第918回 とても気になる東芝の粉飾決算と原発政策のこと。

 私は、一人の編集人で、エコノミストや各専門分野のジャーナリストほどの情報力もないし分析力もない。しかし、編集人は、専門家を通じて流れてくる情報内容や、分析の仕方について、それを鵜呑みにせず、色々な方向から自分なりに検討し、考える癖がついている。これは一種の職業病みたいなもので、その洞察が的を得ているかどうかではなく、物の見方を世間の標準的な枠組に閉じ込めてしまわないという編集者ならではの役割があると思う。といって、それは特殊な技能ではなく、ふつうに考えれば誰もが気づきそうなことなのに、専門性という権威的な脅しによって煙に巻かれているかもしれないことを、しっかりと自分の頭で整理しなおすということにすぎない。また、専門家ほど専門分野の情報は持っていないが、中途半端な情報かもしれないけれど引き出しを複数持ち、その組み合わせで見えてくることもあるだろう。
 さらに、専門家ならば、確たる証拠がないことを発言すると、専門家としての立場が危うくなるし、専門性の権威というのは同業者の関係の中で築かれていることも多く、だから関係を乱すわけにもいかず(スポンサーを怒らせることも含めて)、いくら高度な情報力と洞察力があったとしても、結果的には無難で当たり障りのないことしか言えないということもあるだろう。
 最近の話題のなかで気になることがいくつかあるが、一つは、東芝の不正会計のことだ。
 この問題は、東芝の「行きすぎた利益至上主義」「適切会計の意識欠如」「上司に逆らえない企業体質」に焦点があてられている。西田厚聡相談役、佐々木則夫副会長、田中久雄社長の3代の経営トップの時代に「チャレンジ」と称する収益改善の高い目標値が示され、さらに、経理担当や内部の監査部門が各事業部門の不適切な会計処理をチェックできなかったことが問題視されている。
 それを伝えるニュースは、東芝の”旧い体質”を浮き上がらせ、これは東芝に限らず日本企業の問題であると、お茶の間の視聴者が簡単に納得して事件を整理してしまう着地のさせ方が多い。
 私は、2011年の原発大事故の時に、原発推進会社である東芝のことが気になってしかたなかったので、不正会計を伝えるメディアの簡単な説明では納得できない。この問題は、そんな単純なことではないはずだし、これまで様々な企業不祥事を見てきている今日の経営者も社員は、そこまでバカではないと思う。
 2011年の大震災前後、ソニーパナソニック、シャープなど、家庭向けの電気製品をメインに扱っている電機メーカーは、中国や韓国などの躍進によって赤字にあえいでいたが、東芝、三菱、日立といった、原発も含めた産業用のエネルギー関連メーカーは、赤字にはならず、”利益を出している”という見え方だった。
 あの大震災は、当然ながら日本の原発関連企業にとって逆風になるが、世界的に見れば、1979年に起こったアメリカのスリーマイル島原子力発電事故などの影響で原発関連産業はリスクが大きすぎるという判断がなされ、撤退が行われている。
 アメリカの代表的な原発関連企業だったウエスチングハウス社が東芝に買収されたし、アメリカのGEは技術協力という形だけで日立や東芝などと関係している。
 東芝、三菱、日立のライバルは、フランスのアレバ、韓国の韓国電力、ロシアのアトムエネルゴプロムアトムなど国営企業だ。日本の民間三社が、海外の国営企業と対抗するため、日本は、原発運営を継続するための大きな課題である核燃料リサイクルのために日本原子力研究開発機構をつくって、もんじゅなどの危険な高速増殖炉を運営し、莫大な税金を費やすとともに、官民ファンドで国際原子力開発を作って海外受注を積極的に行おうとしている。
 それで、東芝の不正会計のことだが、当然ながら、原発のことと無関係だとは思えない。
 
