第1065回 白川郷の伝統的家屋ー自然に対する敬虔さが反映された形

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雨の白川郷へ。台風が近づいていたので観光客は少ないと思っていたけれど、予想に反して、観光バスが何台も乗り付け、外国人で溢れていた。しかし、ピンホールカメラで長時間露光すると、動いている人は写らないので、昔のような静けさが念写される。
 白川郷の伝統的住居は、しみじみと美しい。無駄がなく、奇をてらってもいない。
 周りの風景にしっとりと溶け込んで、その存在が風景を乱すことがない。人間の知恵というのは、本物の個性というのは、たぶんこういうものであるのだろう。

 茅葺の屋根の勾配は、かなり急であるが、どの家も同じ角度で、方向も同じであり、積雪や日照や風の対して、計算し尽くされたものであろうことは容易に察しがつく。またそこまで徹底する必要があるほど、自然環境が過酷であるということも想像できる。

 実際に、この辺りでは、冬から春にかけて、平均20メートル以上の風が川沿いに吹き抜け、風速が40mにも達することが頻繁にあるという。そのため、屋根の方向を風に逆らわないように分ける必要がある。しかも、冬の間、4メートルにも達する雪が降るので、屋根に雪が積もらないように、積もってもすぐに溶けるように、急な角度で、東西に面して屋根が作られている。そのように自然環境と切磋琢磨する厳しい必然性が、長い歳月のあいだに一貫した形を作り上げ、その磨き抜かれた合理性が、いつしか美しい風情を醸し出す姿となる。

 人間が他の動物と異なるところは、環境を自分の思い通りに操作しようとする傲慢な気持ちを持つところであるが、同時に、環境に揉まれれば揉まれるほど、暮らしに磨きをかけていって、適応の術を作り出すこともできる。極寒の極北地方、灼熱の砂漠地方、また高山や熱帯雨林など、きわめて過酷な環境において、人類がしたたかに生き抜いてきたのは、自然の前に謙虚な心構えで対応しようとする適応力によるものなのだ。

 人間は、他の動物のように厚い毛皮もないし、冬のあいだ、仮死状態になって眠ることもできない。常に、弱い身体を外部環境に晒したまま、おろおろと生き続けなければならない。しかし、人間は、もって生まれた遺伝情報だけに頼らず、脳を働かせて、暮らしの形態を変化させることができる。

 ただし、その脳機能は、際限なく巨大化し、周りとのバランスを無視し、自己目的のためだけに力を発揮しようとする弊害もある。そうした脳の性質に対して、人間は、注意深くあらねばならない。

 人間にとって最も大事なことは、自らの脳力の使い道を知ることなのだ。

 白川郷の伝統的住居の、手を合わせたような屋根の形は、人間が長い歳月をかけて環境との対話を重ね、少しずつ修正しながら定まったものであり、その環境に対する敬虔さが、心に響いてくる。
 それに比べて、人間の都合だけで作り上げている現代社会の様々な物は、人間の刹那的な欲望を刺激するが、すぐに飽きられてしまい、捨てられてしまう。自然の摂理に即していないために、自然環境を損なう原因となる。
 そんな虚しいものを、現代人は、美しいとか、カッコいいと思っている。
 コマーシャルも、ファッションアートも、人の消費意欲を刺激することばかりに忙しく、人間が自分の都合に合わせて世界をコントロールできるように錯覚させるが、今回の台風のように、自然の底力は、人間に己の小ささを思い知らさせる。
 自然に逆らわずに、自然に即して生きることが、もっとも理にかなった生き方であると、昔の日本人は理解していた。
 簡単には戻れないけれど、そういう生き方や暮らし方を古臭いと忌避するのではなく、地道なことではあるけれど、その立派さを次の時代に伝えていく努力の積み重ねが、いつの日か、人間の誤った生き方の転換につながる指標になるのかもしれない。

 

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第1064回 表現者の仕事の”速さ”について

 

