極点から極点へと旅をして

管啓次郎さんの新作詩集『海に降る雨』。近年、なかなか心にしっくりとくる詩集ってないのだけど、管さんの旅の詩集は、とてもフィットする。私は、管さんのような言葉のアウトプット力はないけれど、その世界観というか、旅の感覚はとても近いものを感じる。

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セージの香りがする原野にいると氷原を考える

島影もない大洋にいると峻厳な山岳地帯を考える

おれの心はそれほどparadoxicalだが笑わないでくれ

極点から極点へと旅をして初めて地球の曲線が実感できた

日蝕を何度か目撃して月の影が理解できた

空気塊や氷塊の絶えまない移動が市場の予測や教養の崩壊

なんかよりずっとわれわれの精神の気象を左右することがわかった

そしてヒトの言語のバベル的混乱にもかかわらず

われわれがある統一的な動きを指向していることを知った

目的地はばらばらだ、その気温・降水量・植生もばらばらだ

ただこの動きだけがわれわれに種としての運命を自覚させる

それは「移住」

その前段階としての「放浪」、その補完物としての「探索」

何を求めていようといまいと

あらゆる陽の翳りと月の出を超えてわれわれは移住を試みる

まるでそれが人生の最初の一日の約束だったかのように

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「極点から極点へと旅をして初めて地球の曲線が実感できた」
 なるほどね。一行で、さらりと深遠なこと書くなあ。

私は、10年前、風の旅人の創刊号で次のような宣言をした。

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この世ならぬことどもを味わいためには
この世のことを知り尽くさねばならない

極大から極小へ、瞬間から久遠へ、虚も実もなく、

私たちの住む世界のありとあらゆえる枠組みをぬけて、

人間のはるかなる彼岸までも生きなければならない。

暗くぬらぬらと官能的で深い人間の業を熾烈に食らい

東西の思潮、文化、風俗を融通無碍に習い遊び

よろこび、かなしみをこまごまと織りなして

創っては壊し、また創っては壊し、また創っては壊し、

有のなんたるかを知り、無のまことの意味を知りたい。

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こうやって何行も費やすより、「極点から極点へと旅をして初めて地球の曲線が実感できた」と一行に凝縮させた方がカッコいいなあ。

 と、管さんの風の旅人復刊第一号の原稿が届くのを、切なくなりながら待ちながら、管さんの詩に耽る秋の夜です。