日本三大秘境の一つと言われる宮崎県の椎葉村の夜神楽を明け方の5時半まで堪能して、少し仮眠をとった後、椎葉村の気になるところを探索してから夕方出発し、一挙に車を走らせ、深夜3時に京都に戻ってきた。
明日、東京に移動する。
神楽の世界に浸っていたのが昨日のこととは思えず、遠い過去のようでもあるし、今、まったく別の時間が始まったようにも感じる。
今回は、椎葉のなかでも、もっとも奥地にある向山地区の日添神楽を体験した。

同じ向山地区でも、向山日添、向山日当、尾前、尾手納の地区で、12月5日を皮切りに、週ごとに行われていくようだ。
15年くらい前、椎葉の夜神楽を体験したくて訪れたけれど、担い手の数が足りずに取りやめとなり、高千穂に移動して夜神楽を観たことがあった。
その時は、観光客用(外部からやってくる人たちに見せるもの)だったためか、あまり印象に残らなかった。
あれから月日が流れた。椎葉の夜神楽は、寂れていく一方なのかと残念に思っていたのだが、久しぶりの南九州の旅の最後に体験した向山日添の夜神楽は、想像を超えて素晴らしかった。
外の人からどう観られるかなどまったく意識せず、ただ一心に共同体の人々にとって大切なものを守り続けているという世界だった。
驚いたのは、会場内の人の数がとっても多くて、ストーブを設置していないのに熱気でムンムンしていること。高千穂の夜神楽の時、寒くて辛くて耐えがたかったので、ダウンを重ね着できるように複数枚、されに寝袋も用意したが、まったく必要なかった。外は氷点下の世界なのに。
そして、子供がとても多い。しかも、小さな子供も含めて深夜3時を過ぎても元気にしている。
地元の人に話を聞くと、向山日添の神楽は、地元に残り続けている人だけで執り行われている。
他の地域で暮らしていて、神楽の時だけ帰省するのではなく、全員が、地元で仕事をしている。そして舞の練習を重ねている。
地方から仕事がなくなっているのではと聞いたところ、逆で、山関係の仕事などは人の手が足りないそうだ。
大人が外に出ていかないから子供もたくさんいる。そして、子供達も神楽を演じるので、それをとても楽しみにしている。でも、本番前はとても緊張しているらしい。
向山日添の神楽のハイライトは、タジカラヲの一人舞。これは、白鳥神社の太夫の一子相伝の舞。
太夫は、宮司ではなく、各地区に「太夫」がいて、総括しているのが宮司ということらしい。
日本の神社は、明治維新によって、それまでの社家制度が廃止されてしまったが、椎葉の向日山は、明治以降も、それまでの宮司家、太夫家が継承しているようだ。
太夫は、祝詞、祭文、御幣などの様々な知識・技術を習得し管理し、 師匠から弟子に伝授されていくので、日本の神道の本質を後世へと伝えていく大切な役割を担っている。
そして、太夫が、タジカラヲを舞い始めた瞬間、場の空気ががらりと変わった。風が起きたと、私はリアルに感じた。観ている集落の人たちの緊張感、真剣度が他とはまるで異なる。
全国的に天岩戸伝説をもとにした神楽は多いので、タジカラヲの舞いは、珍しくはない。
しかし、向山日添の神楽は、そのほとんどが、神の降臨を願う地上の舞いという印象で、天上の舞いという気配を漂わせているのは、タジカラヲの舞いだけだ。
天岩戸神話の他の神々は登場せず、なぜタジカラヲだけなのかという疑問が残るが、そうした疑問を必要としないほど、一つの舞いだけで、全てが示されているような感覚になる。
それはいったいなぜなのか?
タジカラヲというのは何なのかという、日本の歴史文化の本質に関わる問題が、ここに横たわっている。
タジカラヲというのは、記紀のなかでは、スサノオの狼藉のためにアマテラス大神が岩戸にこもってしまい、世界が闇に包まれた時、その岩戸を開いた神であることは、日本人なら誰でも知っている。
しかし、この神が、伊勢神宮の内宮でアマテラス大神とともに相殿神として祀られていることを知っている人は少ない。
相殿神は、神社の本殿で主祭神と共に祀られている神だが、タジカラヲがアマテラス大神を岩戸から出した神だからという説明で、伊勢神宮の相殿神である謎を片付けるのは単純すぎる。
なぜなら、天岩戸神話は、様々な神々の共同事業を示しているからだ。
タジカラヲが象徴しているのは、「扉を開く」こと。
それは、「神と人との世界の境界を開くこと」であり「神の力や恵みを招き入れる」ことであるが、さらに重要なことは、神聖な領域と俗世との境界を破ること。
私たちは、*神聖な空間(聖)と日常の空間(俗)を区別して生きている。
そして、日常の空間は、時間的に区切りがあり、常に移り変わる。それに対して神聖な空間は、時間の区切りがなく普遍的で、本質的なものだという感覚を私たちは持っている。
扉を閉じることとは、カテゴリーや専門の壁で分けてしまうことを意味する。そして、扉を閉じているがゆえに、永遠は隔てられて、俗世の、移り変わる価値観に支配される。
これは古代も現在も同じで、人間の分別は、こうした区切り(扉を閉める)を設けて、区切りの中に安住したがる癖がある。
「開く」ことは、そうした世俗的な区切りを越える行為であり、それによって俗世の時間の流れに変化が生じる。
これが再生であり、リセットであり、物事の起点だ。
マレビトを迎え入れることも、同じであり、日本人は、古代から、「開く」ことをしなければ、俗世の時間が硬直化して、そこから様々な歪みが生じることを知っていた。
開くことは、風を起こすことであり、それこそが「新しい時間」へと人々を導く。
岩戸(扉)を開くことで、神が持つ力(生命力、生産力)が解放され、それが人々の世界(俗世)に流れ込むことで、停滞した時間(闇に包まれる)から、活性化した時間(光)へと転換する。
だから、タジカラヲは大事なのだ。
タジカラヲを、怪力の神として扱い、そうしたステレオタイプの形式で処理してしまい。神楽などでも演じられることが多いが、向山日添の夜神楽におけるタジカラヲの舞は、それとはまったく別物で、まさに、「神と人との境界を開く」、一陣の風のような舞だった。だから、天岩戸神話の他の神々は必要なく、タジカラヲの舞だけで十分なのだ。
向山日添の夜神楽は、子供たちが深夜遅くまで元気に残り続けているように、時間の区切りを超えた世界であり、人と人とのあいだも濃密で、観る者と演じる者の境界がなく溶け合って、あちらこちらから、歌や威勢の良い掛け声が自然発生する。
神話では、岩戸の前でアメノウズメが舞った時に神々が大笑いしたためアマテラスが外のことを気にしたが、そういう笑いが、時々、生じていたのも印象的だった。
全体が、区切りのない心地よいカオス状態だったが、おそらく、この状態こそが、新しい時の起点であり、リセットであり、再生の時なのだろう。
世俗の時間の中で、何かしらのわだかまりや軋轢などが生じていたとしても、この場に集まって、神楽の舞に見惚れ、飲み、語り、笑い、次から次へと出てくるご馳走を食べているうちに、心に残っている塵芥は、溶け消えていくのだろう。
だから、大人も子供も、この時を楽しみにしている。
そして、朝まで心地よいカオスに浸り、翌日はぐっすりと寝て、その翌日から頑張れる元気を受け取るのだろう。
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