第951回 野党に期待できるわけではないけれど


 夏の参院選を占う補欠選挙が、北海道と京都で行われた。
 結果は、”逆風”が強いため自民党が候補者の擁立を見送った京都3区は民進党、前回よりかなり接戦となった北海道5区は自民党が勝った。
 日本全体を見渡すと、現時点の自民党支持率が40%ちょっと、野党に頑張ってくれというのが30%、どこにも興味がないのが30%といったところか。北海道5区の補欠選挙は、自民党の町村前衆議院議長の娘婿という相変わらずの世襲議員が勝利したが、野党が足並みをそろえて反自民の票を分断させずに獲得できれば、なんとか戦えるかもしれないという手応えは少しはあったかもしれない。あとは、どこにも興味がないという残りの30%。自民党への支持率がそんなに高くないのに自民党が圧倒的に議席数をとっている理由は、野党の足並みがそろっていなかったことと、どこにも興味がないという人が多すぎること。自民党を支持する人達というのは、自民党の政治によってメリットを得ている人達、自民党の政策に反対できない人達、もしくはその政治が変われば自分が不利益になったり混乱に陥る可能性が高いと考えている人達だから、自民党支持の40%は、夏の参院選でも、自民党に投票するのだろう。すると、どこにも興味がないという30%の人達が選挙に行かないと、また自民党の勝利になる。今の野党を見ていると、野党が政権をとっても何も変わらない、何も期待できないという大勢の心理もよくわかるし、私もそう思う。
 しかし、政府に安易に期待してしまうという心理は危険だと思う。安倍政権が、ここまで大勝利をおさめてきているのは、国民を期待させるためのテクニックをうまく使ってきたからだ。実質的なことは結果が出るためには時間がかかる。そちら方面のことは、安倍政権は何もできなかった。それに対して金融操作というのは、表面的な変化を作り出しやすい。
 https://newspicks.com/news/1519507/body/?ref=index
 これを見ればわかるように、日銀が、株価を支えるために、日本の大企業の株を買い漁り、日経平均株価を構成する9割の企業で実質的な大株主になった。指数採用225銘柄のうち約200社で日銀が保有率上位10位内に入っているのだ。当初4500億円の年間購入枠は、黒田東彦総裁による13年4月の異次元緩和で1兆円に増額、翌年10月の追加緩和で3兆円まで膨らんだ。加えて、昨年12月には設備・人材投資に積極的な企業で構成するETFを年間3000億円購入する考えも示し、今月4日から新枠を使い1日12億円の買い入れを連日行っている。
 日銀にくわえて、年金積立金管理運用独立行政法人(GRIF)も、日本企業の株を30兆円ほどを保有しているし、日銀も年間3兆円ベースで買い増しているので10兆円になっていると思われる。株価が下がったと思ったらすぐに上がるのは、こうした操作が露骨に行われているからだ。その結果、日本の全上場企業の時価総額約500兆円のうちの最大株主がGRIFで、次が日銀という、おそろしく歪んだ構造ができてしまった。
 エコノミスト達は、日銀やGRIGが相場を支えているし、大企業も現時点ではありがたいことなので、誰も批判しない。大企業をスポンサーにしているメディアも同様だ。しかし、これが続くと、確実に、政府の管理下におかれることになる。
 最近、メディアに対する政府の露骨な介入が目立っており、その事実ばかりが批判されるが、いくら批判されても止まらないのは、金融操作によって、安倍政権の大企業に対する影響力が、じわじわと拡大しているからだろう。そして、いったんこういう構造ができてしまうと、株価の下落によって年金資産が大幅に減少するなど恐ろしいことが起こるから、問題意識を持っていても、誰もネガティブなことが言えなくなる。
 背後に潜んでいる問題のことを知らず、金融操作によって株価があがるなど表面的な良い変化が生じているから、40%くらいの国民が安倍政権に対して相変わらず期待している。次の参院選でも自民党が大勝利してしまうと、変化をわかりやすくするための操作を、金融以外のことでも、色々とやるだろう。法律改正というのが一番のポイントだ。
