第910回 大神島から見る日本


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 宮古島から大神島へと旅をしてきた。

 話には聞いていたが、宮古島周辺の浜辺や海の美しさは感動的だった。小笠原は行ったことがないが、これまで訪れた日本の島々の中で最も美しかった。タヒチボラボラ島やバリ島、ニューカレドニアやバヌアツやコモド島やパプアニューギニアなど、秘境も含め世界各国の様々な島を訪れたが、宮古島の真っ白な浜辺や海の青さは、トップクラスの美しさだと思う。

 沖縄本島を経由せずに本州から直行便で宮古島に行くことができるようになったので、これから益々観光が盛んになってくるだろうが、今の自然の美しさを損なわずに上手に観光産業が発展していけばいいのにと思う。
 宮古島には、周辺の伊良部島池間島来間島との間に立派な橋がある。宮古島伊良部島とのあいだの橋は3540mもあり、しかも通行料が無料だ。本州と淡路島を結ぶ明石海峡大橋は、3911メートルで、通行料も片道で2300円する。そのことを考えると、伊良部大橋の存在はとても不可思議だ。
 伊良部島の人口は約6000人で、住民の大半がカツオの一本釣りで知られている佐良浜漁港など入り江の集落に集中しており、それ以外の土地はサトウキビに覆われていて、すぐにでも開発できる平坦な土地が、見渡す限り広がっている。
 さらに、伊良部島と陸続きの下地島には、長さ3000m×60mの滑走路をもち、(ジェット戦闘機でも十分に離着陸が可能)、全国でも数少ないILS(視界が悪い時でも安全に航空機を誘導する計器進入システム)を備えている立派な空港がある。この空港は、定期便の就航がなく、民間パイロットの訓練専用空港として使用されてきたが、日本航空全日空も、2014年までにこの空港での訓練を終了した。ちなみに、普天間基地の滑走路は、2800m×46m。アメリカ空軍のB-52戦略爆撃機の最大離陸滑走距離が2900m程度だから、下地島空港は、超音速ジェット戦闘機や大型輸送機の運用にも支障がなく、いつでも軍事用として使うことができる。
 宮古島には宮古空港があり、宮古空港下地島空港とのあいだは、伊良部大橋を通れば車で30分ほどあれば行けてしまう。しかも、伊良部大橋は、橋の中を電気や水が通る巨大なインフラ施設でもあるわけで、人口6000人ほどの島としては破格の財政支援が行われている。
 伊良部島池間島来間島宮古島を結ぶ橋や、近くに二つもある空港。その狙いは、少し考えればわかることだ。
 宮古島は、尖閣諸島に近いところにある。しかも、米軍基地が集中する沖縄本島とも300kmと適度な距離にある。石垣島は、沖縄本島よりも中国や台湾との距離の方が近すぎて、後方支援とかに問題があるだろうし、中国の船が太平洋に出ていく時は、沖縄本島宮古島の間を通っていく。
 それらのことを考え合わせると、宮古島は、軍事的に極めて重要な島であることが誰にでも想像できる。
 伊良部島の2005年の町議会で、下地島空港への自衛隊誘致の請願が賛成9反対8で可決されたこともあった。その理由として、石垣島宮古島の沖合で発生する中国軍などによる領海侵犯や、中国や台湾の漁民とのあいだで漁業操業範囲をめぐる確執が、強まっていることもある。さらに、自衛隊誘致による経済効果を期待する思いもあるだろう。
 いずれにしろ、宮古島周辺の今後の動きには、注意しておく必要がある。
 宮古島の近くにある島で、唯一、宮古島との間に橋を架けられていないのは大神島だ。大神島宮古島とのあいだは、一日に何本か定期船があり、20戸ほどの住民と、ごく僅かな観光客や、島から出ていった親戚の人達の間を結んでいる。
 大神島には宝島の伝説があるとか、島に道路を作ろうとして祟られたとか、この島についていろいろと謎めいたことが噂になっているが、私がこの小さな島に二泊しているあいだ、島の人達とのあいだで信仰に関する話をすることはなかった。
 今回の大神行きは、言葉で調査することが目的ではなく、島の人々から生き神として敬われているオバア達の存在を身近に感じたかったので、それが実現できてとてもよかった。オバア達は、とても寛大で、慎み深く、人懐っこい。そして敬虔な魂をもっている。
 島の人達の信仰は、オカルトめいたものではなく、非常に小さな島の中で自然とのあいだに調和を保ち、人々のあいだで諍いが起こらないよう秩序ある営みを行うためのものであるような気がする。
 大神島と、その対岸にある宮古島の島尻、狩俣では、祖神祭り(ウヤガン祭)が行われてきた。 
 狩俣は大神島の息子で、島尻は娘にあたるらしい。だから、ウヤガンも、まずは親にあたる大神島で行われ、その後を受けて、島尻や狩俣で行われることになっていたらしい。
