神は細部に宿る

                        
 中村征夫さんの東京湾と同じく、来年の4月号の「生命系 30億年の時空」の特集で、水越武さんのバイカル湖の写真を紹介する。
 その写真をだいたい組み上げることができた。水越さんの写真は、創刊号第六号で紹介したが、いつもじっくりと見るだけで魂に負荷がかかる。普通、自然を対象とする写真家というのは、森などにしても、その外側から撮る人が多い。たとえ花を撮ったとしても、花の外側から写し取っているという気がしてしまう。しかし、水越さんは、森にしても、一本の樹木にしても、花にしても、その内側にぐぐっと入り込んで深く対象と向き合っている。水越さんの森の写真は、シリアスで暗くて不気味だ。気軽に「癒し」などという言葉をつかうわけにはいかない。
 今回、水越さんが撮影したバイカル湖は、3000万年前にできた地球最古の湖で、世界最大の淡水湖でもある。もっとも深いところで1643m(平均740m)と、湖のなかで破格の深さを誇り、地球上の淡水の1/3を保持していると推定されている。
 この湖は、ユーラシア大陸のほぼど真ん中にあり、地理的に孤立していることと、その古さによって、独自の生態系を築いている。ここで発見された1,700種以上の生物は、地球上の他の地域には生息していない。起源が全くの謎に包まれた淡水アザラシや、5.5kgのキャビアを産み出す体重115kgのチョウザメ、世界で最も美しいクロテン、世界最大のヒグマなどがいる。
 そのバイカル湖の自然力を、いったいどのように写真で表現するのか。いろいろな生き物を記録的に紹介したところで、”いのち”の根元に触れることはできない。
 水越さんの写真を見ていて圧倒され、気付かされるのは、その細部の豊饒さだ。
 世界最大、最深、最古という数量的なスケールは、ある段階を超えたところから、人間の感覚では捉えきれないものになってしまうが、全体の懐の深さは、細部への凝縮度となって示されている。人間だって、大人物と言われる人は、実は、細部への配慮が素晴らしいのだ。
 水越さんの写真は、空高くから凍り付いたバイカル湖を撮影するのと同じ視点で、バイカル湖の表面の氷を捉える。広大な森を上空から撮るように、ミクロの世界の地衣類を捉える。それらの写真を見ていると、”いのち”というものが、表層ではなく、幾層にも積み重なった総体であることが実感できる。
「表面的な面は偶発的なできごとにすぎない。しかし、構成的な深い面は、いわば運命なのだ。ーアントワーヌ・ブールデル」
 森を外側から表面的に撮るのではなく、構成的な深い面で撮ることによって、「生命の底深い運命」を捉えることになる。水越武さんの自然写真とは、まさしくそういうものだ。
人を表層的に癒すのではなく、深い面で正してくれる。