わかったつもりになるよりは

 

「最近の若者は新聞もろくに読まない・・・」と、言われるが、新聞もろくに読まないくらいの方が、ちょうど良いのではないか、と思う時がある。

 世界で何が起こっているのか、ということを、何となくであっても感じていることは大事だろうが、そういうものならばインターネットでウォッチできる。

 私が感じる新聞の問題はどこにあるかというと、安易すぎる解説にある。テレビのワイドショーなどの場合も、それ以上に安易な解説がまかり通っているが、新聞の方が何となく権威があって、まともに受け止められやすいというところに問題があるように思う。といって、新聞が嘘を書いていると言っているのではない。新聞は新聞なりの正義感で、事実をきっちりと把握して発表しようとしているだろう。

 私が問題だと思うのは、その事実分析を発表する時、どうしてもわかりやすい因果関係ばかりに目がいき、わかりにくい因果関係の方が無視されることだ。もしかしたら、わかりにくい因果関係の方に大事なことがあるかもしれないのに、そのことがまったく配慮されず、わかりやすい因果関係だけが伝えられ、それを読む側が、そのわかりやすい因果関係だけで、ものごとをわかったつもりになってしまう。わかっていないのにわかったつもりになるくらいなら、わからないという状態に自覚的である方がましだと思う。

 今朝の新聞で、トヨタが自動車業界で世界一の企業になったことが報道されていた。

 そして、その理由として、「円安」効果をはじめ、わかりやすい因果関係が論じられていた。

 トヨタといえば、1998年、格付け会社ムーディーズが、トヨタの終身雇用が経営の足枷になるという理由で、格付け評価をトリプルAから1ランク引き下げたことが思い出される。

 格付けというのは、企業の将来の信用度をはかるもので、格付け会社が様々な角度から経営分析して段階評価し、その値を、投資家が債権への投資を行ううえで判断材料をするものだ。だから、格付けが下がると、資金調達が不利になり、株価が下がるというデメリットがある。

 1998年当時でもトヨタは世界的に超優良企業だったけれど、ムーディーズは、「終身雇用」が将来の経営の足枷になると、かってに決めつけた。そして新聞もその内容を一斉に報道した。

 当時も今も、トヨタトヨタらしさがどこにあるかというと、バブル崩壊後、自分たちの経営方法に自信を無くした多くの日本企業が流行のアメリカ式経営になびいていった時に、頑として自らが積み重ねてきた経営手法を曲げなかったところにある。

 多くの企業は、アメリカ式をとりいれるために、アメリカの大学でMBAを取得しただけの経営素人を積極的に経営陣に迎え入れて、アメリカ流をやろうとした。そのアメリカ流を、グローバルスタンダードにしたいアメリカの政界・経済界にとって望ましいその流れは、アメリカを潤わせた。しかし、付焼刃的な経営手法でうまくいく筈がなく、流行の経営をとりいれた日本企業や経営評論家は、一時的にマスコミでもてはやされたが、あっという間にメッキが剥げてしまった。

 トヨタには、トヨタなりの摂理として終身雇用があり、それによって、外の人間にはなかなかわからないパワーが生みだされている。トヨタがうまくいっているからという理由で、他の会社もうまくいくとはかぎらない。それは企業文化であり、遺伝子のようなものだからだ。

 けっきょく、1998年のムーディーズの格付けは、何の意味もなかった。その後も、トヨタは順調に業績を伸ばしたため、しかたなくムーディーズは、5年後の2003年に、トヨタの評価を、元に戻して引き上げた。「終身雇用」を理由としてトヨタの格付けを引き下げたのに、格付けを最高ランクに引きあげる際、なぜトヨタの「終身雇用」が将来の経営に支障がないかを説明しなかった。これはとても矛盾した態度だ。

 企業を格付けする「格付け会社」の信用度に問題があるともいえるが、この問題はもう少し根深いところにあると思う。

 つまり、格付けをするアナリストが、いったいどういう種類の人たちなのかということだ。そして、アナリストの特性が、もしかしたら新聞と共通するところがあるのではないかということだ。

 アナリストのほとんどが、自らが会社を経営したことのある人ではない。彼らは、本で学び、企業の資料を分析して、因果関係を見つける。こうして見つけだされる因果関係は、出来事と原因の間を直接的に結びつけるものが必然的に多くなる。

 終身雇用→人件費の高騰→経営圧迫。円安→輸出好調→業績向上 等々。そして、この→の数を増やすことが、分析の深さになり、説得力の強さになる。だから、「→」が増えれば増えるほど、わかったつもりになりやすい。机上の勉強好きの人ほど、この「→」を増やすことに熱中し、わかったつもりになる度合いを深めるだろう。

 しかし問題は、この直接的因果関係の「→」は、論理的に説明できることに限定されることだ。

 論理的に説明できない「現場の空気」のようなものは、そこに入ってこない。直接的因果関係の「→」を無数に積み重ねて出た答えが、「現場の空気」一つで、まったく逆の答えになることがあるということを知っておかねばならないだろう。

 トヨタが、自動車産業で世界一になったという事実は、知っておいて悪いことではない。しかし、円高がどうのこうの、といった安易な解説はいらないだろう。あれだけ巨大な企業になってしまうと、もはや巨大な生命体に等しい。そして、生命体は、単純な論理で生きているのではなく、それぞれの複雑微妙な摂理に基づいて自律的に生きている。その自律性は、そのなかにいるものしかわかりようがない様々な機微によって支えられている。

 それらの機微は、論理では捉えられないものであり、機微を機微そのものとして感受し、その得体の知れないものの凄みを自分ごととして受け止めたうえで、自分の自分ならではの自律性をいかにして好転させていくかを考えて実行していくしかないのではないかと思う。  


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