さきほど書いた問題にも通じることなのだが、アメリカで、トランプ前大統領が銃撃された。それを伝えるTBSの報道番組で、膳場貴子アナと、元外務省事務次官で立命館大学客員教授の藪中三十二氏のやりとりで、この事件が、「大統領選挙に有利になる可能性がある」とか、「プラスのアピールになりかねない」などのやりとりがあったようで、このことに対して、不謹慎だと批判の声があがっている。
この銃撃に第三者が巻き込まれて死亡しており、トランプ氏自身も、耳を銃弾で撃ち抜かれ、ほんの数センチ横にズレていれば命はなかったわけで、自分の身に置き換えたら、その恐怖は計り知れない。
これはけっこう生々しい事態なのだが、こういう時に、「選挙のプラスにアピールになりかねない」という言葉が軽々と出てしまうというのは、一種の職業病なのだろう、感覚が麻痺してしまっている。
日頃から、情報を伝える仕事が、断片的に情報を伝えるだけの作業になっており、だから、シリアスな問題に対して深刻そうな顔でコメントした後、すぐに爽やかな顔に変わって、「次は、スポーツです。今日の大谷選手は、いかがだったでしょうか?」と切り替わってしまう。
そうしたメディアの影響もあって、今日の社会では、知るということが単なる情報処理でしかなくなっているが、日本の学校教育じたいが、「知る」ことを頭の中に情報をインプットすることとみなして、そのインプットの正確さや量の多さをテストによって判断し、その結果を、人間の優劣を計る尺度にしてしまっているところに、根本的な問題が横たわっている。
情報処理において人間を凌駕するAIの時代となり、これまでの教育や社会の情報処理に慣れてしまった弊害に苦しめられる人が増大するだろう。
社会問題や国際問題をテーマにしたイベントや情報発信においても、できるだけ楽しく人が集まりやすい場づくりをして、「どんな形でも、知ってもらうことが大事だから」という声をよく聞く。
でも、本当に、それでいいのだろうか?
もし自分が深刻な病や家族の問題などで苦しんでいる時、「あなたのこと、飲み会の時に聞いたよ。大変ね、同情するわ。」とだけ言ったすぐその後に、隣の友人と声を立てて笑いながら会話に没頭したりする様を見ると、知ってもらうことが救いになるどころか、かえって寂しく辛い思いになるのではないだろうか。
現代人は、「知る」ということを、単に情報をキャッチするという意味で認識している。
しかし、「知」という漢字は、矢と口から成っているが、「矢」は、白川静さんの説によれば「誓う」という意味があり、口は、顔についている口ではなく、「さい」という神の言葉を受け止める容器である。
つまり、知るというのは、ある種の啓示を受けて突き動かされて、心に何かを誓うこととなる。知ったからにはどうするのかが大事なのだ。
「知る」ことを、そういう姿勢に昇華させるためには、自分の頭で考えるというプロセスがどうしても必要になる。それゆえ、情報を与えることは、同時に、情報の受け手が自分ごととしてじっくりと考えられるようにする配慮が必要になる。とくに、情報提供を仕事としている人で、その自覚がない者の言動は、信じるに値しない。
彼らは、深刻な顔をして社会問題について言及した後、爽やかな顔で、「次はコマーシャルです」と切り替えるが、太平洋戦争においても、教養人の顔を装って、国民をミスリードする報道を繰り返した。戦争の少し前には、平和運動で盛り上がっていたのだ。
今後、同じようなことが起きても、変わらず、そうなるだろう。
なぜなら、「大統領選挙に有利になる可能性がある」という言葉に象徴されているように、頭の中が、物事を有利か不利かという分別で判断する癖がついてしまっており、それは、自分の保身に関する思考判断にもつながるからだ。
平時においては、究極の選択は必要がないが、戦争というのは極限状態であり、その時に、その人の思考の癖があからさまになる。
日頃から自分の失敗を他人のせいにしたり、部下の手柄を自分のものにしたがる人は、戦争となれば、その傾向をいっそう強めるだろうし、情報を右から左に流すだけの人は、政府発表に対して何の批判精神ももたずに、むしろ迎合と便乗の色合いを強め、機械的に情報伝達を行う。
「知る」ことの本意は、自分の人生において、何かしらの啓示を受けること。
情報を得ても、これまでと同じ殻の中に閉じこもり、同じような考え方を繰り替えしているのであれば、何も知ったことにはならない。
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