第1311回 頭を使って考えるということは?

AI(人工知能)を使った文章生成ソフトのChat Gtpは、思考しているように見えて、実は、何も考えていないそうだ。

 このソフトのカラクリは、一つの言葉の次にどの言葉がくるべきなのか、確率的に高いものを選び取る機能にあるらしい。

 この半年間、Chat Gtpは大きな話題となったが、この新しい技術が世の中を変える力になるかというと、ある側面において、私は可能だと思う。

 このソフトの一番有効な使い方は、企業のカスタマーセンターや、お役所などの相談窓口だろう。

 消費者からの取り留めのない苦情(時には暴力的な言動を含む)や相談を聞き続けることは苦痛である。

 アメリカの企業は、この仕事を、人件費の安いフィリピンに外注している。

 Chat Gtpは、この種の対応が、とてもうまい。相手の気分を害さないように言葉を選び、当人の努力でちょっと調べればすむような浅い内容の質問でも、もっともらしく答えてくれるということにおいて、生身の人間を社内教育するよりも、間違いなく高いレベルで行ってくれる。

 お役所などの窓口でも、来る前にネットで少し調べれば簡単にわかるような内容の質問をダラダラと続ける人はけっこういて、後ろで待たされている人を苛立たせる。

 私は、ここ数年、ネット印刷を使っているが、その入稿はオンラインでのデータ圧縮によるのが一般なのだが、私の冊子はデータ量が重すぎるため、USBなどに記録して、カウンターに持ち込んで手渡していた。

 しかし、そのカウンターで、「私は印刷のことがよくわからないんですよ、もう少し詳しく教えてもらえないか」と長々と張り付いている先客がいた。私は、USBを手渡したらすぐに帰ろうと思っていたのに、かなり待つことになった。

 ネット印刷会社は、こうした労力を削ぎ落とすことで低価格を実現しているのだから、システムを変えざるを得ないだろうなと思っていたら、案の定、受付窓口は閉鎖されて、すべてオンライン上での入稿か、郵送ということになった。

 Chat Gtpは、こうした分野でも力を発揮するだろう。

 ネット上のまとめ記事のようなものも、人間より早く、的確に行ってくれるようで、オンラインメディア会社のBuzFfeedが、記者をChat GPTに替えると宣言しただけで、株価が175%も上昇した。

 現在、名刺に、記者とかライターと記している人はかなりいるのだが、あっという間に、その仕事は失われてしまうだろうことは間違いない。

 テレビによく登場する「兵器に詳しい人」や「若者のトレンドに詳しい人」をはじめ、リサーチとかマーケティングなどカタカナの肩書きを持つ人の仕事も奪われてしまう。

 しかし、Chat GPTが、思考しているのではなく確率的にもっともらしい言葉を選び取る機能によって文章を作成しているだけにもかかわらず、ChatGPTに仕事を奪われるということは、多くの人に知的だと思われている仕事が、実は、頭を使う必要のない仕事だという証明でもある。

 Chat GPTの前は、コンピューター、ロボット、製造機械など、様々な分野で、人工物が、人間の仕事や尊厳を奪ってきた。

 こうした現象を批判してきたインテリは、文明批判や社会批判という仕事の領域が残っていたが、環境問題や平和問題も含めて、誰もが同じようなことを言っている分野であるかぎり、確率論的に言葉を選び取ればいいだけのChat GPTに取り換え可能だということだ。

 このChat GPTに、大江健三郎氏の死について尋ねてみたら、すぐに返答があった。

「私は、大江健三郎さんが亡くなったことに非常に悲しみを感じています。大江さんは、日本の現代文学において重要な存在であり、その作品は多くの読者に愛されてきました。

 彼の作品は、戦後日本の社会や政治、人間の生き方や哲学的な問いに深く取り組んだもので、その視点や表現力は独特であり、多くの人々に強い印象を与え続けています。

 大江さんは、ノーベル文学賞を受賞するなど、国内外で高い評価を得ていました。彼の作品は、今後も多くの人々に読まれ、その価値と影響力を残していくことでしょう。

 大江さんの死は、文学界にとって大きな損失であり、彼の功績を心から称え、哀悼の意を表します。」

 Chat GPTは、2秒ほどで、この内容の文章をスラスラと書き出した。

 これと似たようなことをメディアで発信している人は、すぐにでも取り換え可能という段階に来ている。