こういう時代だからこそ、放浪のすすめ

 今春の大卒者56万人の就職率は、67.3%。不安定な職(つまり非正規かな)が、11万5564人、就職も進学もしていない人が7万5928人らしい。 

 http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0702O_X00C13A8000000/
 これについては色々な意見があるだろうが、今から20年後、どういう世界になっているか予想もつかないので、大学を卒業する時点で自分の進路を決定することは難しい。
 私は、大学を入学してすぐ五月病のようなものにかかり、一度きりの人生なのに自分が将来何をすべきなのかさっぱりわからず悶々としていた。ものを考える時は、部屋の中より屋外の方がいいと思っていたので、電車に乗って行けるところまで行って、そのまま深夜、終点まで行ってしまい、そこから真っ暗な国道をトボトボ歩いたりしたこともあった。
 どうしようもなくなって手を挙げたら車が止まってくれて、ヒッチハイクという手段を始めて知った。しかも、ドライバーがとても親切な人で、私のことを心配して家まで連れていって泊めてくれた。お婆さんと二人暮らしで、朝起きたら、温かい朝食まで用意してくれていた。あの時に食べた卵焼きのおいしさが忘れられない。
  そこは、常磐線 原ノ町駅福島県南相馬市。その時の体験がきっかけになって、東北や北陸をヒッチハイクでまわりようになり、色々な人と出会い、人との出会いが、自分の人生を大きく変える方向へと導いた。
 私は、大学を辞めることを決心し、とにかく若い間は、さらに色々な人と出会い、様々な経験を積み、そうした経験を踏まえて改めて自分の人生のことを考えればいいと思うようになった。もちろん不安はあったものの、そのまま決められたレールの上を歩いていても、社会がどう変化するかわからないし、それならば、どう変化しても対応できるように自分を耕すことを優先すべきだと、自分に言い聞かせたのだ。
 それから約1年間、大学の授業にはほとんど顔を出さず、夕方から深夜までバイトをし、その後、朝まで本を読んで、朝になってから寝るという生活を続け、80万円貯金した。
 そして、当時、今のH.I.Sが秀インターナショナルという名で格安航空券の販売を始めた頃で、確か神田あたりの小さな事務所でパキスタン航空のチケットをロンドンまで買った。1年間有効で18万円だった。最初の行き先をイギリスに決めたのは、1982年5月、イギリスとアルゼンチンの間でフォークランド戦争が始まったからだ。戦争状態の国内がどういう雰囲気なのか見てみたかった。
 1年間、放浪することを決めていたので、三日に一度は野宿と決め、寝袋や丈夫なリュックサックを買い、革ジャンとジーンズとブーツ、そして頭にバンダナを巻いて旅立った。20歳だった。
 ロンドン行きのパキスタン航空が遅延して、カラチでのトランジットがうまくいかず、深夜、群衆に取り囲まれた空港の外に出された時は、右も左もわからず、語学もまったくダメだったので生きた心地がしなかった。それでも何とかイギリスに着き、最初はヒッチハイク、途中から中古自転車を買い、それが壊れてしまって鉄道に乗ったり、ヒッチハイクに再度トライしたり、格安の長距離バスに乗ったりして、ヨーロッパ、中近東、北アフリカを旅した。途中、パリやベルギーのナミュールチュニジアチュニスなどに長期滞在した。
 1年の予定が2年になって1984年に日本に帰国したが、それから日本はバブルの狂騒状態となり、すぐにバブル崩壊があり、90年代、沈滞の10年があり、2000年頃より急激にインターネット時代が始まった。
 驚くべき変動だ。30年前には、こういう時代になるとは夢にも思わなかった。これからの30年も、さらに変化が激しくなるだろう。今、20代前半の人達が、自分の進路に悩むのも当然だと思う。
 どの進路が正しいか、誰にも答えることはできない。しかし、唯一つ確かなことは、状況がどうなろうが何とかして生きていけるタフさ、しぶとさ、柔軟さは備えていた方がいいということ。
 20歳の頃の放浪で、私は、人間というものはそう簡単には死なないものだ、思わぬ出来事があったとしても、何とか切り抜けることができるものだという感覚を掴むことができた。筋書き通りの観光旅行ではなく、何が起こるかわからず、そのことを楽しめる放浪。決められた予定に自分を合わせるのではなく、自分で感じて、考えて、動くこと。それでうまくいくかどうかではなく、うまくいこうが失敗しようが、自分の行動に悔い無しと思える状態までやってみることが重要だという気がする。
 決められた答を、どれだけたくさん記憶しているかが人間の優秀さのバロメーターとなってしまい、そうした競争に勝った人がエリートになっている日本社会では、将来の”結果”を想定し、そこから逆算をして”今”の動きを決定するという発想に覆い尽くされ、それ以外の思考や動きができない学者や評論家が、さらにそうした価値観を強化している。今の憲法改正や軍備増強などの議論も、そうした方向で進められているような気がして、とても気になる。
 結果は、あらかじめ固定的に決めるものではなく、今の延長線上に作り出すものであり、複雑で混沌した状態の中から、より良い方向を嗅ぎ分け、試行錯誤しながら一歩一歩進んでいくことが大事なのだ。わかりやすい答を決めて、他の可能性を削ぎ落して急激に走り出すのは、あての無い一人旅ができない小心者のすること。
 旅というのは、混沌とした状態の中から、その都度、その場の必然に応じて、即興的な動きを作り出していくもの。
 若い時に、そういう感覚を身につけているかどうかで、見通しのきかない状況や大きな環境変化への対応力も変わってくるのではないかと思う。