有即無

 「風の旅人」第28号、”FINE EXISTENCE 有即無 ”が、そろそろ書店に並び始めました。

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 「富士山」であれ、「東京」であれ、同じ「単語」を聞いても、人それぞれの記憶によって、思い浮かべる光景は異なります。どんな時も場所も、光の微妙な加減や匂いや歳月による傷みなど、その時、そこにしかない関係性で成り立っており、同じものは存在しません。

 世界は、無限の組合せによって、どの局面も微妙に異なって多彩になり、局面ごとに現れ出る一つ一つの物は固有になります。

そして、人と人、物と物、人と物など、それぞれ固有の存在が固有の関係をきめこまかく織り込んでいくと、その関係から生じるものは、いっそう固有の性質を強めていきます。

 優れた職人の仕事とは、おそらくそのように固有の局面のなかで、物と物を関係させ、命のつながりを実現し、生の形を整えていくものなのでしょう。形は異なれど、そこに宿る生の気配は普遍であり、だからこそ、人の心に響くのでしょう。

 この世界に、他に取り替えのきかない関係性で自分が在り、自分を取り囲む物が在ります。すべての関係における機微は、どれも一定に固定することなく、有は無となり、無は再び有となり、刻々と変化しながら、変化することで様々な層を織りなし、常にバランスを危うくしながら、同時にいっそうの厚みを実現し、生は持続していきます。

そのようにして現れては消えながら、常にその全体が引き継がれていき、有無の区分すら無意味な生のダイナミズムから生じる存在は、どれも厳粛なものであり、だからこそ、尊く、有り難い。そのようにかけがえのない気持ちに支えられてこそ、世界は、愛おしく、美しくなっていくのでしょう。

 今号の「風の旅人」は、そうしたことを意識して制作致しました。

 「風の旅人」で、しばし心の旅をお楽しみいただければ幸いです。