南アジアやアフリカ、発展途上国に多い。こうした発展途上国は医療体制が整っていないので、感染が広まったら地獄絵図のようになるというのが専門家の見解なのだが、実際には、なかなかそうはならない。

 それは、上に述べたバリ島のケースのように、とくに糖尿病などの持病のない人は、感染しても無症状ですんでいるからかもしれない。 

 そして、それらの国は、平均寿命も低く、50代もしくは60代前半だ。

 先進国のように、毎日、血圧や糖尿病の薬がなくては生きていけないというコロナウィルスに感染したら命を奪われるような人が、これらの発展途上国には存在しないのだ。そういう人が仮にいたとしても、毎日、薬を飲めるような環境ではないので、既に亡くなっている。

 発展途上国にも高齢者はいるが、そういう人たちの多くは食生活が良かったり肉体労働で日光を十分に浴びていたり免疫機能も健やかで、だから感染しても亡くなる比率が低い。

 こういうことを書くと、かなり顰蹙を受けることは承知だが、このたびの新型コロナウィルスの騒動は、現代文明社会に対する大きな皮肉になっている。

 現代文明社会の定義はいろいろあるが、一つ大きなポイントは、「不健康な状態でも薬などによって長く生きながらえる」ということだ。そうした医療体制を備えているかどうかが、文明かそうでないかの指標になっている。

 そして新型コロナウィルスは、そうした不健康に対して、容赦がないのだ。

 ウィルスは、映画の影響もあるのか殺人兵器のような印象を持たれているが、ウィルスの生存戦略は寄生する相手を殺すことではなく、共生することだ。そうしないと、ウィルス自体が死に絶えてしまう。その共生戦略によって、ウィルスは、人類史よりも長いあいだ生き残ってきた。

 ウィルスの感染力の凄さが強調され、その恐怖が煽られているが、おそらくウィルスは、人間には理解できない方法であっという間に人間に感染しており、感染している人間も、まったく気づかないまま過ごしていて、本来ならばそれで何も問題ない。

 今回のコロナウィルスにかぎらず、これまでのインフルエンザにしても、無症状の人も含めてどれだけの人が感染しているか具体的に調べていないだけで、既に多くの人が感染してしまっているというのが本当のところではないか。

 新型コロナウィルスは、本当は人間と共生したくて人間の体内に侵入したのに、それが、毎日、薬を必要とする人であったりした場合、感染した相手も、感染したウィルスも死んでしまうというケースがかなりある。(それでも、実際の致死率はかなり低そうなので、生存できているものの方が圧倒的に多い)。

 今回の新型コロナウィルスの騒ぎのなかで引き合いに出されるのが、1918-1920年に世界各国で多くの死者を出したスペイン風邪だが、あの時も第一次世界大戦の途中と、その直後の流行であり、世界中の人々が特別に例外的な状態に置かれていたことは間違いない。

 それはともかく、上に述べた文明の一つの定義、「不健康な状態でも薬などによって長く生きながらえる」ということが、とくに北欧など冷徹な判断をする国々の中から、少しずつ修正が加えられつつある。

 スウェーデンは、以前は高齢者が食べられなくなると点滴や経管栄養を行っていたが、近年は行わず,自然な看取りをするようになっている。

 終末期高齢者に人工栄養を行うのは,非倫理的(老人虐待)という考えもある。

 また安楽死を合法とするオランダでは、新型コロナウィルスに感染した高齢者に対する救命措置をめぐる議論が続いている。

 アムステルダムの医療専門機関「緩和ケア専門知識センター」は、かかりつけ医らに、「余命が1年未満だったり慢性的に体が弱かったりする患者を集中治療室に運ばないとする基準を再確認し、内容を患者にも伝えるよう要求した。さらに「集中治療室医組合が3月に感染拡大時の医療崩壊を避けるため、救命対象基準を『80歳』とする指針を作り、後に『70歳』に引き下げていたことも判明した」(同)。

 また、オランダは安楽死が認められているので、年齢を考えると集中治療室に入れたとしても生き残れるとは考えられないから、安楽死を選びたいという高齢者もいるようだ。

 (4月18日朝日新聞、4月21日、PRESIDENT記事より)。

 スウェーデンは、世界中が新型コロナウィルス騒動の巻き込まれるなか、ロックダウンに頼らない独特の対策を続けており、周辺の欧米諸国が戒厳令のような厳しい措置をとるなか、16歳未満の子どもたちは普通に学校に通っているし、レストランやバー、カフェやナイトクラブも着席スタイルのサービスは許されており、買い物は普段どおりにできる。

