幼稚園の父親参観? 理解できないことの尊さ

 土曜日、息子の幼稚園の父親参観に行った。

 その幼稚園は、樹齢数百年はあろうかと思われる古樹が鬱蒼と茂り、その樹木に取り囲まれるように土の広場があって、まるで神社の境内のようだという印象を持った。

 そこで幼稚園児達が、拾ってきた銀杏を金槌でトントンと割り、七輪で焼いており、とても微笑ましかった。

 かつて神社の境内は子供にとってかっこうの遊び場だったが、最近は、そういう場がめっきり少なくなった。花壇や芝生の公園はたくさんあるが、そういうものと神社の空気は根本的に違う。

 神社には独特の厳かな雰囲気があり、自分たちの理解できない何ものかの気配が感じられる。そうした空気を作り出す一番大きな要因は、長い樹齢を誇る樹木で形成された鎮守の森や、鎮守の森のどこかに息づいていることが感じられる生き物の存在だ。そして、時には、生き物の死体も転がっている。さらに、秘密めいた儀式や祭りもたくさんある。そのように、神社の境内というのは、子供の理解や予測を超えた神秘的で不可思議なものが満ちている。

 子供にとって、自分には簡単に理解できないけれど、何かとても興味が引かれる世界の存在はとても大事なことだろう。

 昨今の社会や教育現場では、多様性の尊重とか、個性の違いがスローガンのように唱えられている。しかし、多様性や個性の大切さを頭のなかで理解して納得することと、肌を通して実感していることとは、大きな隔たりがある。頭というのは、自分に余裕があれば冷静に判断する力をもっているが、そうでない時は、自分に都合の良い答えを求める癖がある。

 世界の多様性を尊重するというのは、自分には理解不可能で矛盾に満ちていると思われる異質な世界でも、その存在の成立に関する厳粛さを強く感じ、ありのままに受け入れざるを得ないという気持ちになることであって、頭でそうした方がいいと思うから仕方なしにそうするという感覚とは違うものだと思う。

 最近の幼児向けの教育などで、子供が理解・納得できるように説明することが大事などと教育専門家が言うことがあるが、私は、全然そのように思っていない。

 理解できなければ動けないとか、納得できなければやらない、という大人になってしまうと、行動が著しく制限されてしまう。

 理解・納得できなくても、やっているうちに理解や納得できることは多く、むしろ最初から理解できたり納得できることを実行に移して形にしても、型通りのものにしかならないだろう。

 自分が当初考えもしなかったことができるからこそ人間はときめきを感じる。型通りのものをいくら作っても、人間はときめきを感じず、仕事や人生に飽きてしまう。それが、世間に蔓延するニヒリズムにつながっていくのではないか。

 子供には、理解・納得以前に、「まずは、やってみようよ」と促すことが一番大事なのだと私は思っている。間違っていたり、うまくいかなくても、やってみることで今まで自分が気づかなかった何かに触れることの面白さを少しでも感じられれば、十分だ。

 何が正しくて間違っているかというのは、状況によって、また時代によって異なる。だから、正しいか間違っているかは二の次で、うまくいった時の達成感や、うまくいかない時のジレンマといった心の揺れ動きをたくさん経験することが子供にとって大切なことではないだろうか。そして、「できない」とか「うまくいかない」から嫌になるのではなく、「簡単にできないからこそ面白い」、と感じられる感受性を幼児期に身につけることこそ、その後の人生において最大の糧になるのではないかと私は思う。

 今日の世界は、どこもかしこも人工的な公園のようで、使う人のために配慮しすぎていることが多く、それを子供の世界にまで当てはめる傾向がある。歩きいやすい道、休みやすい椅子とか芝生、使いやすい遊び道具etc・・・。

 しかし、そうした環境整備は、子供にとってもっとも大切な抵抗力や耐性を奪っていく。物事の背景に思いをはせる想像力や、創意工夫で対処しようとする創造力も失われていくだろう。

 どんなに人間が管理しようとも、世界は矛盾に満ちており、ただ綺麗なだけ、清らかものだけに接していると、世界を生き抜いていくための根本的な生命力を低下させてしまう。むしろ、苦い思いや、辛い体験の方が、世界が自分の方に強く迫ってきて、心と肉体に深く食い入り、生きている手応えと、生きる力を育むことにつながるかもしれないと思うことが多い。

 しかし、親というのはどうしても子供を辛い目に合わせたくないと考えてしまう。可愛い子に旅をさせろという気持ちがあっても、無理矢理に子供に試練を与えることは、とても難しい。しかし普通に考えれば、幼子にとっては未知なる出会いのすべてが簡単に対処できない試練なのだ。だから、大人がすべき最低限のことは、未知の前で身動きできずに立ち止まっている時に、安易に手ほどきをしたり解答を与えないことかもしれない。子供を辛抱強く見守るというのが親にとって一番難しく、大切なことなのかもしれない。



風の旅人 (Vol.22(2006))

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