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(撮影:中野正貴

https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3612.htm

  私がこれまで一緒に仕事をした写真家の撮影現場の中で、もっとも”速さ”を感じたのは、中野正貴さんだ。
 私は、中野さんと組んで、いつまでも記憶に残る驚くべき速い仕事を実現したことがある。
それは、漁船などの冷凍技術で世界ナンバーワンのシェアを誇る老舗企業の仕事だった。その会社は、これまで長い歴史の中で、会社案内とか会社を紹介する映像を作ってこなかった。その理由は、冷蔵庫などの消費財と違い、何十年も使う巨大冷凍庫を作る技術はとても繊細で、まさに匠の知恵と経験と技術が必要なため、形式知にすると大事なところが削がれてしまう。だから、暗黙知でそれを共有するという伝統を維持していたからだ。
 しかし会長がかなり高齢となり、暗黙知形式知にせざるを得ないという状況で、経済系の大手出版社や広告代理店に声をかけてコンペをすることになった。そして、風の旅人の縁で、なぜか出版界で異分子の私にも声がかかった。私は、その話がくるまでその会社のことをよく知らなかったが、オリエンテーションの日、本社ビルの一階に飾られていた冷凍設備の心臓部で空気を極限まで圧縮するたスクリューの美しさに目を奪われた。それは、まるで日本刀のような美しさだった。その強烈な印象があったので、会長や常務たちがズラリと並ぶオリエンテーションの席で、本当は会社側から説明を受けるだけの場なのに、スクリューを見て感じたことや、会社の本質をその部分から伝えていくべきだということを熱く語った。そして、10日後くらいに企画案をプレゼンすることになっていたが、その会社の内実もまったく知らずに企画案は作れないので、会社の心臓部にあたる一番大事な工場をロケハンさせてくれとお願いした。
 その強引な依頼がなぜか受け入れられて、私は、写真家の中野正貴さんに声をかけてロケハンのために工場に行った。すると、驚いたことに、工場の一担当者ではなく、常務取締役や工場長が待ち構えていた。万全の状態でロケハンができるよう会長から命じられたそうだ。そして、コンペなのに、すでに仕事は私に発注されることに決まっていたらしい。
 そこからの中野さんが見事だった。広大な工場で、色々な現場に色々な職人さん達がいて、彼らの仕事の邪魔をするわけにはいかない。
 中野さんは、職人の仕事の流れを止めることなく、かといって距離を置くわけでもなく、絶妙な間合いで距離を詰めて、次々と異なる現場を撮影していった。たった1日で、工場のほとんど全てを撮ってしまった。しかも、その写真がよかった。ロケハンのつもりで行った一回の撮影が、本番のものになって、その1日で撮った写真だけで、会社案内の多くのページで使えるものとなった。会社案内は、映像にもなり、国際企業なので、中国語や英語やスペイン語にもなった。 
 私も、若い時に広告会社と仕事をしたことがあるが、撮影の前にロケハンをして撮影カットを絵コンテにして担当者と打ち合わせをしたりと、現場の撮影というのは失敗が許されないから、事前の根回しや準備の時間が膨大にかかる。しかも、大企業となると、各セクションの調整もあって大変な作業だ。たった一回のオリエンと、たった一回のロケハンで、映像の部分は、ほとんどクリアしてしまうというのは、普通はあり得ない。(もちろん、暗黙知形式知にするための文章の部分は、その後、簡単に一回で終わるということにはならなかったが。)
 とにかく、中野さんは、あまりシャッターを切れない8×10の大型フィルムでの撮影も手慣れていて、その準備の速さや、場所決めの速さ、照明の設置や角度決めの速さ、露光の読み取りの速さ、私は、いつもその仕事ぶりを見惚れるように見ていた。
 20代の頃、広告会社の仕事で、ものすごく遅いカメラマンと仕事を組まされたことが何度もあったので、その違いは歴然だった。時間をかければ熟成されるものもあるけれど、鮮度が大事なものは、速さが大事。時間をかければかけるほど濁ってしまって、絶妙なる調和と、遠くなってしまう。
 中野さんの仕事の速さは、一瞬の中に、一挙に同時性を実現してしまう速さにある。つまり、一見、異なるような物が同じ画面のなかで絶妙に均衡を保って存在し、それぞれがそれぞれの持ち味を引き出すような写真が、一瞬にして撮れてしまう。
 そういう同時性を撮るというのは、たまたまその瞬間に立ち会うということではない。異なる物は、それぞれズレた時間の中に存在しているのだけれど、それぞれの動きが重なり合う瞬間があって、中野さんは、その瞬間を読んでいる。つまり、一つのことを凝視しているように見えていても、異なるものの動きも見えていて、それが一つのフレームの中に重なってくるタイミングを計っている。そしてシャッターを切る。
 たとえば職人の写真を撮る時、職人のすばらしい表情や目線だけに注意を払って撮られた良い写真と、職人と道具の動きや火花の動きなど他の動きが絶妙に重なって撮られた写真の素晴らしさとの違いだ。もちろん、時間をかけて何回もシャッターを押していれば、たまたまタイミングが合った写真が撮れることもある。しかし、中野さんは、短い時間の数枚のシャッターだけでそれを実現する。その速さを実現する読みと、対象および周辺物との間合いを心得ているのだろうと思う。

 写真家の仕事の”速さ”といえば、鬼海弘雄さんも、速かった。

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https://kazesaeki.wixsite.com/tokyoview
 鬼海さんは、「Persona」にしても、「Tokyo view」にしても、30年も40年もかけた仕事を続けているから、仕事が遅いなどと思っている人がいたら大間違い。何十年もかけているのは、同じテーマを根気よく追求し、かつ、シャッターを切らない時間が長いだけだからだ。それは、写真に対する鬼海さんの誠実な態度ゆえのことである。
 でも、実際に撮影する時は、とても速い。そして、絶妙である。鬼海さんとは、北星余市高校という風変わりな学校の学校案内の制作で、全国の卒業生を訪ね歩いてインタビューをした時、彼らを撮影してもらった。
 北海道とか京都とか大阪とか東京とか、それぞれ異なる土地の特徴をどのように肖像画に取り入れるのか。
 当然ながら、観光アイコンのようなものを背景に入れたりはしない。
 少し話をして、少し歩いて、場所を決めて、ぱっと撮るのだけれど、撮られた写真の表情と背景が作り出す空気が絶妙で、北の国に来たなあとか、古都に来ているなあという詩情が、抽象的だけれど、なんとなく伝わってくるのが面白い。
 まあ、そんな場所のことはどうでもいいのだけれど、なにか、そういうものを想像させる写真の力がある。
 絵のような写真、とか、写真のような絵という褒め方がある。
 写真のような絵というのは、ただ精密極まりないだけの何の息吹きも感じられない具象画で、絵のような写真というのは、わざとぼかして雰囲気を強調したり、色を装飾的に加工したりの思わせぶりな写真。絵のような写真なら、絵の方が、修練が必要なのですごい。写真のような絵なら、単なる技術のアピールでしかない。
 なので、絵なら絵しかできないこと、写真なら写真にしかできないことを目指した方がいい。
 鬼海弘雄さんの写真や、さきほど書いた中野正貴さんの写真は、写真にしかできない写真。こういう人の仕事を尊敬して目指している若い写真家や写真家志望の人は、人柄も誠実で、いい仕事をしていることが多い。たぶん、自分のことをアーティストなどと言わない。ただ黙々と、自分が大切だと思うことをやり続けようとする仕事人だ。

