〜表現の行き先〜 細江英公 森永純 田口ランディ 公開トーク

『風の旅人』 公開トーク 開催

  <テーマ>表現の行き先 (仮題)

 

日時/12月13日(日) 13時30分〜

場所/永田町 砂防会館 別館 3F 立山会議室 (定員100名)

  東京都千代田区平河町2−7−4 砂防会館別館3階

 

第一部  開場13時。開演13時半〜15時 

 細江英公 森永純 田口ランディ              進行役 佐伯剛  

第二部  15時半〜16時半   中藤毅彦 有元伸也 他、計画中  進行役 佐伯剛  

 

入場料 2000円

*入場者には、森永純さんの作品が掲載されている『風の旅人』第34号と第35号の2冊を進呈致します。どうしても他の号を希望の方は、17時の会の終了後(午後5時〜)、編集部(徒歩3分)にて、交換致します。

また、細江英公さんの新作が掲載される『風の旅人』第39号(2/1発行)の予約を行っていただいた方は、定価で1200円のところを1000円(送料込)で販売致します。

 

予約制:申し込みは、shuppan@eurasia.co.jp まで。

「12/13日公開トークに参加希望」と明記の上、住所、氏名、電話番号、メールアドレス、参加人数を記入の上、お送りください。

 定員になりしだい、ホームページ上でお知らせします。

 

<趣旨>

昨年の金融危機以来、大手メディア各社は軒並み困難な状況にあり、今後、大手メディアに依存する表現活動の可能性は、これまで以上に軽減するのは間違いありません。また、作品の価値を権威づける力の退行と同時に、自主ギャラリーやネットをはじめ表現の場が様々な形で台頭し、デジタルカメラの技術発展もあって、表現におけるプロとアマチュアの垣根も無化されつつあります。

さらに、日本と海外のあいだの距離も急速に狭まり、表現においてもボーダレスな活動が、当たり前になりつつあります。

しかし、世界が一つにつながり、様々な表現が日常的に溢れかえるようになってくると、その洪水のなかに、あらゆるものが埋没してしまいます。誰もが“面白いこと”を求めながら、その”面白さ“が次の瞬間に消費され、記憶として残り続けるものになりにくいのです。

細江英公さんや、森永純さんが40年以上も前に取り組んでいたものは、今見ても、古さをまったく感じさせません。一つのテーマに長い間じっくりと取り組んでいても、人を飽きさせることのない深さを秘めています。

また、日本か海外かに関係なく、真の意味でグローバルな普遍的な魅力を湛えています。

それはいったい何故でしょうか。 

表現は個人的活動でありますが、自分のアンテナだけで、時代を超えて、また国境を超えて、つながっていくことができる。その力は、いったいどこから来るのか。

細江英公さんの写真活動の軌跡は、1959年のVIVO以来、大手メディアに迎合しない写真表現の自立性を目指したものであり、後のヤングポートフォリオでの新人発掘においても、その精神は遺憾なく発揮されており、個人の表現者としても、社会的な牽引者としても、その姿勢は一貫しています。

森永純さんもまた、大手メディアには一切媚びることなく、その為、作品発表の機会が極端に少なくなろうとも、軸のぶれることのない長年の活動によって、次世代の写真表現者達の尊敬を集めています。このお二人が中心になって、1970年代の前半に大手メディアの権力に屈することのない表現発表を行うため、現在では当たり前になっているギャラリーでの個展活動の動きを作り出したことは、メディアがそれを伝えていないこともあって、若手写真家のなかで知らない人も多いでしょう。

お二人に共通していることは、日本の写真業界の因習に閉じこもらず、かといって欧米に媚びたり安易に模倣するわけでもなく、自らの表現を深く掘り下げることで、国際的に通用する普遍性に到達していることです。

グローバルスタンダードという形ばかりの標準化の動きが顕著な時代において、自分の持ち味を一心に磨き、結果として海外の作品に一切見劣りすることなく、個性を発揮しながら欧米文化とも調和が可能であるということを、二人の作品は証明しています。それが海外での高評価につながっており、彼らが獲得している評価は、物珍しさや東洋趣味による日本ブームは別のものです。

また、作家の田口ランディさんは、日本では人気作家の地位を既に築いていますが、近年、イタリア、ルーマニア、中国など、様々な国々での翻訳本が発行されています。

日本の出版マーケットでは、内容を深く掘り下げていけばいくほど販売部数が減ってしまい、瞬間的に楽しめて気軽に消費できるタイプのものを作家に求める傾向があるそうですが、彼女は、そうした現在の日本社会の表現者のポジションにも深い問題意識を持っています。

また、田口ランディさんの作風を、日本の文壇社会では“ポップ文学”として捉える向きもありますが、海外における評価はまったく違い、今日の世界が根本のところで共有する課題に深いところで向き合っているシリアスな純文学作家という位置づけなのです。

文学か写真と表現の方式は異なりますが、細江英公、森永純、田口ランディという3人には、共有するところが多くあります。

依然として大衆メディア時代の慣行が残っている日本社会ですが、その部分を今さら分析しても何も始まりません。これからの表現活動がどのようになっていくかということを、今回のトークでは希望を織り込みながら話し合っていきたいと思います。