第1094回 ウィルス禍のなか、健やかな未来のための総合的判断とは。

 どれか一つの理由でと決めつけることはできないが、新型コロナウィルスの禍が広がり始めて4ヶ月近くなり、地域ごとの違いがはっきりとしてきた。
 専門家の先生は、このウィルスは、人種や地域性などに関係なく全人類の普遍的な脅威であると言っておられたが、はっきりしているのは、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、ドイツ(コロナ対策の優等生と言われるが17万の感染者で7600人も亡くなっており、日本の10倍以上にもなる)といった、日本を除いた先進国のダメージが突出して高いということだ。
 日本のデータを見ても明らかだが、この新型コロナウィルスは、高齢で、かつ糖尿病など持病を持っている人には致命的なダメージとなる。

<日本国内の感染者と死者数>

80歳以上 感染者1,284人  重症33人 死者216人
70代   感染者1476人  重症87人 死者97人
60代   感染者1726人  重症94人 死者42人
50代   感染者2530人  重症51人 死者16人
40代   感染者2419人  重症31人 死者8人
30代   感染者2241人  重症6人 死者2人
20代   感染者2430人  重症4人 死者0人
10代   感染者355人   重症1人 死者0人

5月5日18:00現在(東洋経済オンラインより)


 そして、アメリカのように若い人でも糖尿病患者の多い国は、若い人でも重症化するリスクが高くなっているし、平均年齢が60歳以下のラオスカンボジアなどは死者が出ていない。
 先進国の中でも比較的新型コロナウィルスのダメージの少ない北欧の場合、糖尿病の数は少なくないが、アメリカなどの生活習慣病とは異なり、その大半が遺伝型で、子供でも糖尿病になりやすい。そのため、子供の頃から血糖値などを調べて注意を怠っていないし、そのためか、心臓病や動脈硬化などとも関係が指摘されるトランス脂肪酸や合成着色料などに対する規制も、世界でもっとも厳しい。食生活も、欧州の南に比べれば、肉食より魚介類の占める割合も高い。
 そして、先進国と発展途上国で大きな違いとなっているのが結核対策だ。
 現在でも、世界で年1040万人が感染し140万人が死亡している結核は、発展途上国にとって、コロナウィルスより脅威だ。
 そのため、2011年3月時点の調査結果によると、180カ国のうち日本を含めた157カ国でBCGワクチンの全例接種が行われている。
 それに対して、欧米では結核患者は見られなくなり、BCGワクチンは「途上国の予防接種」とみなされて、1980年代以降、スペイン、フランス、ドイツ、英国、オーストリアなどの欧州9カ国、オーストラリア、ニュージーランドで全例接種が中止され、米国やカナダ、イタリア、オランダでは、医療従事者などのハイリスク群のみに接種を限定する選択的接種となっている。
 オーストラリアとニュージーランドという南半球でコロナ禍が世界中で猛威をふるっていた時に夏期間だったところを除いて、コロナのダメージの大きいところは、全て、結核を過去の病と決めつけたところばかりだ。
 そんな欧米のなかでもポルトガルは例外的にBCG接種を続けているのだが、コロナウィルスのダメージは、人口1000万人に対して27406人の感染者で1126人の死者。隣国のスペインが人口約5000万人で、223000人の感染者で27000人の死者だから、死亡率は、スペインが5倍ある。イタリアやフランスも、スペインと同じ程度の人口と感染者、死亡者数であることを踏まえると、ポルトガルは、それらの国々に比べれば明らかに少ない。平均寿命も81.1で83.3のスペインとそんなに変わらない。
 興味深いのは、生活水準が高かったり人口の多い国のなかで、100万人あたりのコロナ感染による死亡率の極めて少ない国々は、台湾、日本、中国、韓国、イラク、トルコ、ポルトガル、オーストラリア、ニュージーランドなのだが、これらの国々のうち、ニュージーランドとオーストラリアを除く国々は、広範囲にBCG接種を行っている。
その中でも特に死亡率が低いのは、台湾、日本、イラク(人口3800万で感染者2679人、死者107人)なのだが、この三国は、BCGワクチンの中でも生菌数が高いとされる日本型を使っていることだ。
 BCGワクチンとコロナウィルスの関係はすでに様々な専門家が指摘しており、理由はわからないがデータを見る限り相関関係は高そうで、欧米では臨床実験が進んでいる。
 もちろん、BCGワクチンが絶対ということではないが、はっきりしているのは、専門家の先生が主張していたように、このウィルスが、どの地域のどの人種にも同じように致命的なダメージを与えるということは、どうやら事実に反しているらしいということ。