 そうでないのは、なんか、表現者とかアーティストぶって、そのアウトプットも、その場限りの付け焼き刃的な印象があり、ただカッコつけているだけだなあと感じるケースが多い。

 そして、絵画の領域で、”速さ”の重要さを体現しているのが、阿部智幸さんだ。

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(念のために、これは写真ではなく、水彩画です。作:阿部智幸)

https://www.abety-art.com/exhibition-1/

 阿部さんの水彩画の魅力は、優れたテクニックによる風景の再現性にあることは間違いないのだけれど、単に精密に描けているというより、絵の中に流れている時間、移ろっていく時間が感じられるように描かれているところにあると思う。そこに単なる写実を超えた詩情がある。
 たぶん、阿部さんにも画家として絵にしようと決める瞬間があるのだろうけれど、その瞬間は、はかなく揺れ動くような瞬間が多いように感じられる。同じ場所でも、光の加減で、次の瞬間、二度と同じ瞬間がない瞬間。
 阿部さんは、これだけの精密な絵を、あまり時間をかけずに描き切ってしまうという。水彩画の特質として、色が混ざると濁っていくので。
 その速さが、時間のはかなさを表現するうえで、重要なファクターなのだと思う。
 そして、この心得は、昨日、話をした前田英樹さんが説く新陰流の「剣の法」にも通じる気がする。
 この場合の”速さ”というのは、100mを何秒で走るとか、西部劇でどちらが速く拳銃を抜くかといった、強引な力によって相手に勝って自らを誇るという類の、自分のすごさを主張し、かつ、相手のレベルやその時のコンディションの影響を受けて負ける可能性があるという単純な競争原理の中の速い、遅いの問題ではない。
 前田さんの説明では、新陰流の原理は、相手の動きを「陽」とし、自分の動きを、相手のなかに入り込む「陰」とし、「陽」の動きが、「陰」の顕れを引き出すという自然の極意とともにある。そして二つが連動して一挙になされるのだけれど、その二つの動きの間にわずかなずれを作り、その接点において、自然に、なんの力みも歪みもなく、ただちに次の動きに変化できる状態で、相手を捉える。そういう太刀筋を会得するための稽古がある。
 その稽古を繰り返し習えば、そうした原理のなかに、いつか我知らず参入する。

 ということである。
 晩年の宮本武蔵の描いた絵にも、これと同じ速さがある。
 その速さは、徹底して反発の原理を消した間合いから生じ、一挙に異なるものを融合させる、真っ直ぐの動きの賜物である。
 二つのあいだの対立と摩擦を煽るような表現が多い世の中だが、反発の原理から解かれて一つになる至高の法を、かつての日本の求道者たち
は会得していた。その法を取り戻す努力を重ねている表現者にこそ、未来を託したい。 

 

 

 
 

第1063回 時間の流れ

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http://www.bitters.co.jp/satantango/


 タルベーラ監督の『サタンタンゴ』について、さらに重要なポイントについて、考えてみたい。

 7時間を超えるこの映画を構成している僅か150カットの長回しのシーンの一つひとつ。5分を超える長回しの撮影のあいだ、カメラは固定されておらず、動き続けているのだが、この長回しの時間の心地よさにどっぷりと浸っていると、カットが切り替わる瞬間、突如、世界が寸断されたような違和感を感じる。

 カットチェンジが当たり前の映画を観ている時には得られない違和感だ。

 流れている時間が止められてしまうと、そこで息づいていたものが、世界から切り離されてしまうような感覚になる。

 この流れ続ける時間の中への没入は、映画の最初のシーンから始まる。

 ハンガリーの大地、牛たちがゾロゾロと小屋から出てきて、それをロングショットで観続ける。牛が相手だから、おそらく演出の手が入ってはいないだろう、牛たちは、めいめい草を食んだり、交尾をしたり、自由に振舞っている。そしてまた移動していく。カメラがそのまま横に横にズレていき、しばらく建物の壁だけを映し出しているが、壁が途切れたところで再び、牛がカメラの視点の中に入ってくる。観察していない時も、牛の時間は変わらず流れ続けていることが感じられる。その後、牛たちは、向こう側へゆったりと遠ざかっていく。

