第1082回 神の使者、ライチョウと、水越武さんの写真。

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 写真家の水越武さんの新著、「日本アルプスライチョウ」が、手元に届いた。

https://www.shinchosha.co.jp/book/315233/

 本当に素晴らしい! ここ最近見た新著の写真集のなかで、もっとも素晴らしい。

 写真集としては小さなサイズだけれど、この小ささで、これだけの深さと広がりが出ている写真集は、めったにないと思う。

 素晴らしい写真というのは、小さなサイズでも十分に説得力があるのだと、改めて思い知った。

 水越さんとは、水越さんの拠点である屈斜路湖畔でも何度も一緒に過ごしたし、知床とかオホーツクの流氷も一緒に行ったので、いつ聞いた話かわからないけれど、神の鳥、雷鳥をずっと追い続けているという話をされていた。

 水越さんは、ヒマラヤをはじめスケールの大きな自然を被写体にするとともに、手のひらサイズの小さな自然世界を広大無辺に捉える写真家でもあり、そこが一般の山岳写真家とは異なるところだった。

 水越さんは、山を外側から撮るのではなく、山の内側の世界に入り込み、山の息吹と一体となり、それじたいを生きながら、その世界と一体化して撮影している。だから、撮られた写真は、綺麗なだけの山岳写真や自然写真ではなく、水越さんの魂と、山や自然の魂が合わさったものになる。

 それは、他ではなかなか見ることができないものだ。

 その水越さんがライチョウを追い続けているというだけで、ライチョウの神話性が、より特別なものとして私に伝わり、深く記憶されていた。

 そして、その神話性は、いったいどういう形でアウトプットされるのかと夢想した。

 それが今回、このような形で具体的に出てきた。

 この本は、もちろん、図鑑のようなライチョウの写真ではない。

 ライチョウを介して、まさに神が作り上げた世界が、顕在化している写真集だ。

 様々な神話の中で、鳥に限らず、猿や狐など色々な動物が、神の使者として登場する。

 神の使者というのは、いったいどういうものかわからないまま、私たちは、神の使者という言葉を使っている。

 神の使者というのは、その存在の背後に、神が作り上げた世界の本質を見せてくれるものだ。そういう意味では、優れた匠もまた、神の使者であり、水越さんもまた、一人の写真家であるというより優れた匠であり、神の使者であると思う。

 そして、今改めて、そんな神の使者のような人と、多くの時間を過ごさせていただけたことの有り難みを深く感じることとなった。

 思えば、2002年の冬、写真家の野町和嘉さんに背中を押されるようにして、風の旅人の創刊準備に入った時、野町さんに企画書を見せた創刊号のテーマが、「天空」だった。

 当時の私は、写真家のことは野町さんしか知らなかった。その野町さんの仕事場の書棚にあったのが水越さんのヒマラヤの写真集で、私がふとそれに手を伸ばすと、「天空がテーマなら、水越さん、いいんじゃない」とアドバイスされ、さっそく水越さんに連絡をとり、屈斜路まで会いに行った。

 水越さんが作った蕎麦を召し上がりながら、「どんな雑誌を作ろうとしているのですか?」とか聞かれ、まだ具体的なものは何もないのに私の話に耳を傾けてくれた水越さんは、私が選んだポジ写真のオリジナルを20点ほど、初対面にもかかわらず預けてくれた。デュープではなく、オリジナルのポジをそのままドサっと雑誌編集のために預けてくれるというのは大変なこと。なにせオリジナルは、その一点しかない。しかも、水越さんのシャッター数を非常に少ない。

 今回、新しく出版されたライチョウの写真集のなかでも、とても印象的な水越さんの文章がある。

 「私は、息を潜め、しばらくの間、静かにライチョウと対峙していたが、せめて写真1枚だけでもと、そっとシャッターを切った。するとライチョウは「ガアアー」とひと鳴きして飛び立ち、鋭く切れ落ちた滝谷に吸い込まれるように姿を消した。至近距離で無神経にカメラを持ち出した自分の行動を恥じ、呆然と立ちすくんだ。」

 オホーツクの流氷を撮影する水越さんに同行した時に、氷のアーケードの向こうに沈んでいく太陽を撮るために早くから場所取り合戦を繰り広げている大勢の写真愛好家とはまったく異なる行動をとる水越さんの姿を見ているのでよくわかるが、写真というのは、その人の心構えが如実に現れる表現行為であり、素晴らしい写真であるかどうかの違いは、写真家の魂がどれほど伝わってくるか、その一点だけと言い切ってもいいぐらいだ。

 そして、魂というのは、その人が持続し続ける心構えなのだ。

 持続する心構えが整った写真家の写真というのは、こんな小さなサイズでも、無限の広がりと奥行きがある。それは、神が作った宇宙も同じで、100億年光年彼方を望遠鏡で探らなくても、ミクロのなかにも、宇宙の神秘と本質が漲るように宿っているのだから。

https://www.shinchosha.co.jp/book/315233/