第1253回 鬼伝説が今日に伝えているもの!?

鬼岩にある「蓮華岩」。上から見ると蓮の花に見える。また、縦7mの亀裂が、鬼が一刀両断で切ったように見えることから「鬼の一刀岩」の別名がある。

 

恐ろしや 次月の奥の 鬼すすき

 次月というのは、古代の東山道、現在は国道21号線岐阜県土岐市にある「次月峠」のこと。そして、「次月の奥」というのは、次月峠から北に2km、現在の岐阜県瑞浪市の鬼岩にあたり、ここは木曽川支流の可児川の源流に近く、鬼岩の巨岩群の中を、清冽な水が勢いよく流れている。

 一般道からすぐ近くに、この鬼岩ほどの巨岩群がある場所を、私は他に知らない。

 しかもここは日本有数のラジウム温泉の場所。すぐ近くに、日本最大のウラン鉱脈がある。

 鬼岩から5kmのところには、高レベル放射性廃棄物の処分のための研究施設、瑞浪超深地層研究所があった。

 原発の問題は、事故だけでなく、捨て場所のない高レベル放射性廃棄物の存在。六ヶ所村と、全国の原発の敷地内に溢れかえっている高レベル放射性廃棄物をどこでどう処分するのか。その研究が、岐阜県瑞浪で行われていた。

 瑞浪地方は花崗岩、もう一箇所の研究所である北海道の積丹半島の西側は玄武岩花崗岩玄武岩は、日本列島の地質を代表する二つの岩盤で、どちらの岩盤の方がふさわしいのかという現実的な問題。玄武岩の方が火山岩だから、活火山の周辺に多い。花崗岩は、地中深くから持ち上げられた岩で、火山活動のない地域が多いから、こちらの方が安定しているように思われるが、花崗岩地帯において地下水は、花崗岩の亀裂にそって流れており、その量と勢いは、ものすごいらしい。 

 岐阜県瑞浪には、採算性が合わないから輸入した方がいいという結論で廃坑になった日本最大のウラン鉱があった。その鉱山の坑道を放射性物質の処理にかかわる基礎実験施設として利用し、おもに岩盤中の物質移動に関する研究などに活用されてきたが、2004年3月に終了し、埋め戻されることとなり、2021年にその作業も終了した。

 しかし皮肉なことに、この瑞浪のウラン地帯は、リニアモーターカーのトンネル区間でもあり、その路線は、ウラン鉱床そのものは回避しているようだが、ウランが蓄積されやすい地層は避けようがないため、トンネル工事で発生する残土の放射能分析は行われている。

 瑞浪の鬼岩の巨石群の中を歩いていると、硫黄の匂いも漂っており、この周辺の温泉は、ラジウムだけでなく硫化水素も含んでいる。

 かつては栄えた温泉街だったらしいが、今は、衰退して廃墟になっている施設も多い。なぜなんだろう? 交通の便はいいし、温泉の質はいいし、見所もあるのに。

 そして、この怪しい地に、鬼伝説が伝えられている。刀工で有名な岐阜県関市から追われるようにやってきた太郎という男が、この巨岩群のなかに潜み、人々に悪さをしたため、恐れられ、討伐されたという伝承。

 この美濃の鬼退治は、一般的にはあまり知られていないが、有名な吉備の鬼退治や丹波の鬼退治と共通のポイントがある。

 一つは、「鉄」と関わりがあること。二つ目が、吉備は山陽道、丹後は山陰道、そして、瑞浪東山道沿いで、古代の中央と地方を結ぶ大動脈の場所であり、それぞれ、九州など西の地域、日本海など北の地域、東海から長野、群馬に到るまでの東の地域への境界のような場所であることだ。

 さらに吉備は瀬戸内海、丹後は日本海由良川と、いずれも大陸との交流の要でもあるが、岐阜県瑞浪の鬼岩があるところは、木曽川庄内川土岐川)の中間で、それぞれから5kmほどだ。ともに伊勢湾へと繋がるが、木曽川は、松本盆地までの水路であり、その北は海人の拠点だった安曇野で、姫川を通じて日本海糸魚川に抜ける。この地のヒスイは、古代、朝鮮半島、北海道、沖縄まで運ばれていた。

 また庄内川の流域は、多治見とか瀬戸とか、古代から日本有数の陶器の生産地だ。瀬戸、備前丹波は、日本六古窯であり、なぜか焼き物の産地は、鬼退治の舞台でもある。

(鬼岩の巨石群の中は、可児川の源流近くとなる。)

 

 鉄の生産には、高温に耐えうる窯を作る技術も必要で、良質な粘土や水が豊富に得られることも重要である。

 そうすると、鬼とは一体何なのか?