 カットチェンジでその存在が消されるのではなく、カメラの視点から消えても、牛たちの時間は、永遠にあり続けることが予感できる。

 こうした時間が、7時間を超える映画全体に流れ続けている。

 今から120年前、フランスのリュミエール兄弟が創造した世界初の映画は、駅のプラットホームに蒸気機関車がやってくる情景をワンショットで撮したものだった。

 静止画では伝わらなかった時間の動きが、眼前の蒸気機関車を通して大迫力で捉えられた。それが初めての映画体験だった。

 静止画にはない映画の力は、そこにあった。映画のワンショットの中では、決して時間は逆戻りできない。

 しかし、映画のテクニックは多彩になり、編集技術も発達し、無数のカットが上手につなげられて、映画は、恣意的に時間を操作したものを楽しむものになっていった。

 静止画像を編集したスライドショーに、音楽とナレーションをかぶせて同様の効果を作り出すことも可能だ。

 映画は、20世紀が生み出した芸術表現であり、おそらく、20世紀の芸術家でもっとも尊敬され注目を集める表現者であったと言ってもいいだろう。画家や音楽家や小説家よりも、映画監督の方が世間ではよく知られている。

 映画は、20世紀文明の利点と欠点をもっとも併せ持った表現なのかもしれない。

 タルベーラ監督は、誠実なる映画表現者として、今日の映画の問題点も強く意識していたと思われる。

 タルベーラ監督は、インタビューの中で、最近、作られる映画は、アクションとカットの繰り返しで物語の構造が一直線で語られていることが多いように見受けられます。収益のため、市場のために作った作品でないのなら、人生というものは何かというものを見せたいのです。そのためには自然や空間や時間というものをしっかりと捉えなければならない。その結果、7時間以上の作品になったわけです。そもそも、映画は1時間半くらいの尺だと誰が言ったのでしょう?と答えている。

 映画館での興行のことを考えると、2時間くらいの長さがちょうどいい。その2時間を使って、あらかじめ準備した物語にそって、必要なカットを揃えていく。終わり方は決まっている。だから、時間は、最初から最後まで、一直線に積み重ねられていく。

 このような映画の作り方は、無意識のうちに私たちの時間観、世界観、人生観に影響を与えているかもしれない。

 人生もまた、70年とか80年とかの枠のなかで、ラストに向かって、最初に決められた計画にそって積み重ねられていく。途中、劇的で盛り上がるシーンも欲しいし、随所に楽しめる効果的な演出も必要。そのすべてが虚構とわかっていても、時間を楽しんで消費できればそれでいいという人生観。

 また、タルベーラ監督は、「サタンタンゴ」の映画のなか、人々が酒場で踊るシーンでは、「演者たちに実際に酒を飲んでもらい、みんな酔っ払いに近い状態で自由にやってもらった。自分で演出するより100%よかったと確信している」とも言っている。 このシーンは、とてつもない長回しであり、自由にやっていることで、次第に無秩序になっている状況が、自然に撮られている。

 短い時間のカットチェンジで同じことを演出しようとすると、わざとらしくなるに違いない。 サタンタンゴの中の牛や馬や豚などの動物たちのシーンも同じで、演出のない動きは、長回しの時間のなかでこそ、ある種の必然性に導かれていく。

 人間も含めた生物は、管理されなくても、ホメオスタシス(恒常性維持機能)によって、なるべくしてなるようにできており、それが自然界の姿なのだ。 こうした自然から人間を引き離していったのが20世紀文明であり、20世紀を代表する表現である映画は、感性面において、その推進役になってしまった。不自然であることを不自然であると感じさせないように、人間の感性を導いていく手助けをしてしまった。

  映画表現を心から愛し、映画表現の可能性を信じ、映画表現に対して常に誠実にあり続ける映画監督なら、今日の映画のこのような状況に胸を痛めない筈はない。 タルベーラ監督の凄さは、自分の作品において、その思いを見事に昇華させていることだ。映画という巨額のお金と大勢の人々の協力が必要な表現で、この世知辛い世の中、それを可能にしているのは奇跡のように感じられる。

  時間は、大きな川の流れのように蛇行しながら不可逆的に進むものであり、スタートからゴールまで一直線上に存在していて、その中身を好き勝手に編集できるといったものではない。 そして、その川の流れにそって様々な風景があり、空間がある。 「サタンタンゴ」は、その長さといい、長回しの撮影といい、この映画の体験者は、時間というものを意識せざるを得ないし、時間と向き合わざるを得ない。 

 そして、サタンタンゴは、西洋世界の根底に流れるキリスト教思想の世紀末の気配が濃厚な映画でもある。 人間は、行き詰まりにきている。その感覚は、実際にその状況を変えるために行動している人も、何もしようとしていない人も、共有しているものだろう。 そして、その行き詰まりの原因を、環境問題や政治問題という自分の外部に求める人も多い。 しかし、自分の外部における闘いは、政治の分野の仕事であり、芸術表現は、自分に引き寄せて深く感じ、深く考えるところに本分がある。

 人生の問題も、環境の問題も、そして自由の問題も、自分の世界認識の仕方と大きく関わっている。そして、その世界認識は、時間認識と切り離すことはできない。

  タルベーラ監督は、長回しのショットは、人生について何かを語ろうとするときに、より完璧なものに近づくことができる方法だと思っています」と語っている。

 リュミエール兄弟が、スクリーンに短時間ながらも時間の動きを出現させ、人々を驚かせてから120年が経つ。

 映画は、その始まりから、時間の問題を哲学的に意識せざるを得ない表現だった。それは、他の表現方法にはないものであり、だとすれば、映画表現が花開いた20世紀という時代も、時間認識の在り方が、問題の根っこに横たわっている可能性がある。

