第1631回 日本の古層に潜る旅〜南九州編(10)

高千穂峡

 神話で描かれる天孫降臨の物語が、いつ、どこを舞台にしたものなのかという問いは、古代最大の謎とされているが、時期や場所の特定以上に大事なことがある。
 それは、ニニギの天孫降臨随行した、アメノコヤネ、フトダマ、アメノウズメ、イシコリドメタマノオヤノミイオト、オモイカネ、タジカラオ、アマノワトワケが、いったい何を象徴しているかということ。
 これら随行した神々のことに触れる時、これらの随行神を祖とする氏族が、ニニギとともに日本にやってきたと説明されて終わることが多いのだが、それだと日本という国の文化の構造が見えてこない。
 大事なことは、これらの随行神が、アマテラス大神の岩戸隠れと関係していることだ。
 まず、オモイカネは、天安河原に集まった八百万の神に、アマテラス大神を岩戸の外に出すための知恵を授けた。
 アメノコヤネとフトダマは、オモイカネの策が適切かどうか、太占(ふとまに=主に鹿の獣骨に傷を付けて火で焼き、亀裂の入り方で吉凶などを判断)を行い、アメノコヤネは、さらに祝詞を唱えた。
 アマテラス大神が岩戸から顔を出した時、この二神が、鏡を差し出した。
 アメノウズメは、岩戸の前で、力強くエロティックな動作で踊って、八百万の神々を大笑いさせ、アマテラス大神の関心を外に向けさせた。
 イシコリドメは、アマテラス大神が岩戸から顔を出した時、その姿を映し出した鏡を製造した。
 タマノオヤノミコトは、勾玉を作り、その勾玉は、イシコリドメが作った鏡とともに、フトダマが捧げ持つ榊の木に掛けられた。
 この鏡と、勾玉と、岩戸隠れには登場しない草薙剣が、三種の神器とされる。
 そして、タジカラオが、岩戸から姿を見せたアマテラス大神の手を引いて、外に導き出した。
 天孫降臨に登場する神で、アマテラス大神の岩戸隠れに関係していない神は、アマノイワトワケだけであり、この神は、門の守護神である。
 アマノイワトワケをタジカラオと同一視する神社もあるが、天孫降臨の神話の中で敢えて両神の名が記されているので、性質は似ているが、その役割は異なると考えた方がよいだろう。

高千穂峡
高千穂峡

 アマノイワトワケは、「天の石の門を分ける(開ける)神」であり、これは、アマテラス大神が隠れた天の岩戸そのものの神格化と考えられ、分ける(開ける)というのは、岩戸が開けられてアマテラス大神が外に出た後と、前の世界が分けられた(大きく異なった)ことを象徴している。
 「門」の守護というのは、通常、敵や邪霊が入ってくるのを防ぐという意味で捉えられるが、それだけでなく、新しい風(異世界からの人とともにやってくる新しい知識や技術)が入ってくる場所でもある。
 天孫降臨神話は、ニニギと、随行した神々によって、地上に新しい国の統治体制が確立されたことを象徴しているが、その統治は、軍事力による実力行使というよりも、随行神を見ればわかるように、祭祀の力によるものだ。
 そして、天孫降臨随行神が、アマテラス大神の岩戸隠れに関わっていることを踏まえれば、この二つの神話は、日本の歴史文化の成り立ちにおける同じ局面を、別の角度から記述していると理解できる。
 すなわち、天孫降臨とは何か?を考えることは、アマテラス大神の岩戸隠れとは何か?を考えることと等しい。