 しかし、金融操作と同様に、国民に伝えられることと、その背後の事情は、別である可能性が高い。(悪人を征伐するという大義名分で、新型兵器の見本市としての他国への武力攻撃などは常套手段だ)
 当然ながら、本当のことは隠される。そして人気取りのメッセージだけが表面化する。その時、大企業やメディアに対する影響力を増大させている政府は、自分の人気を落とすような言論に対して、今以上に厳しい締め付けを行うだろう。安倍政治は、そのような子供じみた浅はかなことを平気でできてしまうのだが、その横暴が通っているのは、国民が子供じみているからだ。
 小泉政権の頃から顕著になっているが、発言も容姿も、外面だけ整えたものに簡単に引っかかるようになっている。そして、わかりやすいことがあたかも美徳のように、知識人も含めて、単純化されたものへの共感、熱狂というファシズムの精神的土台を準備している。
 政治は複雑でわかりにくいものでかまわない。だから政治家は老練であってかまわない。そういうものだと理解したうえで、国民もまた、政治家の腹を探るくらいの用心さがあった方がいい。政治と国民が子供じみた単純な共鳴現象を起こすことが一番恐いのだ。そうした共鳴現象が広がってしまうと、少し外れたことを口にするだけで、異端分子、売国奴とみなされて、激しい攻撃がくわえられる。民主主義の社会なのだから大丈夫と思っている人が多いかもしれないが、民主主義の社会においても大半の人は企業に所属しており、企業に生活の糧を握られている。自分の所属する企業が政府の管理下におかれ、自分の意に反したことを進めようとしていても、それに異論をはさむことは簡単ではない。それができるのは、会社を首になる覚悟や、その余裕がある人だけだ。
 政府を慮った報道番組のキャスター降板。テレビ朝日報道ステーション」の古舘伊知郎、TBS「NEWS23」の岸井成格、NHKも「クローズアップ現代」の国谷裕子、こういったことは氷山の一角だ。
この状況に対して、「メディアは、権力に対し、批判すべき点は批判するというジャーナリズムの役割をきちんと果たすべきだ」とステレオタイプの注文をつけたところで何もならない。
 政府に首根っこを押さえられている組織においては、今後、政府による干渉はますます露骨になり、それに従わざるをえなくなっていくだろう。
 だから、志のある人は、政府に首根っこをおさえられた組織に従属し続け、その中で抵抗するのではなく、新たな組織やシステムを作っていくしかないのだ。とくに、メディアは、まだまだテレビ局や大新聞の影響力が強いのかもしれないが、そこから志のある人達が抜けて別のものを立ち上げていく流れができれば、あっという間に局面が変わってくるだろう。
  VICE MEDIAのような、既存のテレビ局とはまったく異なるこの時代ならではの映像メディアが数多く生まれてくれば、政府の報道管制によって情報が一色に染められることも防げる。
 太平洋戦争の時と違って、私たちが生きている時代は、それができる時代でもある。
 しかし、その環境が整う前に、安倍政権が強引に物事を進めていき、社会の構造が変わることを恐れる大組織などが政府の動きと足並みを揃えて、現在の支配体制が、より強固になってしまうことが一番恐い。
 政府に世の中を変えてもらうことを期待する必要なんかない。安易に期待することの方が、厄介なことになる。
 遠回りになってもいいから、ゆっくりと自然に変わっていく、そのペースに合わせて、自分の暮らし方や生き方を変えて整えていけばいい。そのための時間稼ぎがもう少し必要だ。
 だから、この夏の参院選挙は、野党に期待しているわけではないけれど、自民党を調子づかせるのはよくない、という大人の判断が大事だろう。その判断を、どれだけの人ができるかで、この国の行く末が決まっていくような気がする。




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鬼海弘雄さんの新作写真集が、まもなく完成します。
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