 三世代後の子孫のために樹木を植えることが、当たり前の感覚でなくなった20世紀の人類社会。ここにも時間の問題が関わっている。

 タルベーラ監督の「サタンタンゴ」は、人間によって操作されていない本来の時間の流れへと観る人を深く誘いながら、その時間の中で牛や馬と同じように生命を帯びる人間の息遣いを伝え、同時に、その生命の摂理を阻害する横暴な力の存在を、静かに、哀しく暗示している映画だ。

第1062回 それぞれの世紀末 

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http://www.bitters.co.jp/satantango/


 タルベーラ監督の『サタンタンゴ」。7時間18分という驚くべき長さを誇る映画だが、カット数は、わずか150カット。

 ハリウッド映画を見習ったような俳優の動きで物語を作り出していくようなタイプの映画は、2時間たらずで、1000から3000カットになるが、それらとは比べものにならないタルベーラ監督の濃密な映像世界。

 撮影を途切れさせずにカメラを回し続ける長回しの撮影方法を主体にした映画は、偶然性がもたらす面白みを強調する狙いのものがあるが、タルベーラ監督の狙いは、そうした賢しらなものではない。

 タルベーラ監督の映画には、超越者の目で、人類世界を観察しているといっても過言ではない厳密さがある。

 ハンガリーのある村。降り続く雨と泥に覆われ、沈鬱な村の中で、男2人が村人たちの貯金を持ち逃げする計画を企てている。その話を、男の女房の不倫相手が盗み聞きし、自分もその話に乗ることを持ちかける。

 希望が失われた狭い村の中で、姦淫や酒宴などが繰り返され、その様相は、黙示録の中のソドムとゴモラを連想させる。

 そうした村人たちの有様を、身体を動かすだけでも大変な太っちょのドクターが家の窓から、酒を飲みながら観察し続けている。深刻な生活習慣病であるに違いないドクターを、村人たちは、先は長くない命と観ている。

 狭いところに閉じ込められた村人たちの酒池肉林の喧騒の渦のなか、涼しい目をした1人の少女が、世の中にやりきれないものを感じている。そして、天使の迎えを信じて、猫に飲ませた猫いらずを自分も飲んで自死する。

 その時、村に、死んだはずの男が帰ってくる。

 偽キリストのような風貌のその男の演説に、簡単に引き込まれる村人たち。

 他に何も劇的な転換が起こらないという閉塞感と絶望感のなかにいる村人たちは、おそらく、かつてその男に、うまい話を持ちかけられ、疚しい気持ちとともに、それなりに美味しい味をしめていたにちがいない。彼らは、その救世主のような若い指導者を恐れながらも、何かを期待している。

 そして、村人たちは、その男の流暢な言葉による罪と罰、改心、救済の話を聞き、催眠術にかけられたように、新しい夢物語のために、なけなしのお金を出し合って、新天地を目指して、凍えそうな大地を移動していく。あたかも聖書のなかのエクソダス出エジプト記)のように。

 しかし、廃墟のような洋館で雨と寒さに一晩耐えた後、焦らされたあげく、ようやく彼らの指導者がやってくる。そして、村人たちの期待を打ち砕く。エデンの園のような素晴らしい農園を築く夢の実現のために、少し我慢しなければならないんだと指導者に諭され、村人たちは、少し抵抗したものの素直に従い、再び、夢の中のエデンの園を離れ、街に出て、洗濯屋や肉屋など、あらかじめ決められ、指示された役割の仕事につく。彼らは、管理された仕事の中で、真面目に働かされるのだ。どうやら、偽救世主の背後には、今日の日本社会にも見られるように、正規であれ非正規であれ労働者として働くことがマトモで、それが国の発展につながるという思想の権力機構が関与している。

 夢というのは、彼らを操る餌でしかない。

 村人たちは、復活した偽キリストのような死んだはずの男に、夢物語で操られる。おそらく、以前にも同じようなことがあった。

 何度、騙されようとも、どん詰まりのなかで、夢物語だけが、支えなのだ。

 いったい地獄とは、どの局面のことをいうのか。

 日本社会においても、朝から晩まで奴隷のようにこき使われて働かされ、自分はロクなものを食べていなくても、マイホームや、子供達の出世を夢として思い描くことができるからこそ、頑張ることができる。それを、救いがない人生と捉えるかどうかは、その人次第だ。

 れいわ新撰組山本太郎代表は、自分はこの地獄のような世の中作った側」と言っているけれど、日本社会における地獄とは、タルベーラ監督の「サタンタンゴ」つまり、悪魔のタンゴのなかの、寂れた田舎での生活のことか、街に出て決められた役割の仕事を繰り返すことか。

 幸も不幸もその人の意識の持ち方次第なのだけれど、タルベーラ監督の映画は、美しい悲劇であり、人類の宿命としての悲劇を受け入れるために、壮大なまでに美しく描かれている。できるだけ恣意性を入れずに、ありのままを伝えようとして、ロングショットで、長回しをしても救いは幻想のようにしか感じられず、その悲しい現実から逃れるためには、世界を直視する観察の目を閉じるしかないのだろうか。

