第1649回 抽象の罠と、具体の積み重ねに宿る誠実

「抽象」とは、複数の物事から共通する要素を抜き出し、それ以外の細かい情報(枝葉)を捨てること。
 たとえばキュウリやナスから、形、味、色、栄養素といった個別の情報を削ぎ落とし、「野菜」という共通概念を抽出する作業を指す。 一方、「具体」とは、直接知覚でき、認識しうる形や内容そのもののこと。
 SNSなどで「儲かりそうな話」に安易に乗って騙される人は、物事を判断する際に、この「抽象」を軸にしてしまう傾向が強いのではないだろうか。
 偽りの情報に惑わされない人は、投資対象の内容を「具体的に」確認する癖がついている。具体的な根拠を知らなければ、容易に信用しない。
 人の価値を学歴や肩書きといった抽象的な側面で判断する人は多い。それは政治の世界も同様だ。選挙戦では「国を強くする」「外国人対策」といった抽象的な言葉が飛び交う。「消費税廃止」という言葉は一見具体的に見えるが、その財源として「富裕層の負担増」と付け加えたところで、それは威勢の良い掛け声に過ぎず、真の意味での具体性からは程遠い。
 民主主義の選挙は、必然的に抽象的なテーマの戦いになりやすい。制度自体が「標準化」と「規格化」を前提としているからであり、個別の案件を具体的に一つひとつ挙げていては、限られた関係者にしか声が届かない。
  しかし、実際の政治は極めて「具体的」だ。一つの法律が制定されれば、国民はそれに従わなければならず、違反すれば罰せられる。そこにあるのは、逃れようのない切実な現実である。
 政治家の演説は抽象に流れ、その後の実行は具体に及ぶ。だからこそ、私たちは政治家の耳当たりの良いキャッチフレーズに心を動かされてはならない。その言葉を具現化するために「具体的に何が行われるのか」を想像し、見極める力が不可欠だ。そのためには、日頃から物事を具体性に基づいて判断する習慣を身につけておく必要がある。
 25年前、自社の上場に際して主幹事証券会社と意見が対立したことがある。彼らは「売上や取扱高が右肩上がりの企業こそが強い」と頑なに信じていた。だが、私の考えは、「どんなことがあっても潰れない企業こそが強い」というもので、そのために、売上高を急激に拡大していく構造よりも、労働集約産業の労働対価として健全なる利益額を確実に獲得できる構造の構築が大事だと考えた。
 これは出版物などでも同じで、大衆ウケを狙って、派手な宣伝を行い、莫大な数の印刷を行なって書店に流通させて、ヒットすればボロ儲けできるかもしれないが、外れれば返本の山になって赤字に転落する。
 そういう賭け事のようなことを続けていれば、品質の劣化も起こる。
 それよりも地味ながらも一冊ごとに損益分岐点を超える程度のものを積み重ねていけば、大きな儲けにならなくても継続的な活動が可能になるし、品質の劣化も起こりにくい。その信頼でファンの数も少しずつ増えるかもしれない。
 25年くらい前は、無理な成長のために銀行から多額の借入を行い、不況になった途端に銀行から資金を性急に引き揚げられて黒字倒産した会社も、周辺にはけっこうあった。
 IT企業のサービスや規格品の大量生産と大量販売という業態の会社は、売上拡大が利益率の向上につながるが、労働集約型の産業ではそう簡単にはいかない。
 とくに企業の実力とは関係のない外部要因の影響を受けやすい企業は、なおさらだ。そうした分野の労働集約産業は、たとえばコロナ禍などの不可抗力のアクシデントで、売上が下がれば、拡大期に増やした人員がそのまま経営の重荷になる。売上拡大が必ずしも安定に直結しない業種もあるのだ。
「具体性」とは、こうした個別の特殊事情をどれだけ深く理解しているか、ということに他ならない。
 これは国を考える上でも同じで、たとえば「日本人の賃金を欧米と比較し、日本は貧しくなった」とする論法がある。
 確かに賃金アップは重要だが、国民の生活を苦しめている真因は、受験戦争を煽る風潮(一種のコマーシャリズム)に流され、子供の塾通いや、私立学校のお受験のための異様なほどの出費や、生涯賃金の多くが住宅ローンに消えていく構造にあるのかもしれない。
 政策的に、短期間で成長数字を上げたければ、都市部へ投資を集中させるのが近道だろう。だから政治家は、発展したところをエンジンにして、全体を引き上げるなどと言う。
 しかし、実際には、その悪影響の方が大きい。
 住宅費や生活費が安い郊外や地方に暮らすメリットを創出する政策を実行していけば、長期的には国全体として「健やかさ」の好循環を生み出せるかもしれない。
 だが、与野党を問わず「選挙に勝つ」という目先の数字しか眼中になく、長期的な視点を持つ者は少ない。
 私は、急激で抽象的な改革を叫ぶ人物を信用しない。それよりも、地味であっても具体的な改善を継続的に積み重ねている人物を信頼する。政治に限らず、あらゆる分野において、その「具体に対する耐性」こそが本当の強さだと思う。
 そうした本当の意味での強さを備えていないと、良い状態の時は問題は表面化しないのだが、自らが苦境に陥った時、自分を守ることだけを重視した行動に出てしまう。それが集団化した時ほど、恐ろしいものはない。

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