第926回 100年の悲劇はここから始まった。

 昨日、NHK第一次大戦時の状況を、近年、新たに発掘された貴重な映像で伝える番組があった。

 https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20151025

 写真でも動画でも言語でも同じだが、こうした”データ”をただの知識情報として伝えたり知るだけでなく、"データ”をどう編集していくのか、そこから何を読み取っていくのかが、作る方も見る方も、今後ますます大事になってくるのだろう。

 第一次世界大戦が始まったのは、1914年。今からもう100年にもなる。今日を生きる私たちは、100年前の世界は教科書の中の遠い昔のように感じていて、第一次世界大戦などは現在とは違うメカニズムの中で起きた悲惨な戦争だと思ってしまっている。しかし、改めて見直すと、現在の構造とほとんど変わらないということに愕然とする。
 とりわけ”経済”と”戦争”の関係の深さ。戦争は、一握りの悪人がしでかす悪さなんかではなく、ほとんどすべて、”経済の事情”が絡んでいる。”大国の利害”という言葉がよく使われるが、大国というのは、そこに暮らす大勢の人々の総体であり、その人たちの安心で快適な暮らしの維持のために、大国が、とてつもない悪事に手を出すことになり、結果として、大国の構成員である国民が駆り出され、悲劇となる。それが、近代戦争だ。

 そして、大国の事情につけ込んで、大儲けをする経済人も多数存在する。軍需産業やエネルギー関係だけでなく、その時代ごとに政府に働きかけて、政府の公務員や政治家をうまく操って、ルールやお金の流れを自分の都合のいいように変えようとするビジネスマンは、いつの時代でも存在している。金融、医療、農業、教育、メディア、娯楽、建設、不動産、ほとんど全てのビジネスが、隙あらば自分達に優位なようにと企んでおり、自由主義社会においては、それは自然なことなのだ。

 第一次大戦は過去で完結する出来事ではない。現在のパレスチナ問題、シリアの内乱も、すべて、その当時のイギリスやフランスの経済的エゴが背景にあるし、ずっと今も続いている。
 また、ユダヤ人の大量虐殺に使われた毒ガスは、第一次世界大戦でも、そして、近年のイラクやシリアなどでも使われているが、これを世界で最初に発明したのは、フリッツ・ハーバー博士。画期的な肥料の研究でノーベル賞まで受賞したユダヤ人だ。毒ガスを作ることが、戦争を早く終結させドイツの人々を救うと信じていた博士は、同じユダヤ人科学者であるアインシュタインの忠告に耳を傾けず、また同じく科学者であった妻が毒ガス研究への抗議の自殺をし、さらに最後には自分もユダヤ人ということで迫害されスイスに亡命したが、その悲劇は、彼の中の悪魔ではなく、頑固な”純粋”が引き起こしたものだ。
 そして第一次世界大戦で敗戦国になったドイツに対して、多額の賠償金を背負わせることが世界の安定につながらないと懸念した経済学者ケインズなどの反対をおしきって、後のナチスドイツを生み出す原因となったドイツ制裁は、イギリスの戦時債権の独占代理人となり、イギリス・フランスの軍需産業にも融資して莫大な利益をあげたJPモルガンの圧力で押し進められ、そのことがドイツを追い詰め、二度目の大戦を引き起こす原因となった。
 ちなみに現在も世界最大の投資銀行であるJPモルガンは、日本の年金積立金管理運用独立行政法人から委託されて、日本株式のアクティブ運用を行っている。
 100年も前から、投資銀行は、いつどこで世界を不安定化させると儲かるかを心得ていた。世界が激しく不安定になることが、彼らの影響力を増大させた。この構造は、今も変わらない。
 そして、どのようにすれば世界が不安定になるのかというと、様々な陰謀・工作によって敵対関係を煽ること。格差を広げること、憎しみを増大させることだ。反政府とか、反独裁者といった急激で大きなムーブメントの背後にも、そうした陰謀が潜んでいる可能性がある。アラブの春や、ウクライナ問題など、近年の世界の不安定化の背後にも、そうした”経済的事情”がある可能性もある。そして現在の「アベノミクス」という空疎な掛け声のもと、経済を旗印にしながら経済の改革は何も進まず株価だけが激しく動く日本もまた、超高齢社会における大きな不安定要素である”年金”を危ういものに陥れる何かしらの仕掛けが、背後で仕組まれている可能性もある。
 そうした仕掛けに鈍感なまま、フリッツ・ハーバー博士のような視野狭窄な純粋が、恐ろしい悲劇の準備を行い、さらに大勢の無知で素朴な純粋が、周りの空気に安易に同調し、時にヒステリックになり、さらにパニックになり、盲目のまま集団で追随することもある。この構造が、100年前と今で、どれだけ変わっているか。さらに酷くなっている可能性だってある。

 そして、昔、人々の弱みに上手につけこんで、もてはやされて、結果的に人々を悲劇に導いた経済界やメディア産業が、今は違う形での現れ方をしていることもある。ヒトラーもそうだったが、人々に支持されやすい”人気者”を作り出すメカニズムは、人々の安易さの中に潜んでおり、その安易さが、バタフライ効果のように、後の大きな悲劇につながっていく。その因果のつながりが読みにくいゆえに、難しい問題がそこにある。

 おしなべて他人ごとではない。

 昨夜、第一次世界大戦のことを教科書の中のお勉強のようにしか捉えていない中学生の息子に、「これはオマエの未来につながっていることだ」ということを知らせようと思って、多くの言葉を割いたが、学校で、進学のために覚えなければならないこととして教えられる知識情報を、進学のためなんかでなく自分との関わりの中で一つ一つ捉えていくように導くことは、大変なことだと思う。

 少子化で進学競争のための学習が空しいものになりつつある現代において、(難関大学と言われるところを卒業して就職したところですぐに離職すること、一流企業でも解雇や倒産があること、難関大学の卒業生が、実際の仕事で実力を発揮できるとは限らないという現実も明確になってきている)、世界や歴史を自分ごとして引き受ける感覚と思考につながる学びを、子ども達ができるような状況づくりが極めて大事な歴史的段階になってきている。その準備として、大人の意識が大きく変わらなければならないし、大人の子どもに対する姿勢も変わらなければいけないのかもしれない。安易で、他人任せで、できない理由ばかりを述べ、時には高額なゲームなどで子どもを商売のターゲットにし、社会とはそういうものだ、生きることはそういうものだと妥協と惰性に陥ってしまった大人が、大きな流れを作ってしまうと、子ども達は、その坩堝に簡単に飲み込まれてしまう。恐ろしいことだ。



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