雑誌の値頃感?

 書店などで観察していると、「風の旅人」を手にとって中身をじっと見つめ続けて、裏表紙を見て値段を確認して、買わずに元の位置に戻すという光景に出会うことがある。

 書店の担当者と話しをしても、「もう少し安かったら、もっとたくさん売れるのは間違いないですよ」と言われることもある。

 「風の旅人」が税込みで1,200円というのが、安いのか高いのか、最近、価格のことで少し悩んでいて、思い切って、値段を3桁にしようかと考えることもある。

 というのは、人々は内容とコストのバランスで物を購入するとは限らず、どうも、物品に関する相場観というものがあり、それが高い安いの基準になっているようなのだ。

 たとえば、単行本なら1600円くらいがだいたいの相場で、1200円の値段がついていると安いという気がする。雑誌の場合、500円前後のものが圧倒的に多い。高くても800円くらいまでで、1000円を超えたものは、ほとんどない。創刊の頃、コンビニに営業をかけた時も、「内容がよくても、1000円を超える雑誌は置かない」と仕入担当者に明言された。

 雑誌がなぜそんなに安いのかというと、広告の受け皿という意識が徹底しているからであって、安くして流通量を増やし、広告価値を高める戦略がとられている。それを徹底したのが、R25などの無料配布物だ。広告さえ取れれば、雑誌は無料で出せるということの証明になっている。

 雑誌の方が単行本よりも製作費は間違いなくかかる。単行本は、売れた分だけ作家に印税を払えばよいが、雑誌は、売れようが売れまいが、掲載料や取材費が莫大にかかる。単行本に比べて、固定コストが大きいのだ。にもかかわらず、単行本より安く売って、しかも広告を取らないというのは、ビジネスモデルとして、いったい何を考えているのだ、ということになる。

 

 現状において、「風の旅人」は、広告ではなく企業タイアップや、それに付随する企業のPR誌などの制作によって、収支的には、かろうじてトントンというところにある。

 トントンというのは出版不況のなかでマシだと言われることもあるが、働けど働けどトントンというのは、はっきりいって息苦しいものだ。

 それ以前の問題として、「なにゆえに旅行会社がこのようなものを作っているのだ、本業をしっかりしろ!!」などと、株主に言われかねない。いや既に言われているかもしれない。昨年の株主総会で、そこまではっきり言われなかったが、質問を受けた。

 一般的な旅行会社のビジネスモデルというのは、修学旅行などの団体旅行は営業部隊が接待などいろいろ手を尽くして直接営業するが、パッケージツアーなどは、新聞や雑誌などで広告を売って集客する方法をとるか、販売会社に委託するか、駅前の好立地の場所に店舗を構えて通りすがりの人を狙うかのどれかだ。

 そしてどの方法も、莫大なコストを必要とする。新聞など一面広告を打つだけで1千万を超えてしまうし、営業所の家賃などの維持も大変だ。販売委託した時の手数料も大きい。さらに、そのようにしてコストをかけて集客しても、テロなどが起こってツアーが取り消しになると、全てが無になってしまう。しかも最近ではインターネットでニュースをチェックできるから新聞を買わない人が増えて、新聞広告に対するレスポンスは全盛期の5分の1以下に落ちている。にもかかわらず、広告費は大して変わらない。新聞の変わりにインターネット広告という手段もあるが、対費用効果はいまいちで、それだけだとツアーが成立しない。

 そのように慢性的な低収益構造とテロなどの外的要因リスクから抜け出せない旅行業が、なんとか経営的に安定していくためには、広告をせず、営業所をつくらず、販売委託もせず、集客するシステムを作らなければならない。旅行商品は前払いで、何十万円もの金額を旅行前に支払うことが義務づけられるので、それを可能にする企業としての信頼感も必要だ。

 そのような状況のなか、ユーラシア旅行社は、かつて売上高の10%を超えていた広告宣伝の支出を、現在では2.2%に抑えている。そして営業所も東京に一つのまま、北海道から九州の顧客を取り扱うという、旅行業では非常に特異なビジネスモデルを築いている。営業所に来店できない遠方の人たちに安心できる企業であることを理解してもらうために、2001年に店頭に株式上場をした。お金を払って空港まで行ったら旅行会社が倒産していてツアーに行けなかったという事件が時折あるが、ユーラシア旅行社においては、そういうことは絶対にないという信頼獲得のためだ。

 それと広告に頼らなくても集客する方法として、顧客向けのPR誌を充実させた。それを毎月60,000部作り、顧客向けのサービスとして配送し、結果的に高いリピート率を確保している。

 ただし、それだけだと、顧客のパイが大きくなっていかない。だからといって、他の会社が作っている雑誌などの1ページに100万円近い高いお金を出して広告を打つのもバカらしい。ならば、自分で媒体を持ってしまうことが一番だろうということになる。広告だらけの雑誌のなかに埋もれた1ページ広告に訴求効果があると思えないし、雑誌はすぐに捨てられるし、店頭に並んでも実際に売れているとはかぎらない。

 「風の旅人」を収支トントンで出していけるのなら、他の雑誌や新聞に広告を出してお金を捨てることよりも価値はあるだろう・・・・・。そして少しでも企業のイメージアップにつなけることができれば・・・・。

 などと考えるのは、私の気休めであって、一つの事業として、ほとんどまとまった休みも無く、働けど働けど、トントンというのは、やはり息苦しいことは間違いない。

 企業タイアップを維持し続ける努力も、やむを得ないとはいえ、一つの心労であることは間違いないし。

 そういう状況で、価格を下げるべきかどうか考えるのはなぜか?

 それは、現在、印刷コストが昔に比べて非常に安くなっていて、損益分岐点が下がっており、ある部数を超えたところからの1冊あたりの印刷コストが、非常に安くなるからだ。それに比べて掲載料などの制作コストは、部数に関係なく一定であるから、たくさんの部数で割った方が、一冊に占める割合が低くなる。だから印刷部数を増やして安くして、少しでも数多く売れた方が、いろいろとメリットが大きくなるのだ。

 ただし、安くすれば読者が増える類のものと、値段に関係ないものがある。値段に関係ないのであれば、安くしただけ、当然ながら収益が減る。安ければいいだろうということではなく、良い内容のものを、正当な値段で売ることが大事だ。

 とはいえ、実績のある大手出版社ではなく一旅行会社が制作している雑誌なので、まずは手に取って買い、家に持ち帰ってじっくり見てもらわないと、その価値は判断してもらえない。その最初の入り口として、1200円(税込み)が、高いか安いかということが問題なのだ。

 もちろん、発行元に関係なく店頭で内容を見て判断して買っていただいた読者は大勢いる。でもおそらく、そうした目利きは、全体の20%もいるかどうかで、他の50%〜くらいは、自分の直観ではなかなか判断できず、背中を押すきっかけとかが必要だと思う。(何をどうしようが動かない20%〜というのもいるだろうが、それはしかたがない。

 携帯電話に何万円もかける時代に、一雑誌の1200円(税込み)というのは安いのだろうか、それともやはり高いのだろうか。



風の旅人 (Vol.22(2006))

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