第908回 死から逆算するしかない自分の生

 5月26日付けのNHKニュースで、「医療費抑制へ 後発医薬品 5年後80%に」と報じられていました。

 医薬品の特許が切れたあとに販売される価格の安い後発医薬品、いわゆるジェネリックの使用割合を2017年度までに60%以上に引き上げるとした目標を1年前倒しし、来年度までに達成したうえで、5年後の2020年度までに80%以上に引き上げ、1兆円以上の医療費を削減するとしています。
 これに関しては、まあそうだろうと理解も納得もできるのですが、その後に、「さらに、生活習慣病である糖尿病が重症化して腎臓を悪くし人工透析を受ける患者が増えていることを踏まえ、糖尿病の重症化予防に重点的に取り組むほか、C型肝炎の新薬を利用して対策を強化し、合わせておよそ3000億円の医療費の抑制につなげたいとしています。」とあります。
 この記事の内容が、なんだか曖昧でよくわかりません。現代社会において糖尿病患者が増えていて、その医療費がかさむだろうということは想像できますが、それ以上の内容について具体性がありません。
 
 自分の周辺に人工透析を受ける人がいなかった時は、人工透析について実感がなかったのですが、知り合いの写真家が人工透析を受けるようになり、その見舞いに行った時に、人工透析専門の病棟の光景を見て、さすがに驚きました。
 フロア一面、端から端までベッドと人工透析の機械がズラリと設置され、ベッドには液晶テレビがついていて、透析を受ける人々は、ベッドに横たわったまま、それをぼんやり眺めていました。
 
 一度でも透析を受けると、死ぬまで、週に3度、4時間はそうした治療を続けなければならないそうです。病院も、透析治療の事業を始めるためには初期投資がかさむので、それを回収するためにサービスの競争を行い、歩ける人でも、決まった時間に家までの送迎を行ってくれるそうです。
 人工透析治療を必要とする人の数は30万人を超え、毎年、3万人ほどが増え続けていて(その増加数も増えている)、100万人あたりの人数は、日本が世界でダントツのトップだそうです。
 そして、透析患者の1人当たりの医療費は、外来血液透析では月に約40万円、腹膜透析(CAPD)では30〜50万円程度が必要といわれており、平均で年間に500万円ほどになり、総額は、1兆5千億円。しかし、日本は福祉大国であり、個人負担は、一人あたり、月額で1万円(一定以上の収入のある人でも2万円)に抑えられています。総額で500億円ということですから、1兆を超える金額が国の負担です。
 人工透析だけでなく、自分で食べ物を食べられなくなった人の胃に、チューブを通して機械的に食べ物を流入させる胃瘻(いろう)も含めて、税金で負担する現実的なコストや、それをビジネスにしている医療現場などの経済的問題、そして、”人間のいのち”についての倫理的、道徳的、哲学的な問題。これらのことを、いったいどのように考えていけばいいのか、途方に暮れます。
 もちろん、自分や自分の身内が、人工透析や胃瘻を必要とするという事態になった時には、より現実的で切実な問題になってくるわけですが、そうなっていない時でも、もしも自分や自分の身内がそうなった時に、どうするのかということは、心の備えとして考えていくべき問題なのでしょう。そうしないと、いざそうなった時に、政策や医療関係者の思惑に自分の運命が翻弄されてしまう可能性もあります。
 自分がそこまでの治療を望まないということを病院に訴えても、病院は、医療裁判を恐れて、患者を、薬漬け、治療漬けにすることは間違いないでしょう。だから、医者にそういう相談をする前に、自分の考えを決めておく必要もあります。
 そうなるまではわからない、とか、実際にそうなった時には、そうは言ってられない、と言われることも多いのですが、だからといって、心の備えをしなくてもいいということではありません。
 病気に限らず、人生の節目ごとに、自分でどうケリをつけるかということは、その節目に至る前の、その人の思考特性や行動特性が反映されているわけです。そして、大切なことは、その瞬間に自分で判断して決めて行動しなくてはならないことが多いのです。 
 その大切な時に、本当に自分の意思で決めているのか、周りの傾向に流されているのか、誰かの言いなりになっているのか。それによって、自分の人生に対する納得感も大きく違ってくると思います。
 人は誰でもいつかは死ぬという当たり前の事実を、自分ごととして、どう引き受けて、どう判断して、どう決断して、どう行動しているか。
 豊かな社会になって選択の自由も広がった結果、若い人で自分らしく生きたいという人が増えているようですが、自分らしく生きたいというのは、ただ好きなことをしたいという程度のことではなく、どう死んでいくかも同時に考えるという人生に対する”覚悟”も、必要なんだろうと思います。若い人に限らず、中高年になってからも、ある日突然、それまでの人生が空しく感じられて、自分らしく生き直したいと思う時があるでしょうが、その時もまた、どう死んでいくかという”死”からの逆算で考えないと、けっきょく、現実的な壁をあれこれと必要以上に意識することになって、思いが行動に結びつくことはとても難しくなるという気がします。

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