 もちろん、スウェーデンでも、コロナウィルスによる死者は出ており、30日の時点で、死者数が2462人にのぼる。スペイン、イタリア、フランスなどに比べれば圧倒的に少ないが、感染が報告されている人数、2万1000人に対する死亡率が高いので、アメリカや中国などよりも死亡率が高い、スウェーデンは人体実験をしていると世界の良識人から非難されているのだ。

 それに対して、スウェーデン公衆衛生局の疫学者であるアンダース・テグネルは4月下旬にBBCラジオの番組に出演し、「我が国の死者のうち少なくとも半数は、高齢者施設の中で集団感染した人々だ。封鎖をすれば感染拡大を阻止できる、という考え方は理解しがたい」と反論している。

 つまり、合理主義の徹底しているスウェーデンは、高齢者以外は自由に活動させ、施設内の高齢者がある程度亡くなっても仕方がない、という対策方法をとっている。

 もちろん、施設内の高齢者が死んでもよいという考えではないが、高齢者施設で働いている人は、ふだんは街中に繰り出して普通に生活しているから、彼らが、施設にウィルスを持ち込む可能性は高い。しかも、施設で働いているスタッフの大半は、スウェーデン語があまりできない外国人労働者なのだ。

 それでも、スウェーデンは、街中で健康な人たちが自由に交流し、その中で感染が広がっても、その人たちの中で重症化する人はほとんどいないという見通しで、そのことによって施設の高齢者が死に至ることがあっても仕方ないという独自の対策を続けているのだ。

 仕方ないというのは、おそらくであるが、たとえロックダウンをしたところで、施設を支えているスタッフの大半がスウェーデン語のわからない移民であることを踏まえれば、周知徹底は難しく、彼らが働く施設内で決して健康とはいえない高齢者が感染して死に至ることを完全に防ぐことはできないわけで、にもかかわらず、「弱者を守る」という善意でそれを強行することの社会的ダメージが大きすぎるという判断だろう。 

 若き環境活動家グレタさんが、「具合が悪いから、もしかしたら感染しているかもしれないけれど、家にこもっている」とツイートしていたが、グレタさんのような人たちは、報告されている感染者にカウントされていないので、スウェーデンの感染率が高すぎるという攻撃は、実情に即していない。

 スウェーデンが、躍起になって犯人探しのようにコロナウィルス感染者を追っていないだけなのだ。

 もちろん、こうしたやり方に対して、一部の学者が異論を唱えているのは、世界中で同じ傾向だ。

 しかし、同調圧力のようにすべてが足並みを揃えるのではなく、こうした独自の対策をとり続けている国があることで、今回の新型コロナウィルスの傾向が、少しずつ読み取れるようになってきてはいる。

 にもかかわらず、日本での報道は、あまりにも画一的で、「今日、何人の感染者が出ました」ということが強調されるばかり。

 そしてこの感染者数が1日あたり100人を切ってこないとダメだと専門家が主張し、「専門家の先生とよく相談をして決めます」と自分に責任が降りかからないような答弁しかしない国のトップのもと、仕事を再開できる日は遠のくばかりと沈鬱な気分だけが蔓延していく。

 首相が頼り切っている専門家の中に、総合的に、多角的に状況を判断できる人がどれだけ含まれているのか?

 新型コロナウィルス感染症対策専門会議は、医学的な見地から適切な助言を行うことを目的としてメンバーが構成されている。

 つまり、ウィルスの感染を防ぐことと、その治療の専門家だ。

 感染しても無症状や軽症が圧倒的に多いのだから社会的にはそれ以上に憂慮すべき問題があると意見を出す人や、治療をしなくても自然に治っていく人がかなり多いという事実に着目して総合的に判断するような人は、専門会議のメンバーには入らない。

 そうすると、そこで議論される内容と判断は、決まり切ったことになる。

 専門会議は、そういうメンバーで構成されているから、それでいい。問題は、その専門家会議からあがってきた見解と、それ以外のことを考え合わせて、総合的に判断して全体の最適化をはかるのが政治なのだけれど、我が国の首相は、「専門家の先生がたのご意見をお聞きして」としか言わない。専門家の方々の見解は、政治家として判断するうえで一部の材料のはずでなければならないのに。

