第986回 日本の誤算(前半)

 
 東芝を擁護する気持ちなんてまったくないけれど、現在起きている出来事が、あまりにも矮小化されて、高見の見物のように語られているように思う。東芝の経営陣の経営センスのなさ、傲慢さ、日本人の働き方の問題など・・・。
 確かにその側面もあるかもしれないが、今回の出来事の根底に横たわっている問題は、その程度のことではないだろう。
 東芝を破綻の危機に追い込んだ問題は、日本のエネルギー政策の問題だ。
 そして、東芝の誤算は日本の誤算だ。記者会見で、東芝の経営陣に対して、「反省しろ!」と叫んでも、日本が抱え込んでいるエネルギー上の問題は、解決できない。
 2月17日、すでにウェスティングハウス社の原発関連の問題で合計9600億円の損失を出し、ほとんど死に体となっている東芝が、さらに、シェールガス由来の米国産液化天然ガス(LNG)事業で、累計約1兆円の損失が発生する可能性があることが分かった。
 東芝は、2013年、テキサス州で生産する年間220万トンの液化天然ガスを2019年年から20年間にわたって引き取る契約を結んだ。当時は、シェールガスブームで、アメリカのLNGは安く感じられたが、その後は、アメリカ以外の国のものに比べて割高になっている。
 これについて、東芝の経営人の経営センスや見通しの悪さを、軽いノリで指摘して嘲笑する声もあるが、そういう人は、あの震災後の空気をもう忘れてしまったのだろうか。
 福島原発事故をきっかけに全国の原発が停止した時、それまで電力供給の40%を担っていた原子力の代わりに、火力発電に全面的に頼らざるを得なくなった。そういう状況下で、日本は、世界で最も高値の天然ガスを買わざるを得なかった。足元を見られているとも言われたが、天然ガスの製造やパイプラインなどのプラントは、かなり長い時間をかけて減価償却されるものなので、緊急時の短期契約で、安く買うことは難しい。
 原発天然ガスも、日本人が無自覚のうちに大量に消費しているエネルギーの問題なのだ。一民間企業の判断だけで行われていることではない。だからといって、悪どい政治家と官僚と大企業がグルになって利権のために行っているという単純な陰謀論で片付く問題でもない。
 日本国の現状は、明らかに国家法人である。グローバル企業と同じく、国家の利益を追求するため、政治家や官僚が経営者のように情勢を判断し、物事を進めている。主権は、国民一人ひとりにあるのではなく、また一握りの政治家や官僚にあるのでもなく、国家法人の存続という大義名分のなかにある。
 そしてエネルギー政策は、その要にある。だから、日本政府は、フランス政府がアレバ社を救済するように、東芝を救済するのだろう。その方法が、誰の目にも明らかになるかどうかは別の問題として。
 1990年代前半のバブル崩壊の時もそうだった。1995年、政府は破綻した住宅金融専門会社に対して6850億円の公的資金を注入することを決定し、多くの人が驚き、怒った。
 しかし、その後、なし崩し的に、直接注入と不良資産の買い取りを合わせて22兆1,000億円の公的資金が銀行救済に使われた。今、世間を騒がせている東芝問題は、バブル崩壊時の最初の住専問題にすぎないかもしれず、これからさらに、エネルギー問題(原発問題)への深刻な対応が次々と出てくる可能性はある。
 事故を起こした福島原発の処理だけでも、今後どれだけの年数と金額が必要になるか、現時点では想像すらできないのだから。
 現在、東芝を窮地に追い詰めている原子力関連事業は、2006年のウェスティングハウスの買収から始まっているわけだが、中国の台頭などで、東芝ソニーパナソニックなど日本の主要電気メーカが、かつて世界を席巻した家電分野で赤字続きとなり、その苦境を乗り切るために、東芝は、原子力分野に活路を見出すしかなかった。その判断は、東芝単独のものではない。買収が行われた2006年当時、経産省は「原子力立国計画」として原発輸出などを官民一体となって推進する国策を声高に主張していた。
 そして日本政府および東芝原発事業への過信は、2011年の3月11日直前まで続いた。
 2011年2月21・22日に、東芝は、日経・読売掲載、カラー15段にこんな広告を出している。
 
