第966回 ドナルド・トランプの勝利と、資本主義の曲がり角。③

 ②から続く。

 日本は、イギリスやアメリカに遅れて、製造業依存の輸出型生存戦略から、投資型へと移行しつつある。
 しかし、日本は、法人税が高く、外国企業の参入を阻む規制も多く、タックスヘイブンを使ったり企業に対する税の優遇措置をとるアメリカやイギリスのように、海外の富裕層や多国籍企業の資金をうまく集める構造になっていない。
 なので、日本の資金力は、世界一の対外純資産残高だ。 
 日本の資金力は、長年、貿易黒字を続けながら蓄積したものであり、日本は、25年連続で世界一の債権国になっている。
 日本は、これまで蓄積してきた資産を通じた直接投資などによって、近年、貿易の利益よりも遥かに巨額の利益を獲得しているのだ。
 2015年度、企業の知的財産権などの使用料、海外子会社から得られる配当、海外有価証券への投資などの収支は、2014年度からさらに2兆6563億円増の20兆7767億円の黒字で、3年連続で過去最大を更新している。
 日本は、自らの手で蓄えたお金を、より多くの人々が豊かになる可能性のある分野に投資しながら、その分野の成長を収益に結びつけることを生存戦力にできる数少ない国の一つである。
 投資に使える資金として、もう一つ日本が持っている巨大なものがある。
 それは、年金積立金であり、150兆円規模になる。
 日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用資産は、世界で2番目の規模だが、第1位のアメリカ合衆国社会保障年金信託基金の運用資産約200兆の全額が、全額米国債(非市場性)で運用されているので、GRIFこそが、世界最大の機関投資家であり、2位のノルウェー政府年金基金に2倍以上の差をつけている。
 この莫大な年金資産と、世界一の対外純資産残高(2015年末で339兆2630億円)をどのように生かしていくかが、日本にとって、とても大きな鍵になるだろう。
 しかし、せっかく蓄えたお金を、アメリカやイギリスのしたたかな金融業者たちによる株価操作で失ってしまうという愚かな投資行動は、あまりにも悲しい。
 GPIFは、2015年度の運用実績が5兆3098億円の赤字になったと発表した。ここ近年、運用資産は15年6月末(141兆1209億円)、16年3月末(134兆7475億円)、16年6月末(129兆7012億円)と減り続けている。
 これまで日本の公的年金は安全運用が第一ということで運用してきた。それに対して安倍政権は、運用方針を180度見直し、株式を中心としたリスク運用への転換を行った。
 それ以前は、国内債券60%、国内株式12%、外国債券11%、外国株式12%、短期資産5%だったのが、国内債券35%、国内株式25%、外国債券15%、外国株式25%と、株式への投資を倍増し、総資産の半分を国内外の株式市場に充当するポートフォリオとなっている。
 日本の公的年金は受給者への支払いが、現役世代からの徴収額を上回っており、このままでは積立金がなくなってしまうので、運用益を得ようとする試み自体は批判するべきことではないかもしれないが、株高が続くことを期待して、株価が下がりそうになったら日銀が買い支えるなどという人為的操作でコントロールする株式市場で運用するというのは、非常に危険な行為だ。
 2016年7月29日、日本銀行ETF(上場投資信託)の買い入れ枠を年間6兆円に拡大すると決めた。従来の3.3兆円からほぼ倍増になっている。
 これは、アベノミクス始動直後の2012年12月〜2013年4月、日経平均を9,000円台から1万4,000円程度まで引き上げる原動力となった海外投資家の買い越し額(7.6兆円)に迫る金額だが、投資総額は近くても、海外投資家と日銀では、購入時の株価がまったく違うという悲しい現実。
 海外投資家は日経平均1万円前後の段階で大量に株式を買い、日銀は、1万6000円〜20000円のところで株価を支えるために買っている。その差は、外国人投資家の利益だ。アメリカやイギリスの金融のプロ達に、いいようにカモにされている。
 日銀と足並みをそろえるようにGRIFも、海外投資家の後を追う形で株を購入しているかぎり、海外投資投資家が利益を得た後にいち早く売り逃げしてしまうわけだから、GRIFは、資産を減らしてしまう。
 せっかくの莫大な資金がありながら、このような対症療法を繰り返していると、未来につながる投資にはならない。
 ソフトバンクのような民間企業は、自分自身がリスクを負うことを前提に、自分の洞察力を信じて投資活動ができるが、官僚は、現在の状況を守るという他人から非難されにくい手しか打てない。だから対症療法になり、未来につながる投資にならない。
 国家にかぎらず民間企業の場合もそうだが、対症療法しかできないところは、時代の変化の後ばかり追い続けることになるから、けっきょくは衰亡していくことになる。

④に続く


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