 キリスト教世界の思想を持たない日本人である私は、まずは、タルベーラ監督の世界認識の厳しさに圧倒される。そして、その世界認識に対する誠実さ、賢しらなごまかしなど一点もない真摯さに心打たれる。そして、だからこそ立ち上がってくる美に引き込まれる。

 数日前、たまたまテレビのチャンネルをつけたら日本の女性写真家が作った映画が放映されていて、5分ほど観たが、その絵作りのあざとさ、浅はかさ、汚さに唖然とした。色使いだけ派手に演出しているが、どの部分をとってもごまかしでしかない。役者の表情作りも、役者が演じているということが、あからさまに感じられる。

 タルベーラ監督の映画に没入すると、画面の中に存在する人が役者であるという認識が消える。顔面のクローズアップを、360度ぐるりと長回しのカメラで捕らえ続けているシーンがあるが、その時間に耐えられる役者は、もはや役者ではなく、実存そのものである。

 比較するのは気の毒だが、その日本の女性写真家が映画監督として持ち上げられる日本の映画産業は、もう表現においては、堕落の一方としか言いようがない。 

 日本人には、タルベーラ監督が描くような終末世界は描けない。描く必要はないが、だからといって、表現者自身が、ソドムとゴモラや、エクソダスの中で右往左往する人々の一部になっているという現象は悲しい。

 タルベーラ監督の描く黙示の世界は圧倒的にすごい。そして、このサタンタンゴは,

キリスト教世界を背後に持つ西洋人の究極的到達点の一つだと思う。

 この表現は、とてつもなく深く壮大ではあるけれど、それでも、西洋的世界観の限界があるとも思う。映画を観終わってからも、ずっとそのことを思っていた。

 どん詰まりの行き止まりのなかで、バタバタと救世主の到来を待つか、静かに救世主の到来を待つか、どちらしかないのか。

 同じような、混沌とした世界のなかで、生きることに翻弄されながら、そして何も劇的な転換が起こらなくても、そんなことは期待せず、達観したような静かな美しさの中で生きるという世界観があり、それを、優れた日本の表現者が行っている。

 写真でいえば、鬼海弘雄さんの「アナトリア」や「インド」や「ペルソナ」があるし、映画だと、小栗康平さんの「眠る男」がある。

 小栗さんの「眠る男」や、鬼海さんが撮った「アナトリア」や「インド」は、風景や人物の捉え方はタルベーラに近いものがあるけれど、終末観の気配すらなく、人間は、古代からずっとこうだったという普遍性の肯定感が漂う。

 タルベーラ監督は、ギリシャの映画監督、テオ・アンゲロプロスとともに、20世紀が生んだ至高の表現者であることは間違いなく、心から尊敬するが、彼らを賞賛しているだけでは、明治維新の頃から続く西洋コンプレックスと大して変わらない。

 キリスト教世界の縛りがない自由さのなかの世界表現というものがあるはずで、日本の表現者の中にも、歴史を辿ればその実践者はいるのだ。

 タルベーラの表現の凄さと程遠いところで安住し、私は私の道を行くというナイーブな自己顕示欲で、賢しらなことをやっているだけのことを”自由な表現”と言っている人も多いが、自由のインフレーション状態は、自由の価値を損なっていくだけ。自由をいくら積んでも、本当に欲しいものが手に入らないのだから。

 それと、最近、「こういうのもアートとして成り立つよね」みたいな、目先を変えたり、その瞬間だけ、固定観念に刺激を与えたり、愛知トリエンナーレみたいに、政治的なアイコンで問題喚起しようとしたり、その問題喚起で生じるであろう騒動を劇場型アートのように想定したり、なんでもありの状況を表現の自由と称しているけれど、その程度のことが表現の自由なのだろうか。

 天皇制というのは、もしかしたら西洋人のようなキリスト教世界を背景にもたない日本人の縛りの一つかもしれない。

 しかし、昭和天皇の肖像写真を燃やすという映像を、タルベーラが観たら何と思うだろう。それを、自由な表現と思うだろうか。

 キリスト教が、意識しようがしまいが西洋人の文化に深く根を張っているように、天皇制も、日本人の文化に深く根を張っている。

 その根の部分を配慮せずに、表面的な部分だけディスリスペクトする現象を、自由な表現だと開き直る表現界にすぎないのなら、表現に関わっていない人は、もはや表現行為を、無聊の慰めとして消費することがあっても、リスペクトすることはなくなるだろう。

 しかも、その決定において、芸術監督が、「1代前の天皇なら刺激が強すぎるが、2代前なら、歴史上の人物、昔の人というイメージだから、それほど問題にならないんじゃないか」と、つまり平成天皇ではなく、昭和天皇だからまあいいんじゃないの、という程度の認識でゴーサインを出したと知り、この国の現在のアート業界の底の浅さに愕然とした。

 西洋であれ日本であれ、それぞれの文化風土の最深部まで降りていって、現実世界と重ね合わせて、根底から人々の認識を揺さぶり、人々の意識を再生するという、魂の救済の表現が必要な黙示の時に我々は生きているのに、ソドムとゴモラの一部としか感じられない現象が、表現世界にも多く見られる。 

