第983回 ユーリー・ノルシュテインの世界は、静かな慈悲の泉


 2月3日まで京都シネマで上映中の「アニメーションの神様、その美しき世界」。
 http://www.imagica-bs.com/norshteyn/
 ユーリー・ノルシュテイン監督の作品は、数年ごとに見てはいるものの、何度見ても、胸に突き刺さるものがある。今回は、デジタルリマスター版ということらしいが、そのあたりの技術的なことはどうでもよく、本当に素晴らしかった。
 この世には、様々な戦いや軋轢、不安や孤独など、辛く悲しいことはたくさんあるけれど、それに対して乱暴な言葉や態度で対抗しても、ますます人と人の溝は広がり、心の裂け目は深まるばかり。
 ノルシュテインの世界は、ヒリヒリとした祈りが隅々まで行き渡っており、その祈りが、清冽な美しさ、哀しいまでの汚れなさ、愛しすぎる可笑しさに転換していく瞬間、なんとも言えない救いと和みが心を満たす。
 顔の表情も、仕草も、言葉も、徹底的に抑制した表現で、にもかかわらず、ここまで深いものが表現できるものだと感心せざるを得ないが、こうした世界に浸った後はとくに、我々を取り巻く情報や表現の、姦しさ、浅さ、自分勝手さが際立って感じられる。世界に瑕疵を見つければ得意満々に糺弾し、もしくは世界のことより自分のPRばかりに忙しい言葉と映像の氾濫。
 ノルシュテインの映像作品は、この空虚な世界のイコンのようなもの。比類無く慎ましく清楚なイコンは、乾ききって殺伐たる精神の砂漠の中を生きなければならない人々への静かな慈悲の泉のよう。幾ら歩き続けてもどこにも達することのできない空虚のなかで見失いがちな自分を、そっと取り戻させてくれる。
 この泉は、魂に染み入るように美しく、懐かしく、どんなに辛い現状の中にあっても、自らの魂の内側に信じるべき何かがあると、そっと告げてくれているように感じられる。

 そして、この作品が、DVDになる。
【初回限定版】ユーリー・ノルシュテイン作品集 2K修復版 [DVD]
https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=25VR46+1RPEIA+249K+BWGDT&a8ejpredirect=https%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fdp%2FB01MR4X0OK%2F%3Ftag%3Da8-affi-145793-22

 5つの短編がセットになって3855円という信じられない価格。心が乾ききった時、数分の間、珠玉の作品一つを見るだけでも、心が潤う。そして何よりも、自分が発している言葉や映像の乱れに気づかせてくれる最高の手本であると思う。