 岐阜県瑞浪の鬼は「太郎」という個人になっているが、おそらく集団だろう。一般的に、鍛治職人は、強い火の前で作業をするので顔が焼けたように赤くなるとか、火を片目で凝視し続けるため片目が潰れていることが多いなどの理由で、鍛治職人のことを鬼とみなす説が知られている。

 しかし、私は、鍛治も含まれるかもしれないが、窯技術も含めて新しい技術を持った渡来系の人々の一部が、何かしらの理由で、反乱を起こしたのではないかと思う。

 というのは、たとえば岡山の鬼は温羅(うら)と呼ばれるが、これは、当初は、人々に恩恵を与えて慕われていたと記録されているからだ。伊賀忍者で有名な伊賀の地の鬼もそうで、地域の発展に貢献していたが、中央政府と対立することになったと記録されている。伊賀では、奈良時代の僧侶、行基に仕え、土木工事や治水灌漑などでも活躍した修験者が、鬼の系譜ということになっている。

 また、丹波の鬼退治では、当麻皇子が退治した鬼の中に「胡」と称する鬼がいた。

 中国において三国志の時代の後、五胡16国の時代があるが、漢民族から見た北方の異民族が「胡」であり、特に、鮮卑族を指している。

 なので、日本の丹波地方で退治された「胡」という鬼も、これと同じで、大陸からやってきた人々で、日本人からすると異民族かもしれない。

 しかし、気になることが一つある。

 日本におけるウラン鉱脈は、岐阜県瑞浪と、鳥取と岡山の県境の人形峠の二箇所だが、人形峠のある苫田郡鏡野町には、こんな伝承も残っている。

「農家に二〇歳過ぎの娘がいたが、ぼんやり病で寝込んでしまって、なかなか癒らない。

 両親が不思議に思って問い糺すと、娘のいうには、毎晩夢うつつのうちに、鉄山の役人という一人の男がやって来て、一緒に寝るのだというのであった。

 その後、数か月たって娘は、変なものを産んだ。それは、牙が二本長く生え、尻尾も角も、ちゃんと生えていて、紛れもなく牛の化物といったものなのである。村の衆は、これは鬼の仕業だと思った。」『鏡野町史 民俗編』より

  アメリカ先住民の聖地は、ウラン鉱脈のあるところに多いが、長老たちの語る口承で、「地面を掘り起こすと災いが起こる」と伝えられてきた。

 ウランの埋蔵量が豊かなところは、日本でもそうだがラジウム温泉などがある。ラジウムと接することで放射性を持った大気であるラドンは、気体の状態とか水に溶け込んだ状態ならば身体にも良い影響を与えるので、古代から湯治に活用されてきた。

 しかし、地面を掘り起こしてウランそのものが外に出てしまうと、その粉塵などから生じる放射能が、生物にとって有害になる。東北大震災の原発事故でも問題になった内部被曝が起きる。

 近代の核エネルギー利用において、アメリカ先住民の聖域を掘り起こしてウランが採掘されたため、周辺地域において放射能による深刻な問題が生じた。

 古代人が、ウランそのものを採掘していたかどうかはわからないが、人形峠苫田郡は、たたら製鉄が長く行われてきたところであり、鏡野町史において、牛鬼を産んだ娘が「鉄山の役人」とまじわったとの記述もあるとおり、砂鉄や鉄鉱石など鉄資源の採掘が行われ、その時に掘り起こされた結果として、ウランの放射能被害が出た可能性はないだろうか?

 民俗学者柳田國男は、人形峠のある苫田郡の牛鬼の伝承について、「山で祀られた金属の神が零落し、妖怪変化とみなされたもの」と説明しているが、この説明だと真相の解明にはつながらない気がする。

 チェルノブイリ原発事故の後、ベラルーシにおいて、流産胎児の形成障害と、新生児・胎児における先天性障害の研究も行われ、放射能との関連が疑われているが、苫田郡に伝わる牛鬼の描写も、もしかしたら放射能による染色体異常を示しているのかもしれない。

 もちろん、実証はできないが、神話は、一度起きたことの記録ではなく、その場所が、歴史上何かしらの役割を果たす時、いくつかの記憶が重ね合わせられて創造される。

 日本においてウラン鉱脈のある代表的な二つの場所、岡山・鳥取の県境の人形峠岐阜県瑞浪に鬼伝承があるのは、偶然なのか、それとも必然なのだろうか?

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ピンホール写真で旅する日本の聖域。

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