 それゆえ、残念ではあるが、日本は、欧米に比べて圧倒的に感染による死者数が少ないが、その事実に即した対応を独自に作り出すという芸当はできないだろう。

 日本よりも遥かに死者数が多い状態が続いているフランスやドイツなど各国の政治のプロ達が、苦渋の思いで総合的に判断し、全体の最適化をはかるうえでこれしかないと決断し、政治リーダーが自らの政治生命を賭けて実行していく内容を、日本の政治家は、盗み見るようにして、間違いだと言われないような判断と決定を後出しジャンケンのようにしていくことになるだろう。

 日本社会において、賢明という言葉は、そうした責任回避力のことを指す。

 新型コロナウィルスの死者を抑えるということだけにおいては、現状でも十分に少ないのだが、そういう小心者ゆえの”賢明”なリーダーシップでも間違いはないかもしれない。しかし、責任回避だけを重視した対策で、それ以外の分野にどれだけ計り知れない影響が出てしまうのか、そちらの方が心配だ。

 3月だけで自殺者は1700人にのぼるが、リーマンショックの時も、自殺者が急増した。日々のコロナウィルスの死者数よりも、日々の自殺者数の方が圧倒的に大きいのに、誰もそのことを伝えない。

 コロナ騒動が始まり、3ヶ月を超えて、色々な傾向が見えてきた。

 それらの傾向を踏まえれば、やるべきことの方向性も自ずから決まってくる。

 日本は、北欧のような冷徹な判断をする国ではない。弱いものから助けるという良心が強く残っている国だ。

 しかし、だからといって全てを閉じ込める必要なんてない。

 持病のある人や高齢者のリスクが高いことは事実であり、問題は、それらの人と、そうでない人の接触を無くすこと。

 抗体検査の結果を見ても、感染そのものを防ぐことはかなり難しいことは明らかなのだから、祖父や祖母と孫や子供達は、しばらく会わないようにすること。自分が若くもなく健康でもないという人は、できるだけ外に出たり、人と接しないようにすること。

 施設などで、高齢者や持病のある人と接する必要のある人は、すぐにでも抗体検査を行い、感染状態を把握したうえで、それらの人たちと接する場合は、万全を期すること。

 など、具体的なやり方を示すことは可能であり、それが必要な段階にきている。

 全ての地域の全ての人に自粛を命じるような画一的で社会を窒息させるような策は、他の病の原因になるばかりだ。

 

 

ホームページで、 Sacred World 日本の古層を販売中 https://

www.kazetabi.jp

 

 

 

 

第1091回 デジタル社会における写真集の可能性!?

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Sacred world 日本の古層 Vol.1」を発表してから1ヶ月となり、いくつかのご意見をいただいている。

