第1622回 日本の古層に潜る旅〜南九州編(1)ー11月30日の日記

玉名大神宮

 九州の旅の始まりは、熊本県菊池川流域から。
 京都から熊本まで、高速道路を使えば、十分な休憩や昼食タイムを入れても、9時間もかからない。
 東京と京都のあいだを高速道路を使わず12時間以上かけて往復を繰り返していたので、楽勝。今日は、前々から気になっていた江田船山古墳のすぐそばに宿泊。
 なぜこの古墳が気になっていたかというと、ここは、埼玉古墳群の稲荷山古墳から出土した鉄剣と同じく、文字が銘記された鉄剣が出土したから。 
 シキノ宮でワカタケル王に仕えた文官の古墳であることがわかっており、埼玉の稲荷山古墳は、同じワカタケル王に仕えた武官の古墳。
 すなわち、ワカタケル王の時代に、埼玉から熊本にかけて一つの統一秩序が成し遂げられた証が残されている。
 このワカタケルが、西暦470年代の雄略天皇か、西暦530年代の欽明天皇の時代か、判断は分かれているが、いずれしろ、その時代から日本は、全国的に統一国家が成し遂げられてことになる。
 そして、この菊池川流域は、統一的な暦(太陰太陽暦)に関わった日置氏と、鳥取氏の痕跡がある。この地の特性は、製鉄と、砂鉄資源と、機内でも用いられた阿蘇凝灰岩の石棺と、装飾古墳。
 菊池川は、日本で一番装飾古墳が集中している場所だが、玉名大神宮のそばの永安寺東古墳の装飾図は、茨城県から栃木県にかけて流れる那珂川下流虎塚古墳の装飾と、非常に類似している。

永安寺東古墳

 そして、茨城県那珂川の上流域の那須は、那須氏の拠点で、那須氏は鳥取氏の系統であり、熊本にも痕跡を残す鳥取氏は、鉄の道具と、招魂と、秩序維持に関わる氏族である。
 栃木の那須と、茨城の水戸周辺をつなぐ那珂川流域は、古代日本を代表する鉱脈地帯(とくに那須のゆりがねが有名)で、日本書紀によれば、織物の神、タケハズチによって、国譲りに最後まで抵抗した星神のカガセオが説得服従させられた場所。
 このあたりの、九州と関東のつながりを、どう紐解くか。その洞察が、このたびの九州の旅の主たる目的。
 さらに、これまで何度か記事にしてきた那須与一伝承の背後に隠れている源頼政の郎党、渡辺氏が祭司者でもあった大阪の坐摩神社とのつながりで、坐摩神社の祭神の一神、波比岐神が、九州の菊池川下流式内社、疋野神社の主祭神であること。この神は、この地では製鉄の神である。

疋野神社

 なんとなくであるが、これらの複雑な重なりの全体像が、うっすらと見えてきた。
 旅を終える頃には、そのイメージが、もっと明確になっているだろうという予感が、リアルにある。
 なぜかというと、自分の意思で、このような行動がなされているのではなく、自分の意思を超えた力の働きを感じており、その力に、身を任せてみようじゃないかという、開き直りの静かに達観したよう確信が、自分の中にあるからだ。
 経験上、こうした時は、流れに身を任せれば、しかるべきところに至ることができる。ほぼ間違いなく。

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永安寺東古墳から