憲法解釈の変更が、10年後、20年後に支配的な力を持つかもしれない。

 今、ベトナムと中国の対立が深まっている。その緊張は、現在の日本と中国との対立よりも深刻なものだろう。日本国内においてはベトナムのように、反中国のデモで人が殺されるほどの騒動には発展してはいないのだから。
 昔から、敵の敵は味方であるが、10年後、日本とベトナムとの関係はどうなっているのだろう。そして、ベトナムと中国の対立関係は、現状をみるかぎり、より深刻なものになっている可能性が高いことは十分に想像できる。中国の経済発展は凄まじいものがあるが、ベトナムもまたそれに劣らず、南シナ海の資源をめぐる攻防は、今後、いっそう激しさを増すと思われるからだ。

 集団的自衛権について説明される時、現在の国際関係のなかでわかりやすい事例が引き出される。そして、それが現実味を帯びているかどうかと議論される。
 そこには10年後、20年後にどうなっているかわからない国際関係は含まれていない。しかし、一度、憲法の解釈を曲げられてしまうと、その解釈に基づいて、新しい国際関係のなかでの対応が行なわれる可能性も出てくる。
 日本とベトナムは、TPPなどを通じて、これから益々、関係が強化されていく可能性がある。
 ベトナムは、経済成長が著しく、電力不足を補うため、2030年までに13基の原発を国内に建設する計画であるが、日本は、ニントゥアン省のビンハイ地区の2基を受注している。
 それは、日本が初めて行う原発輸出でもある。2010年に決まったこの計画は、2011年の原発事故によっても揺らぐことがなく、現在も継続されている。
 さらにベトナムが推進していく原発計画を、財政的に支援、具体的には「低利かつ優遇的な融資」を提供することとなっている(2010年10月日越合意)。政府系金融機関国際協力銀行の融資が想定されるが、つまりそれは、公的資金で支援していくということになる。
 現在、TPP交渉は、国有企業改革が争点になっている。ベトナムは、これまで国有企業が経済を牽引してきたが、アメリカや日本は、自国の民間企業がベトナムの市場に参入しやすいようにベトナムの国有企業の力を殺ぐように働きかけており、力づくでは不可能なので、何らかの見返りを与えることが想定される。アメリカの外交は、日本に対してもそうだったが、安全保障を見返りにする可能性がある。ベトナムは、現在、中国の脅威を現実的なものと考えているだろうから、その条件を受け入れていく可能性だってある。するとアメリカの同盟国である日本もまた、ベトナムの安全保障に何かしらの協力を求められていく可能性だってある。いずれにしろ、ベトナム日本の関係は、より深いものになっていくことは間違いないだろうと思われるのだが、その10年後の姿までは、現時点では明確に読めない。

 私がここに書いているような内容のことは、専門家筋のあいだでは、「論点がズレている」とか、「想像だけの話で現実性に乏しい」と言われて排除されがちなものである。

 そして安倍首相がイラストなどを使って国民の感情に訴え、わかりやすく説明している「邦人輸送中のアメリ輸送艦の防衛」もまた想像上の話であり、今、起こっていないことを前提にしているという点で同じである。

 今、起こっていない重大な事態に対する備えは、確率論では決められない。僅か数パーセントの可能性であっても、それが起こると、甚大な結果をもたらすからだ。

 だから、どちらの想像の可能性が高いかを議論してもしかたがない。

 しっかりと念頭に入れておかなければならないことは、それが起こった時に、広がっていく事態の深刻さだ。安倍首相の言うように、「邦人輸送中のアメリ輸送艦の防衛が必要なのにできない時」があるかもしれない。現時点では可能性が低くても、もしかしたら、ベトナムと日本が同盟国となり、その時、ベトナムと中国のあいだに戦争が始まり、日本が何らかの形でその戦争に巻き込まれていくかもしれない。どちらの事態が深刻なのだろう。

 それが起こる確率が低いか高いかは、現時点の状況だけを見て算出することなどできやしない。10年後には、算出条件が異なってくるのだから。

 しかし、現在、憲法の解釈の変更を行なうと、その解釈は、どうなるかわからない未来に対しても、必ず、支配的な力を持つことになる。

 


Kz_48_h1_3

風の旅人 復刊第4号 「死の力」 ホームページで発売中!