*第942回 鬼海弘雄さんの新作写真集 完成までの長い道のり

 何度も何度もやり直しをして、制作を続けてきた鬼海弘雄さんの新作写真集の印刷が、ようやく納得いくものになってきた。
 私は、これまで数多くの写真家と仕事をしてきたが、はっきり言って、鬼海さんほど、クオリティに関して厳しい人はいない。しかし、うまく言った時には、心から喜びを表現する。
 よくもまあ、こういう頑ななスタンスで、これまで写真一本で食べてこれたなあと思うほど、食べていくためには仕方がないか、というような妥協は、一切ないのだ。
 私も、これまで風の旅人を制作するうえで品質にはこだわってきたけれど、それでも印刷とオリジナル写真の差に関しては、ある程度、仕方が無いと思うところもあった。だから、あくまでも印刷技術の範囲で最善を尽くすというスタンスだった。雑誌のような定期刊行物は、締めきりもあるので、安易な妥協をせずにすむように、スケジュールは余裕をもってくんでいたが、何度も何度もやりなおすことは想定していなかった。
 しかし、鬼海さんは、たとえ印刷物でも、それが世間に発表されると、オリジナル写真を見たことのない人には、それが自分の写真だと思われてしまうわけなので、「これは自分の写真だ」と思えないのであれば、写真集は出したくないというスタンスだ。自分の作品が写真集という形になるだけでも喜ぶ人が数多くいますが、鬼海さんには、そういう感覚はまったくない。
 だから、定期刊行物の雑誌の場合、鬼海さんの期待に応えることは無理だ。正直に言って、鬼海さんの写真を紹介した風の旅人の復刊第5号は、今回の写真集に比べて、鬼海さんの写真の再現度はかなり低い。
 雑誌の場合、他の写真家の写真と一緒に印刷するので、タイプの違う写真の場合、両方とも最善にすることは難しい。たとえば、一方が、白と黒のコントラストの強さが大事で、もう一方が、コントラストよりもグレーの階調の豊かさが大事な場合、両方の望みを100%かなえることは難しい。
 そして、多くのモノクローム写真は、白と黒のコントラストの強さを優先し、鬼海さんは、例外的に、コントラストは弱めで、グレーの階調の方を優先するので、雑誌の中だと、どうしても、鬼海さんの写真が妥協せざるを得ない。
 今回の写真集は、他の写真家のことは考える必要がなく、締めきりもなく、かつ書店での販売を行わないので取り次ぎ流通に気を使う必要のない写真集ということになる。だから、2年間もの歳月をかけて、何度もやりなおしをしながら作ってきた。
 そして、ようやく鬼海さんが、今回の印刷の出来を見て、「この写真集は、これまで見たことのないようなものになるよ」と言った。「好きなページを切り取って額装しても鑑賞に十分に耐えうるものになるよ」と。
 鬼海さんが、これまでの長い写真家人生の中で制作してきた写真集の中でもっとも大きなサイズになるので、その分、粗が目立ちやすいという弱点があるが、その課題をクリアできれば、迫力十分で、かつ肌理が細かいという、永久保存版に相応しい写真集になる。なにせ、鬼海さんが40年も撮り続けてきた写真を一冊の本にまとめるわけで、最低でも、その40年を持ちこたえてもらわないといけない。
 印刷を無事に終え、あとは、製本作業を行い、さらに、表紙に箔押し作業を行って完成する。現在、予約中の人の手元には、4月中旬に届くことになると思います。800部限定ですが、まだ予約を受け付けています。
 この写真集をご購入いただいた方限定で、鬼海さんのオリジナルプリントを特別価格で提供致しますので、あわせて、ホームページで詳細をご確認いただければ幸いです。
http://www.kazetabi.jp/