第984回  自分の利己主義に無自覚な現代日本人  

 トランプ大統領が、難民受け入れを禁止する大統領令にサインしたことが大きく取り上げられ、それに対して日本人が、ひどいと言っている。しかし日本はもっとひどい。
 このたびのトランプ大統領の行動に対して、フランスやドイツの首脳は明確に非難をしているが、安倍晋三首相は、「米国の大統領令、米政府の考えであろうと考える。私がこの場でコメントする立場にはないが、難民への対応は、国際社会が連携して対応すべきだ、難民が出てくる状況を根絶する中で世界が協力するため、日本はその役割を果たしたい、トランプ大統領とも話し合いたい。」と述べるだけで、日本の難民受け入れの現状からすれば、アメリカに何かを言えるはずがない。
 法務省の報告によると、2015年度、日本に難民申請した人の数は7586人で、前年に比べて2586人増加。それに対して、難民認定者数はたった27人で、前年に比べても16人だけ増えただけ。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri03_00111.html
 
 2015年に戦争や紛争、迫害を理由に自分の国を追われて難民状態となった人の数は史上最多の6530万人。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2015年に最も多くの難民を受け入れた国はトルコで、その数は250万人。急激に大勢の難民を受け入れたドイツは、申請認定待ちも含めて180万人。
 アメリカは、2015年9月時点で、シリア難民を、2016年には85000人、2017年には10万人受け入れると発表していた。その発表が大統領選によって覆されたから影響は大きく、トランプ大統領が非難されて当然だが、日本人は、アメリカのことを非難する前に、日本は一体どうなっているんだろうと考えなければいけないと思う。
 トランプ大統領のことを非難する時、日本人は、まだ対岸の火事のような感覚があり、自分ごとになっておらず、正義のポジションに自分を置いて非難できる。トランプのことを話題にする前に、日本人は、日本に起こっている現実の酷さに目を向けるべきなのだろう。
 2016年5月、安倍晋三首相は5年以内に、たった150人のシリア人難民を日本で受け入れることを発表したが、同時に、「難民より国内問題解決が先」と発言した。
 その”解決”という言葉が差している一つが、福島におけるこういう現実。爆発した原発の炉心の中がどうなっているのかわからない現状で、そこから僅か10kmの浪江町の住民を東京オリンピック前年までに強制的に帰そうとしている。生活に支障がないなどと言い切って。
 http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/blog-entry-111.html
 日本は、もともとこういう国だったのか、それとも、長い間、大切に守り続けてきた大事な何かが、この数十年で著しく損なわれてしまったのか。政治家や官僚の利権とか保身とか、そういう単純化された言葉で片付けられるものではないような気がする。
 官僚の仕打ちだけでなく、浪江町から避難した人たちに対する偏見と差別。そして、生きていくことが困難極まる状態になっている場所なのに、「自分の家に帰るべきだ」と強要すること。これは、世界の難民問題に対する日本人の態度と同じだ。いったい何故なんだろう。鎖国が長かったとか、いろいろな説明があるが、どうもそういうことではないような気がする。
 たとえば保育園問題も似ている。口では保育園が必要と言いながら、近所に作られることに反対する日本人。
 ”よけいな物事”が自分に深く関わってきて、自分の快適な環境や、定まったスケジュールや、平穏な心が乱されることを忌避する性根。つまり日本人は、オートメーション工場のラインの中の機械やロボットになってしまった。予想外のことやトラブルに対する抵抗力が極端になくなってしまった。パッケージツアーであらかじめ決められたところをきちんとまわることが、楽しい旅行だと思うようになった。物に対しても、(食べ物もそうだが)、見た目ばかりを重視し、ちょっとした瑕疵が許せなくなった。
 時とともに、いろいろなトラブルを重ねていくほどに、関係も深まり、味わいも増すという経年変化の良さもわからなくなった。
 お役所が商品管理のルールを作って、それを守っているものであれば安心という暮らしを続けてきて、自分の心身で判断する力を失っているのだから、難民は恐ろしい存在でしかないだろう。そうした日本人の期待に応えて、日本のお役所は、商品管理をするように難民の審査を厳密にやっているだけなんだろう。少しでも瑕疵のあるものを流通させるとどんな非難を受けるかもしれないと臆病になって。
 そしてお役所は、さらに考える。日本国に瑕疵があるように外国人に見られては、東京オリンピックに来てもらえないし、カッコ悪い。
 だから、浪江町の住民には、2020年東京オリンピックの前年の2019年までに戻ってもらいたいと言っている。
 これはお役所だけの心理ではなく、どんな添加物が入っているかは無頓着に、パッケージの綺麗なものを買ってしまったり、形の悪い野菜を規格外として破棄している日本人の現状と同じだ。お役所に務める人間も現代日本人。現代日本人の思考特性、行動特性が、この国の現状につながっている。他人事ではなく、自分もまた現代日本人であることを意識して、その思考特性や行動特性を、見直さなければいけない。

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