 ツカサ(神女)とされる御婆達が山に入っていき、籠もり、ニガイ(願い)をする。そして神がかり状態になったツカサ達は村に下りてきて、歌い踊る。山の中の御嶽で行われる神事は秘密にされ、男達も見ることができない。この間、ツカサ達は、眠らず、水と塩だけをとっているとも言われているが、詳しいことはわからない。島内の人々にも秘密にされ、家族にすら話してはならないとされているそうだ。
 いずれにしろ、神がかり状態になったツカサ達は、山から下りてきて、驚くべき速さで走ったり、崖から飛び降りたりするそうな。
 しかし、このウヤガン祭も、島尻では1997年、狩俣では2001年まで続けられたが、ツカサのなり手がいなくなって途絶えてしまった。大神島は、今でも続けられているらしいが、この先どうなるかわからない。
 ウヤガンの意味は、祖霊ということらしいが、それが何を指すのかよくわからない。自分達の祖先なのか、もっと根元的なものなのか。人々は、天から降りてくる大神とは別に、先祖のことを「死んだ神さま」と呼び、神さまを分けているが、いずれにしろ、ウヤガンは、豊穣や子孫繁栄を願ってのものだ。自然の恵みや、祖先達が代々伝えてきた知恵に対する感謝と、畏れ多さと、そうしたものを受け継いでいく使命がこめられているのだろう。
 今でも日本全国に様々な祭りがあるが、そのほとんどが、娯楽や見世物になってしまった。行政機関から助成金を得るために、マスコミに取り上げてもらい、知名度をあげ、大勢の観光客に足を運んでもらうことが目的化されている祭りもたくさんある。
 だから、大切な場所に我が物顔でテレビカメラが入って居座り、祭りの主催者達はテレビ映りをよくするために衣装や仮面を新調する。祭りの主役達の顔にもまったく緊張感が感じられず、形ばかりの衣装を身につけ、ダラダラを歩くだけ。そんな祭りは京都にも多い。
 大神島の祭事は、実際に目にすることはできないし、その内容について詳しい話も聞けない。だから、ツカサ(神女)になるオバア達の佇まいを通して、その向こうにある世界を察するしかないが、オバア達の包容力ある人柄に触れると、彼女たちの使命が、現在、そして未来を生きる人達の幸を願うことにあると自然に感じられる。
 軍備を増強し、敵に備えることを主張する人達も、原子力発電を再稼働させることが経済発展に欠かせないと主張する人達も、人々の幸福のためであると理由付けをする。
 しかし、根本的に違うところは、”幸福”というものの捉え方だろう。
 相手をやっつけたり自分だけが運良くいい条件を手に入れさえすれば幸福なのか、相手もまた幸福でなければ自分も幸福だと感じられないのか。
 前者のような心理になってしまうのは、競争社会のなかで、自分と他人を比較して自分の幸不幸をとらえる癖をつけてしまったからだろう。
 現代社会においては、競争社会の中で勝ったものが幸福になり、負けたものが不幸になるという考え方に支配されているが、果たして本当だろうか。
 競争に勝ったものは、けっきょくお金儲けが上手であったり、人よりも上手に不特定多数の大勢に対して自分を売り込むことができただけのこと。
 各地域の祭も、経済的効果や助成金を求めて同じような競争を繰りひろげている。オリンピック招致運動は、その最たるものだろう。
 表現活動などにおいても、賞の受賞歴をはじめ経歴をズラリと並べ、その数で競いあったり、知名度さえ上がれば成功者であるかのようにマスコミに取り上げられることを喜んだり、表現の中でも勝ち負けを競い合い、知らず知らず自らの虚栄を満たすものになってしまい、表現が本来導くべきところから大きく逸脱している。
 むしろ、そういうギスギスした競争原理から解放されている心の方が幸福だと思うのだが、そう思ってはいけないような雰囲気がある。
 勝った方が全てを獲得して負けた方が全てを失うという社会ではなく、勝つとか負けとか関係なく、うまくまわっていく社会の方が、人間はきっと幸福なはずだ。
 漁が上手な人もいれば下手な人もいる。しかし、漁が上手というだけで、根こそぎ持っていく権利があるわけではない。人それぞれに天から与えられた役割がある。その役割に気づくことが幸福への第一歩であり、気づかせてくれる猶予を与えてくれる社会が、幸福な社会のはずだ。
 自分が行っていることに対して、自分自身が嘘偽りなく取り組めて、納得できていて、大した儲けはなくとも、人から評価などされなくても、うまくまわっていく仕組みをつくり、長く持続していける状態であれば、それはとても幸せなことだ。
 海の幸や山の幸を得ることも、貨幣経済の中で何かを作り出したりサービスを提供して対価を得ることも、本質的には同じだと思う。
 欲望を膨らませて過剰なものを求め、周りと軋轢を生み、バランスが崩れて一挙に破綻の道を突き進むことがないよう祈りたい。小さな島国の生きる知恵は、調和力にこそあると信じたい。


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