 https://www.kaz

www.kazetabi.jp

 
 このデジタル全盛の時代に、なんでまたピンホール写真なのと違和感を抱く人もいるかもしれないが(今のところそういうご意見はいただいていないが)、それはともかく、多くの人から、「この内容で1,000円なんて信じられない」という言葉をいただく。
 価格よりも内容こそが大事なのはいうまでもないが、今回、私にとってこの本のチャレンジは、価格のことも含まれている。
 大盤振る舞いでこの価格をつけているのではなく、きちんと考えた価格であり、それは、とりあえずテスト的に1000部制作したけれど、その半分を販売できればペイラインに達するという値付けだ。
 これまで鬼海弘雄さんの「 Tokyo view」や、森永純さんの「 WAVE」など永久保存版を目指した豪華写真集も作ってきたが、それらの時も、考え方は同じで、作った数の半分販売できればペイラインという設定で価格を決め、販売してきている。
 そして、今回のSacred Worldを含めて、おかげさまで、すべてペイラインを超えている。
 なぜこれがチャレンジなのかというと、今日、紙媒体の存続が極めて難しくなっており、とりわけ写真集で採算ラインにこぎつけるというのは至難の業だからだ。
 それでも、時々、写真集が制作されているが、その大半が共同出版という名の自費出版で、写真家が費用負担をさせられている。 
 たとえば写真家が千部で300万円を負担して、そのうち500部を出版社にとられ、出版社は本屋などに流通させる。そこでいくら売れても写真家には印税は支払われない。
 写真家は、残りの500部を自分で売る。しかし、その全部を売り切っても、ようやく自分が捻出した費用に届くかどうか(ほとんどが届かない)ということになる。
 出版社は、印刷などに必要な経費をすべて写真家に負担させ、リスクを負わない形で500部の販売を行い、そこから利益を得ようとする。
 表向きは、写真家が負担している300万円よりもコストがかかっていて、それを出版社が負担しているかのように説明しているが、実際はそうではないことは、写真集を制作してきている私が本の内容と金額を聞けばわかる。
 鬼海弘雄さんの「Tokyo view」や森永純さんの「Wave」よりも貧弱な装丁内容の写真集の方が多いからだ。
 今回、私は、「Sacred world 日本の古層」を、千部で55万(税込み)の印刷費と、2,000円のデザインアプリソフトで制作した。
 だから、1,000円の価格でも、500部少々売れれば、ペイラインに届くのである。
 そして、この同じ本の内容で、印刷部数が2千部となると、印刷代は68万円(税込)であり、700円で売っても、作った部数の半分売れれば、採算がとれるのだ。
 まあ700円の価格をつけると、それだけで安っぽい印象になってしまうが、この価格ならば、十分に電子書籍などと対抗できる。
 この具体的な話をSacred Worldを手にとった写真家の何名かに話をしたら、みんな驚くとともに、可能性が見えてきた、何かできそうな気がすると言っている。
 さらに、一人ではなく数人でコラボでもすれば、コストも折半できるし、販売を別々で努力すれば、一人の販売部数のターゲットも低くなるし、自分の作品を多くの人に見てもらえる。
 収入の安定していない写真家が、自分の写真集づくりのために大きな金銭的負担を強いられる状況から脱して欲しいという思いが私にはある。それは、単なる同情ではなく、現在の写真集の出版において写真家が金銭的な負担をしなくてもすむケースというのは、よほどの有名写真家でないかぎり、出版社側に勝算があるケース(つまり売りやすい)に限られてしまい、そういうものばかり流通するということになるからだ。売りやすいというのは、たとえば犬とか猫の可愛らしいものとか、綺麗な風景とか(ただ、実際にはこの種のものは、それこそweb媒体で十分という状況になっているが)だ。
 世の中に媚びたようなものでなくても、自分がやるべきことをきちんとやったうえで本にすることは、やり方次第で、さほど難しい時代ではないということを伝えたい。
 「Sacred World 日本の古層」は、コンテンツは超アナログだけれど、それを一つの本にして流通させるための方法は、デジタル社会の恩恵を受けている。
 印刷は、風の旅人とか森永さんや鬼海さんの写真集を作っていた時は、大手印刷会社に発注していた。やはり、尊敬する人のコンテンツを預かっている以上、失敗はできないので、高額でも技術的な信頼のあるところに依頼するしかなかった。
 しかし、今回は、自分のコンテンツなので、思いきってネット印刷でチャレンジした。なので入稿原稿もPDF入稿なのだ。そんなので大丈夫なのかなと不安はあったけれど、なんとかなったのではないかと思う。
 もちろん、黒の締まりで勝負しているとか、表現の内容ではなく装飾的な部分、技術的な部分にウエイトを置いている写真家ならば不満があるかもしれないが、これまで「風の旅人」のなかで素晴らしい写真家の写真を多く扱ってきたが、本当にいい写真というのは、多少、印刷がよくなくても、それに左右されない表現の強靭さがある。それよりも重要なのは、当たり前のことだけれど内容であり、編集なのだ。
 それでも自分の写真は黒の締まりがなければ見栄えがしないと思う人は、5、6倍のコストをかけてやればいい。
 「Sacred world 日本の古層」の印刷でなんとかなるという人ならば、千部で50万円ほどでできる。縦サイズなら、さらに8万円ほど安い。
 とくに、自分の写真展に合わせて図録など必要な人は、これで十分ではないかな。
図録ならば、Sacred worldほどの分量はいらないし、そうすると、もっと安く作れる。
 ちなみに、デザインソフトは、adobeの高級ソフトではなく、swift publisher という、日本ではほとんど誰も使っていないソフトですが、けっこう使いやすかった。