 持病を抱えた高齢者のいないところ(平均寿命が低い)、BCGワクチン接種を行っているところ、生活習慣病の少ないところで、感染爆発が起こっているところは存在しない。

 そして、この全てに反しているアメリカや欧州の先進国が、突出してダメージが大きい。

 実験結果などを通して正しい答えを見つければ安心できるが、答えがわからなければ安心できないと言う。
 しかし、そうなんだろうか? むしろ、答えを見つけたと思って安心してしまっている方が危険だということもある。これまでの歴史を振り返っても、人間の新発見は、次の発見までのあいだのつなぎでしかなく、次の発見によって、それまで信じてきたことが間違っていたということはよくある。
 何が正しくて何が間違っているか、一つの発見で決めつけられるようなことではないのだ。
 だからといって、どこにも指針がないわけではない。
 答えがわからなくても、経験によって傾向を読み取ることができる。
 欧米文明においても、大陸合理主義のように一つの原理を求めて、その原理を普遍化させるという発想だけでなく、イギリス経験主義のように、経験を通して未来の見通しを立てていくという発想もある。
 今回のコロナ禍の一つの大きな経験は、専門的であることを、もう少し醒めた目で見た方がいいのではないかということ。 
 とくに大衆メディアは、どうしてもシンプルな答えが欲しいので、コロナ禍に限らず専門家の意見ばかり求めている。どこかで戦争が起これば、毎日、軍事専門家が登場する。

 しかし、現在の世界は、大学の研究でもそうだが、専門が枝分かれしすぎている状況であり、専門というのは、その枝分かれした一部にのみ通じているということでもある。
 世界は複雑であり、一部の原理で全体を掴むことなどできない。ましてや、一部の原理で全体を管理するなど、原理の裁きによって白黒と決めつけられるわけだから一種のファシズムとしか言いようがない。
 経済が大事か人の命が大事なのかというスローガンも、経済主義か信仰かを迫った狂信的な過激派に通じるところがあり、けっきょくは原理主義的発想だ。
 もちろん、一つのことに秀でた専門の仕事は尊敬されるものだが、専門というのは、多種多様であるなかの一つであることを弁えてこそ優れた専門性につながるものであり、本来は、控えめなものだ。
 芸術でも学問でも、真に優れた専門家は、謙虚で、だからこそ、その仕事は美しい。
 自分の仕事が、直接的でなく間接的に複合的に、人々のためになることを願っている。

 もちろん、世界には普遍性というものがあるが、その普遍性は、単純化できる原理的な法則ではなく、非連続でありながら、どこかでつながっており、同じような傾向で繰り返される複雑な仕組みのなかに宿っている。
 なので、健やかな未来のためには、枝分かれした部分の微視的な専門に偏った視点の強要ではなく、大局を見据えて、それら各種専門を統合し編集した視点の方にイニシアチブを置くべきであり、政治には、その役割がある。

 政治家、しかも一国の政治的リーダーが、発言のたびに、「専門家の先生方にご相談させていただいて」としか言えない現状が、時代錯誤であり、健やかな未来を遠ざける一番の原因のような気がする。

 負の遺産を未来世代に先送りする生命体が、存続できるはずがない。ウィルスのリスクがもっとも小さな若者が、学習機会を奪われ、活動を制止させられ、その挙句、コロナウィルス対策として投じられる莫大な借金を負担させられる当事者たちとなるという人間が作り出す不条理。自然災害などの不条理と違って、人間が作り出す不条理においても、人間は手のほどこしようがないのか。人生経験の長い大人や高齢者は、経験主義に照らし合わせると、それをどのように考えるのか。



 

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