 日本にも、タルベーラ監督に匹敵する表現者はいる。しかし、西欧においてタルベーラ監督が、一般の人々ではなく表現者や批評家に敬意を持たれているのに対して、日本においては、一般の人々に受けのいい表現者を、表現に携わる人たちや批評家たちが、下駄を履かせて持ち上げることが多い。その結果、次の担い手が、誰を目標にすべきか見誤る。見誤っていない慧眼の持ち主は、孤立する。これが日本の世紀末なのかもしれない。

 世紀末の時代において、対立構造を煽るようなものは偽救世主でしかない。

 「相手との関係において反発原理ではなく、何らかの接点を取って崩す、この場合、<崩す>とは相手を打ち負かしたり、抑えつけたりすることとは違う。相手を自分との一種の融合に導くことです。」と、前田英樹さんが、『剣の法』という本の中で述べているが、この言葉のような表現が、きっと、剣の法を極めた日本の文化風土の中から生まれてくるに違いないと夢想している。

 

第1061回 権力による陰湿な”みせしめ”か?

 「あいちトリエンナーレ2019」が、複雑なことになっている。 文化庁は愛知県に対し、あいちトリエンナーレ全体に対する補助金を交付しないと発表した。
 問題となっている「表現の不自由展」は、全体予算、展示面積でもごく一部しか使っていないのだけれど、ここの部分が原因で、交付金7800万円全体を不交付にするというのは、もはや完全な国家による恫喝としか思えない。 つまり、”みせしめ”ということであり、日本という国の陰湿な権力行使の方法だ。 そして、日本の税制は、こうした権力行使を、目立たなく実行するための陰湿な装置でもある。
 とにもかくにも、日本という国は、税金を中央政府のもとに集めて、それを中央政府の裁量によって分配するという方法によって、中央政府の命令に従順な僕を作るという構造になっている。教育も、表現活動も、地方行政もしかりだ。 この構造の維持が秩序維持の正しい方法だと、中央政府の官僚や政治家は考えている。
 彼らにとっての秩序維持というのは、彼らがイニシアチブを握り続けられる秩序ということになる。 ただ、ややこしいのが、そのイニシアチブが、彼らの強欲に基づくものであるとは限らないということだ。
 国民から集めたお金だから、国民が納得いくように使うという大義も、実は、しっかりと認識されてはいる。
 そうすると、たとえば美術館の運営などにおいても、入場者数とか、大衆メディアなどで広く取り上げられて評判になっているかどうか、というのが成功か否かの大切な基準になる。 だから、結果的に、公的資金を得て行う企画というのは、どこも似たようなものになってしまう。誰も責任をとらなくていい二番煎じが多い。
 芸術先進国!? のように、美術館や美術展の運営者や主催者が、その趣旨を深く理解してくれる資産家や企業を説得して寄付をもらい、その寄付で運営できるようになり、寄付した人や企業も十分な節税メリットとなるという構造であれば、運営者や主催者は、必死になって、自分たちのやろうとしていることの賛同者を探し、腹を割って話し合って説得し、寄付を得ようとする。 だから、美術館や美術展も、その説得者の志を反映した個性的なものになる。 欧米のキュレーターというのは、そうした志と説得力と人脈と行動力でお金を作れる実力もある人のことで、日本のように監督官庁の管理下に置かれた公務員の立場の学芸員さんが、キュレーターを名乗るのは、ちょっと恥ずかしい。
  しかし、寄付を募って運営する構造は、中央でお金を握って、そのお金によって威張れるポジションにある人たちの権力を縮減するものだから、体制側は、寄付が促進されるような税制への転換を認めようとしない。 そのため、体制側の補助金を得ようとする芸術祭などの主催者たちは、芸術の説明してもよくわからないだろう官僚さんに、官僚さんの納得しやすいデータ(入場者数とか有名度とか)を示して説得するしかない。そういうことが得意な広告代理店にまかせた方が話は早いということになる。
 今回、こうした美術展の運営に素人であるジャーナリストの津田氏を芸術監督に器用するという案が受け入れられたのも、S NSメディアが集客マシーンになる可能性があるとか、目新しさが評判になって盛り上がるだろうというぐらいの計算だったのではないか。 それが、結果的に、大きな騒動になったということで、責任を芸術監督に押し付け、補助金を全てカットというのは、なんともはや、としか言いようがない。文化庁には、羞恥心というものがないのだろう。日本の文化度の低さが透けて見えてしまう措置を、文化という名を冠したお役所が行っている。
 政府の補助金や、企業スポンサーに頼るというのは、どれだけ彼らの横暴に異議を唱え続けたところで、こういう事態を完全に避けることができないという悲しい構造が、この国にはある。
「あいちトリエンナーレ2019」のテーマは、 「いま人類が直面している問題の原因は『情』にあるが、それを打ち破ることができるのもまた『情』なのだ。われわれは、情によって情を飼いならす(tameする)技(art)を身につけなければならない。それこそが本来の『アート』ではなかったか」というものであるが、政府がお金によって表現者を飼いならそうとする構造のなかで、「情」によって「情」を飼いならず技というのは、いったいなんのことだったのか。
  これを機に、情は秩序破壊の可能性のある危険なものであると体制側が再認識し、さらに管理を強めて、お金の力によって、さらに表現を飼いならす方向へとなってしまうのか。
 アートという言葉はあまり好きではないので使いたくないが、アートの本質は、情によって情を飼いならす技ではなくて、どんなものにも飼いならされない矜持ではないかと思う。 それは、アートに限らず、どんな仕事においても、大事なこと。
 この矜持がないと、人は、ギリギリの局面において卑屈になり、長いものに巻かれろとか、寄らば大樹の陰となり、間違った方向へと向かっていることに気付きながら、自分を修正できなくなる。 表現者の矜持のことも心配だけれど、表現者よりも色々な権限をもっている官僚さんにこの矜持がないと、この国はもっと悲惨なことになる。

