自分に足らないものを、どう補うか。

 ビジネスという言葉を聞くと、昨今のITブームのように、他人より早く目新しいものを見つけてくるという印象があるが、そればかりではない。

 大儲けすることがビジネスの目的ではなく、収入より支出が多くならないシステムを自分でつくり出し、活動をしながら食べていくことができれば、ビジネスは成立する。

 この原理は、何も企業ビジネスだけに通用するものではなく、一人の人間が社会で生きていくうえでも同じことだろう。現在の人間活動はお金の交換のうえに成り立っているから、お金の収支ばかりが関心ごとになるが、愛情とか誠意など、お金以外のものの出入りのバランスも重要になってくる。

 これは人間に限らず、どんな生物でもそうだ。ミミズにしても、自分の中に土を取り込み、そのなかの有機物や微生物などを消化した上で、植物にとって栄養豊かな糞として排出する。自分の中に何かを取り込んだり排出したりする際、その必要量は、自分が当事者だからわかる。最初はわからなくても、活動を続けているうちに、最適な量がわかってくる。

 当事者意識が弱いと、取り込むものと排出するもののバランスに対する認識がアバウトになる。アバウトになると、安易な発想と行動に走りやすくなる。

 収入が減れば、支出を減らさなければならない。そうした時、ビジネスにおける安易な発想は、人件費を下げることだろう。しかしそれは活動力を低下させることにつながる。人件費の変わりに仕入れコストを下げすぎるのも、活動の質を低下させる恐れがある。人件費を下げて仕入れコストを下げるくせに、広告・宣伝費を下げないという会社は、安直な経営を行っている典型的なパターンだ。時間とエネルギーをかけて構造そのものを根気よく変えていく努力を放棄しているので、結果的に、社会状況が変化した時、太刀打ちできなくなる。

 そういう手法を用いる経営者は、自分の周辺しか見えておらず、現場に深くコミットせず、現場の当事者意識が弱い。

 今日の社会活動で、組織の活力や質の向上にあまり関係ないところで多くの支出があるのは、広告や宣伝だ。

 広告や宣伝で多くの人に知られることで誇りを持てるという人もいるが、その支出額の大きさを聞くと、馬鹿らしくなるだろう。最近のエントリーで紹介した文化の新聞紹介でも、それに2500万円もかかるならば、そのお金をもっと有効に使うことができる。

 広告や宣伝に依存せず、自分たちの活動を人々に知ってもらい、自分たちのサービスや商品を購入してもらって収入につなげようと思えば、それなりの知恵と根気とエネルギーがいる。苦労をしてでも、そのシステムを作れば、収入と支出のバランスをとりやすくなるし、自分たちが持たなかった能力の開発や向上にもつながる。そうした好循環をつくりあげて、活動しながら食べていける有機的なシステムをつくりあげることも、ビジネスなのだ。そういう場合のビジネスは、単なる金儲けではなく、生命原理に基づいた活動と言える。

 世の中には、自分の既得のものを利用することだけ考えている人もいるし、自分に足らないものを自覚して、それを補おうと必死の人もいる。

 社員として採用する場合も、人として付き合う場合も、私は後者の方を優先する。

 ユーラシア旅行社は、世界の秘境・辺境への旅行が多く、社員になれば、それらの地域に添乗に行かなければならない。

 そのように言うと、英語をはじめ世界各国の言語に通じ、現地の知識を専門的に知っている人が最適だと思う人もいるだろうが、そういうわけではない。

 語学ができて、知識が豊富の人であっても、そのうえに胡座をかいている人は、必ず失敗する。自分の既得のものだけで物事に対応しようとする人は、平常時において実力を発揮できるかもしれないが、自分のことしか見えていないので状況変化に対して鈍感なことが多く、旅行中のトラブルなどの際、対応が後手にまわる。旅行中は状況が常に流動的で何が起こるかわからないので、そういう人は向いていないのだ。

 それに比べて、自分に足らないものを自覚して、それを補おうと必死の人は、周りに気をめぐらせているので、状況変化に敏感だ。状況が悪くなる前に、それを察し、何らかの手を打とうとする。

 自分一人で旅行するのと、旅慣れない大勢の人のリーダーになることは、まったく別のことであり、後者のタイプの方が、旅先でのリーダーとして適任なのだ。

 旅にかぎらず、今日の社会は状況が流動的で何が起こるかわからない。

 にもかかわらず、官僚や政治家をはじめ、リーダーシップをとる人に前者が多い。自分の既得のものにあぐらをかいている人は、自分が直接脅かされることに対しては敏感だが、回路が狭く閉じているため、それ以外のことに鈍感だ。その鈍感さが周りに災厄を与えるのだが、めぐりめぐって、それが自分の身にも降りかかることが、わかっていない。

 人間の付き合いも同じだろう。

 1.自分の既得のものにあぐらをかく人。

 2.自分に足らないものを自覚しているのに、それを何かで補う努力をしていない人。

 3.自分に足らないものを自覚して、それを補うために気をめぐらせている人。 

 上記のなかでは、3の人とが一番気持ちよく付き合える。添乗員も、3の人がお客さんの人気が高い。

 だから、1とか2よりも、3の人を増やすことが、リピート化を高め、経営を安定させる。

 はじめから3の人を採用できればいいが、そういう人はそんなにいない。1や2であっても、3になれる可能性があるかどうかを見極め、社内での日頃の付き合いで3になるように接していくことが大事だ。そのようにして、3の人を増やす。それが、宣伝とか広告に頼らないシステムにとって最重要なことなのだ。

 だから私は、面接で1の態度をとる人がいれば、「そんなもの大したことないじゃないか」という態度で接する。それでプライドを傷つけられたとむくれる人は、3になる可能性が低い。自分の既得のものだけでは通用しないのだとハッと気付ける人だけを採用する。

 2の場合は、自分に足らないものを何かで補うという発想が弱く、諦めてしまっている。足らないものを補うためには、形あるものではなく、誠意だとか配慮とか形になりにくいものが必要だとわかっていない。自分に足らないものを自覚していることじたいが誠意や配慮の資質があることなのだけど、自分には形あるものがないということで卑屈になって、誠意や配慮につながる心構えを放棄していることが多い。そういう人とは、その部分を中心に語り合って、スタンスを変えようとする意志がまだ残っていると判断すれば、採用する。

 自分に足らないものを自覚して、それにどう対応するかが、その人の人格を示すのだと思う。自分に足らないものを卑下して自分の殻に閉じこもったり、その逆に、既得のもの(知識、技術、ステイタス、肩書き、お金、家柄、伝統etc・・、)に胡座をかいて胸を反らせる人が、魅力ある人格だとは思えない。企業や国家の品格を話題にする場合も同じだろう。


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