 2011年4月11日、ロイターで、このような記事が書かれている。
 この記事のなかで、当時の東芝の佐々木社長が、原子力関連の財務リスクを否定し、原発事故後の苦境のなかで、見通しの明るさを懸命に訴えている。
 この時に、2006年に54億ドルもの大金で買収したウエスティングハウス社が、確実に収益をもたらす存在であるとして、説明されている。
 東芝は、2014年時点、不正会計が明らかになる直前期の決算でも、この買収した原発会社が利益を生み出すとの前提で、多額の「のれん代」を資産計上している。さらに、その将来の利益が確実であるとの前提で、長期繰り延べ税金資産をかなり計上している。
 2011年のロイターの記事では、2010年12月末で約5500億円の「のれん代その他無形資産」のうち半分強がウエスチングハウスの分とされているが、2014年3月期ののれん代は1兆円であり、4000億円超も増額されているのだが、そのうち、ウエスティングハウス社の「のれん代」は3200億円と増え、にもかかわらず「減損は不要」としている。当然だろう。原発にも将来は無いなどと宣言することは、もはやできない。
 2011年以降も、ウエスハウスが生み出すであろう架空の利益が積み上げられているわけで、その危うい”正当性”を訴えるためにも、会社の経営は順調であると演出しなければならない。経営者としては、これは苦しい選択で、鬼のような形相で社内に檄を飛ばすしかないだろう。
 現在は、この「のれん代」や、「繰り延べ税金資産」のところまで深く追求したうえでの不正会計問題にはなっていないが、それも時間の問題だ。東芝の経営者達は、ウエスティングハウス社を買収するという大きな賭けに出た時から、将来、確実に利益が生み出せるかどうかわからない原発ビジネスに頭を悩ませていたことは間違いないと思う。そして投資家に不安を与えて株価が下がり、企業への信頼が揺らいで資金調達のための金利があがり、業績悪化で繰り延べ税金資産やのれん代も取り崩して資産が大きく減少すると、一挙に経営破綻に陥ってしまう。
 東芝が、ウエスティングハウス買収という大きな賭けに出たのは、他の日本の電気メーカーと同様、テレビ・パソコン・白物家電のの家電は、ずっと赤字続きで将来性を見いだせないという事情があった。
 東芝の経営は、フラッシュメモリーを中心とする電子デバイス事業だけでかろうじて支えられて、巨大企業の運営が半導体モリーだけにかかっているというのは、あまりにも不安定だった。そして、昔から産業用エレクトロニクスに強みを持っていた大企業は、二本目の柱を原発にしようとした。
 第三者委が指摘した2009年3月期から2014年4〜12月期の税引き前利益の要修正額は1518億円で、社内調査の44億円を合わせると、1562億円に上る(さらに増える可能性もある)。年度ごとの過大計上額を見て見ると、2012年度が858億円と最も多く、2011年度が312億円で、この2年間で大半を占めている。
 5年間の最終利益合計は3千億円超で、不正額は3割以上に相当する。そのように操作された利益額で、投資家は株の売買を行っていたわけだから、上場廃止であっても不思議ではない。
 それでも黒字で、ただちに経営危機に陥る恐れは少なく、取引のある銀行幹部も「資金繰りは心配していない」と強調することで、上場廃止を防ごうとしている。
 過去の粉飾決算では、カネボウライブドアなどが上場廃止に追い込まれた。
 カネボウは粉飾時に上場廃止基準の一つとなる債務超過にあり、上場維持が困難とみられていた。ライブドアは子会社の株価に影響を及ぼす目的で虚偽の事実を公表するなど、悪質性が高いとされた。東芝の場合はそういう経営上の問題や悪質性はなく、社内体質の問題だとして、上場廃止はないと見られている。
 テレビなどで、不正会計はよくないが、それはトップ個人の責任と、トップの言うことに逆らえない企業体質の問題だと伝え、”操作された情報”を、右から左に流す。
 しかし、最近になって次から次へと内部告発が出てきており、そのように”操作された情報”では片付けられない暗部があるということを、現場の社員が、この機に伝えようとしているのではないか。
 東京オリンピックに関する様々な問題のように、上層部が従来の方法でごまかそうとしても、その思惑通りにはいかない。
 東芝の問題は、当然ながら、政府の原発政策とも大きく関連している。政府は、原発を推進する姿勢を崩さない。しかし、日本国内で、原発の再稼働は、当然ながら、簡単には進まない。だからといって、原発を放棄すると宣言したら、間違いなく東芝は終わる。東芝が終われば、廃炉の問題はどうなるのか、1兆5千億円もの莫大な有利子負債はどうなるのか、日本の株価はどうなるのか、陰りの見え始めたアベノミクスの幻想は、あっという間に掻き消えるだろう。
 だから、東芝を終わらせるわけにはいかない。
 東芝経営陣だけでなく、経済産業省その他の官僚や、政治家も一緒になって、”日本の危機”ととらえて、いろいろな角度から密談を繰り返しているのではないか。
 エコノミストやジャーナリストでもなく一編集人の勝手な見通しであり正確性に乏しいかもしれないが、情報の裏側を勘ぐることで、おそらく今後も引き続き流れてくるだろう東芝の不正会計に関するメディア情報が、どのような導き方で決着をつけられるのか、それとも東京オリンピック関係の様々な問題のように、従来のようなごまかしがきかなくなる時代に突入しているのか、じっくりと見極めることができるのではないかと思う。


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