第1116回 時を超えた物づくり

 
 

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 亀岡の歴史探求の延長で、亀岡の漆作家、土井宏友さんの工房へ。最近、古代の丹生、すなわち辰砂(硫化水銀)の産地を訪れることが多く、土井さんは、本物の辰砂を使った漆作品を作っている。
 また、土井さんは、古代から大切にされてきた錫(銅と化合させて青銅器を作る)を使った漆作品を多くつくっており、いぶし銀のしぶい輝きになるのだが部分的に鯛の牙で磨き上げて光沢に変化をつけるという遊び心があり、私は、とても好きなのだ。
 亀岡には、大谷鉱山という日本で有数のタングステン鉱山もあるが、タングステンの鉱脈は錫の埋蔵量も多い。鋼鉄より硬いタングステンの融点は3000度で、古代人がこの鉱物を活用できていたかどうかわからないが、錫ならば銅と化合させて青銅器を作ることができる。亀岡には、2000年以上前に金属加工技術を持った人たちが南方からやってきたという伝承もあり、おそらくその人たちは、青銅器の文化をもった人たちだったのではないかと思う。つまり、日本の歴史的段階でいえば、長い縄文時代を経て、時代が大きく動き出した初期段階の形跡が亀岡にはある。
 それはともかく、私は、土井さんの手仕事が大好きだ。この写真のドリップコーヒーのセットは、錫と漆で、まさにいぶし銀の美しさがあるが、土井さんは、ペーパーフィルターでネルドリップの味を引き出すということをテーマに、おいしいコーヒーが飲める店を歩き回り、自分の味覚で確認し、その入れ方を徹底的に研究し、そこに自分なりのアイデアをくわえ、漆製品を作る。その作り方も、実に手が込んでいて、たとえば一般的には接着剤でくっつけることで作り上げる形を、一つの木から形をくり抜いて作ったりする。そうすることで貼り合わせの場所が生じず、水も漏れないし、軽くて薄くても強度を増す。ものづくりが大好きでないとやってられない偏執的な徹底ぶりで、商売という発想がまったくなく、こういうものを愛好してくれる人がいてくれればそれでいい、という童心の自然体を保ち続けているおっさんだ。

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 あと、最近、”手作り感”とか、”温かみ”といった陳腐なキャッチでの物作りがけっこう増えているのだが、それらは技術の鍛錬を経ていないごまかしの物も多い。
 土井さんの作品は、”手作り感”などという曖昧な領域を超えて、人間技の凄みが滲み出ている。だからこそ、出来上がった物には気品が漂っている。どんな物でもそうだが、物作りにおいて、この気品が感じられないものを、どうにも私は信用できない。
 作品の良し悪しにおいて、好き嫌い、新しいとか古いとか、その他、判断の基準はいろいろあるようだが、その人の精神は、作品の気品に現れる。精神とは何かという問題があるが、それは、ものや人に対する誠実さ、畢竟、世界そのものに対する誠実さだと思う。
 2011年、福井県若狭町の鳥浜貝塚で出土したウルシの木片が世界最古の約1万2600年前のものだと判明した。
 また、北海道函館市の垣ノ島B遺跡から出土した約9千年前の装飾品が、世界最古の漆製品とされている。日本の縄文文化は、土器もそうだが、漆もまた世界最古級だ。
 このことはとても重要なことで、なぜなら土器や漆製品を作り出した人たちは、土器や漆の分野だけが得意だったということはあり得ない。なぜなら、土器にしても漆製品にしても、複合的な知恵を組み合わせて製作が可能なものだからだ。そして、複合的な知恵を組み合わせる力を備えていたということは、必ず、他の分野にも応用される。
 日本の縄文文化の中で、世界最古級の土器や漆製品が発見されているのは、それらの製品が、その物自体の性質として何千年もの歳月を経ても分解されずに残るからだ。
 エジプトなど多くの古代文明は乾燥地に位置しているが、それらの地域は遺物を長く保存するための環境条件が整っていただけであり、古代文明が、それらの地域だけで発展していたわけではないと思う。
 漆や土器は、日本の古代人が、エジプトなど古代文明の先進地域とされるところと変わらない知恵や技術を備えていたことを今に伝える貴重なタイムカプセルだ。私たちは、そこから古代のことに対する想像力を膨らませる必要がある。
 日本のように湿潤で全てを土に還してしまう風土の中で、漆が、数千年を超えて残り続けているというのは、すごいことだと思う。
 土井さんの漆作品も、数百年、もしかしたら数千年、作り手の精神とともに生き続けていくことを想像することは、とても楽しいことで、一杯のコーヒーや、一献の酒が、ひときわ美味しく感じられる。
 
 

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