第1060回 逆境と生命力

 人の苦悩には二つのタイプがあって、一つは、自分次第というもの。そしてもう一つは、自分の意思や努力ではどうにもならないもの。自分自身の病は、とても辛いことだが、その辛さを、どう受け止めて耐えるかは自分次第。しかし、愛する者の病は、祈ることで耐えるしかない。
 私たちの人生の良し悪しは、自己責任で決まるという考え方は、とても窮屈だ。
 いくら自分が努力しても、どうにもならないことが歴然とある。自分がいくら努力してもどうにもならないと知ると、人は、ただ諦めて無気力になってしまうだけとは限らない。
 なぜなら、人は、苦境に耐えることができるからだ。その耐える力は、自己責任よりも深い生命の本質に根ざしている。
 人は、いつか必ず死ぬ。この歴然たる事実は、自分がいくら努力しても変わらない。それでも人類は、何千年、何万年と、いじらしいほどの努力を積み重ねて、いくたびもの苦境に耐えて、生命を繋いできた。
 生きることの意味は、自己責任や自己満足という自己完結の中にあるのではなく、苦悩に耐えながらリレーのように繋いでいく人類の未来に開かれているものだと、無意識のうちに悟っているからこそ、それができたのだろう。
 今この瞬間の快楽と満足は、反作用としての醒めた空虚のなかで、自分の生の意味を見失わせることもあるが、今この瞬間の苦悩は、自分次第のものであろうがなかろうが、その苦悩に耐える力こそが、自分の生の意味だと知る機会になることもある。
 逆境は、生命の歴史から見れば決して悲劇的なことばかりではなく、生命の驚くべき可能性が引き出されて次につながる舞台となることが多かった。生命は、むしろ順境のなかで退化していくことが多かった。すなわち、逆境は順境よりも、生命力に充ちた状態だった。

第1059回 言論の自由と、世間の問題

 今の時代は、どんな人でもそれぞれ色々な意見を言える時代で、それはそれで大切なことであり、幸せな時代なのだろうと思う。ただ、言論の自由というのは、自分の暮らしに大きく関わってくることに関して、必死の思いで訴えるという局面において、その自由が損なわれるがあってはならないというのが本質だと思うが、その”必死さ”と遠いところにいる者が、”必死”の者の境遇に対してまったく想像力を働かせることなく、お説教や揶揄も含め、好き勝手な意見を言うことが、”言論の自由”だと思っている人も多いようだ。
 今日食べたランチの写真を公開するのと同じ言葉の重みで、会ったこともない人に、もっともらしい教訓を垂れたり。
 その空虚さが、じわじわと自分や社会を蝕んでいっているかもしれないのに。
 介護に疲れ果てて無理心中をはかったり、自分の子供が他人に危害をくわえるかもしれないと恐れて自分の子供を殺してしまうような事件が報道されると、善良な人々は、居酒屋で飲んで騒ぐ最中でも、「その前にやれることがあったんじゃないの」みたいなことを言う。
 その前にやれることとは何なのか?ということを真剣に考えたりはしない。
 せいぜい、役所や警察に相談するなど、誰もが頭に思い浮かべる程度のこと。
 そんなことが、危機的な状況において助けにならないというだけでなく、むしろ絶望を深めることの方が多いことは、当事者にしかわからない。
 運良く救済につながるケースもある。だから、トライすることは必要だが、確率論として、落胆させられ、傷口を広げられることの方が大きい。
 ”その前にやれること”というのは、一般の善良なる人からみれば、「おいおい、そこまでやらなければいけないことなのか」というレベルのことでなければ、その人の置かれた厳しい現実を変化させることができない、かもしれない。
 誰もが頭に思い浮かべるような程度のことで、極限状態に置かれた人の厳しい現実は、何も変わらない。
 そして、「おいおい、そこまでやらなければならないことなのか」ということを、厳しい現実の当事者が行うためには、世間体の縛りなどからまったく自由な境地でなければ難しい。
 苦しい局面に立たされている者を、さらに追い詰めていくのは、「その前にやることがあったんじゃないか」と気楽に言っている人も含めた世間であることが多い。
 その世間とは、世間のいったい何が本質的な問題なのかを考えることもせず、想像力を働かせようともせず、ランチのメニューと、他人の生老病死の問題を、同等に扱う人々の集団である。
 そして、その世間に埋没している人が、ある日突然、苦境に立たされる。当然ながら、人生は常に順風であるはずがない。他人事という意識で問題を先送りしている皺寄せは、いつか必ず自分に返ってくる。