 しかし、2011年3月11日の東北大震災と、福島原発事故は、世界を一変させた。
 日本社会は、あれだけの大惨事に見舞われながら、1年間は、それまでのエネルギーを大量に消費する生活に対する自粛の空気に包まれていたものの、アベノミクスの経済最優先の掛け声のもと原発再稼働の声も高まり、3.11の大震災が遠い出来事になっていった。
 しかし、福島原発事故を受けてドイツが原発廃止をいち早く決定するなど、世界の原発を取り巻く環境は、劇的に変わった。
 プルトニウムを扱う福島第3号機が爆発した時、その対策協力のためにやってきたフランスのアレバ社。この会社は、震災後、福島原発放射能汚染水の処理装置を納入したが、トラブルが相次いだ。アレバ社は、原発建設の他、高浜原発3、4号機ならびに伊方原発3号機などプルサーマル原発で使うMOX燃料も製造している世界最大の原子力産業複合企業だが、2011年の福島原発事故以降、業績を急激に悪化させた。
 2011年から2015年の5年間の累積赤字が1兆2070億円に達して、あっという間に経営破綻に陥り、仏政府が主導で救済がはかられている。そこに、日本の三菱や日本原燃も出資する。
 2011年以降、アメリカでも、ウェスティングハウスが受注した原発建設において審査基準が厳しくなるなど建設費が急激に上がり、さらに建設期間が大幅に伸びて、そのリスクとコストが、東芝の経営を直撃することになった。
 さらに、日本政府は、英国が計画する原子力発電所の建設プロジェクトを資金支援することを決めており、英国政府から原発の建設・運営を受託した日立製作所の英子会社に、国際協力銀行JBIC)や日本政策投資銀行が投融資する。総額1兆円規模になる公算が大きい。
 アメリカで東芝、フランスで三菱、イギリスで日立と、核関連技術が中国など第三国に流れないように、逆風が吹き続ける原発産業において、日本が、連合国の一員としてリスクを負う構図になっている。
 そして、アメリカで東芝が火だるまになったが、三菱や日立が、フランスやイギリスで同様のトラブルに巻き込まれない保証はない。
 エネルギー分野は、一民間企業の経営判断だけで実行できるものではなく、国家プロジェクトだ。だから、東芝の誤算は日本の誤算であり、三菱や日立も巻き込まれれば、それもまた日本の誤算となる。
 そして、東芝が、深手を負わされるはめになった原子力事業をどうするかは、日本が原子力事業をどうするかということだ。
 2月14日の記者会見で、東芝の綱川智社長は、原子力事業について(1)米国4基、中国4基の建設中の原発はあらゆるコストを削減して完成させる(2)原発新設は原子炉供給などに特化し、今後、土木建築工事は受注しない(3)原子力事業の売上高の8割は既存原発の燃料・サービスであり、安定したビジネスとして継続する(4)再稼働、メンテナンス、廃炉事業は継続するーーと説明した。 
東芝原子力事業は2016年上期で3800億円を稼いでいるようだ。ここにはウェスティングハウスの稼ぎも入っているが、国内事業は安定収益という。
 東芝の綱川社長は、ウェスティングハウスが新規に4基の原子力発電所の建設を受注してしまったことが今回の巨額損失の原因で、もちろん、それ以前にウェスティングハウスの買収そのものが問題であったと記者会見で述べた。日本は、止まっている原発でさえもしっかり稼げる産業構造になっているから、よけいな手を出さなければよかったということだ。
 原子力関係の安定したビジネスは、既存原発において燃料を供給し、保守管理や修理点検を行っていくということ。安全意識が高まれば、保守管理や修理点検の仕事は安定的に得られる。また、燃料に関しては、電気料金が総括原価方式によって決められるので、東芝が電力会社に売る燃料の価格が変われば、電気代が変わるだけのこと。だから、リスクを負うことなく稼ぎやすい。そして、新規の原子力発電所の建設は、あまりにもリスクが大きいので作らない。となれば、今後の日本の原子力政策も、おのずから決まってくる。
 今ある原発を、使えなくなる時がくるまで、ノラリクラリと使い続けていくということだろう。
 そうしなければならない理由が、現在、膨大にためこんでいるプルトニウムや使用済み核燃料や高レベル放射性廃棄物の処分、そして廃炉の問題のなかにある。この問題を解決する方向へと議論を持っていかないかぎり、いくら「原発反対」と唱えても、国家法人の原発政策は止まらない。

(後半に続く)