天岩戸神社天安河原

 神話のなかで描かれるアマテラス大神が岩戸に隠れた原因は、スサノオの狼藉である。
 スサノオを自然の荒ぶる神だと思っている人が多いが、そうではなく、スサノオは、文明の荒ぶる神である。スサノオが、気まぐれで、良いことも悪いことも行うのは、文明というものの性質が、そういうものだからだ。
 スサノオは、オオゲツヒメが食事を用意した時、料理はおいしいのに、作り方が気に入らないからと言って、殺害して遺体をバラバラにした。
 オオゲツヒメは、口や尻から食物を出していたわけだが、文明化以前の循環社会では、糞は、新しい生命の糧であり、汚いという分別はない。
 スサノオに殺されてバラバラにされたオオゲツヒメ神は、頭に蚕がなり、二つの目に稲種がなり、二つの耳に粟がなり、鼻に小豆がなり、陰部に麦がなり、尻に大豆がなった。そこで、カミムスビは、これらを取らせて種として、人々が生きるための食べ物とした。
 そして、天岩戸の物語のなかで、スサノオは、「田の畔を壊して溝を埋めた」。
 これに関して、アマテラス大神は、「溝を埋めたのは土地が惜しいと思ったからだ」と須佐之男命をかばった。
 このスサノオの行為は、全体のバランスを考えずに目先の数や量を追求しがちな文明人の世知辛い合理主義に似ている。
 アマテラス大神が、スサノオをかばえなかったのは、機屋で衣を織っていた時、スサノオが機屋の屋根に穴を開けて、皮を剥いだ血まみれの馬を落とし入れたため、驚いた1人の天の服織女が死んでしまったことだった。
 注目すべきは、「皮を剥いだ血まみれの馬」という表現であり、これは、西暦400年代に入ってから日本に馬の飼育技術が伝わり、産業や軍事において馬が重要な役割を果たすようになった時、長野の伊那盆地や日向などで顕著に行われていた馬の犠牲祭祀と共通している。
 その頃、元気な馬を生贄として殺し、古墳の周辺に埋葬することが行われた。
 そうしたスサノオの狼藉によって天の服織女が死んだことは、それまで祭祀の要にいた巫女(時に、共同体のために自らが犠牲になることもあった)の役割の終焉を象徴しており、古代における産業化によって、祭祀の性質が変わってしまったことを意味しているのだろう。
 このスサノオの狼藉の時、アマテラス大神も、服織女と一緒に布を織っていたのだから、祭祀においては、アマテラス大神は、古代の巫女と同じ役割を担っていた。
 血まみれの馬が投げ込まれて巫女が死んでしまったため、アマテラス大神が岩戸に隠れたことは、この時代環境の変化によって、アマテラス大神(オオヒルメという太陽神)の祭祀における従来の役割が終焉したことを意味している。
 このアマテラス大神を復活させるために、上に述べた様々な神々が役割を果たし、その神々が、ニニギとともに天孫降臨した。

二上神社。「日向風土記」では天孫降臨の峯として伝えられる二上山の中腹に鎮座している。

このことは、時代の変化に応じた新しい祭祀理念の確立が示されている。
 天岩戸というのは、アマノイワトワケ=「天の石の門を分ける(開ける)神」が象徴しているように、新旧の境の門でもある。
 これは、AIの急速な進化に伴って揺れ動く現代社会にも関わってくる問題であり、人間社会における新しい知識や技術は、新しい理念を必要とする。  
 新しい知識や技術は、世の中を大きく変えるが、その方向を決めるのは人間の心だからだ。
 同時に、社会のあり方そのものが問い直される。産業構造の変化は、教育や、社会通念を変えるからだ。
 18世紀半ばから19世紀にかけて、工業化と石炭利用によるエネルギー革命、それにともない、農村から都市への人口移動という社会構造の変革があり、教育や社会の価値観が大きく変わったが、人間社会においては、似たようなケースが、過去から現代まで何度も起きており、今後も起こることが間違いない。
 新しい知識と技術によって、必ず新しい問題が起こる。
 知識や技術が先行して、人の心の成熟が遅れたアンバランスが、神話の中ではスサノオの狼藉として描かれ、新しい知識や技術と、古くから守ってきた大切なものとのバランスや調整力が、アマテラス大神で象徴されている。
 これは日本文化の根底に流れる不易流行の精神とも重なる。
 新しい知識と技術を拒否し続けて変化を受け入れないことは、人間精神に停滞をもたらす。人間というのは、常に、新しく生じる問題を解決するために、頭を使い、行動することで、精神を活性化させてきたからである。

天岩戸神社天安河原

 このことが象徴的に示されているのが、天岩戸神話で、タジカラヲがアマテラス大神を外に導き出すという場面だ。
 数日前の椎葉の夜神楽の記事でも書いたが、タジカラヲは、伊勢神宮の内宮でアマテラス大神とともに相殿神として祀られている。
 相殿神は、神社の本殿で主祭神と共に祀られている神で、アマテラス大神を岩戸から出した神のなかで、タジカラヲが、特に重要視されていることが示されている。
 タジカラヲが象徴しているのは、「扉を開く」こと。
 扉を閉じることは、変化を受け入れないこと。そして、現代社会を硬直させている原因でもあるカテゴリーや専門や業界の壁で分けてしまうことを意味する。
 扉を閉じているがゆえに、俗世の凝り固まった価値観に心が囚われ、目先の現実に対応する処世にしか意識が行かなくなり、その中での競争に明け暮れる不自由な人生観しか持てなくなる。
 これは古代も現在も同じで、人間の分別は、こうした区切り(扉を閉める)を設けて、区切りの中に安住したがる癖がある。
 「開く」ことは、そうした世俗的な区切りを越える行為であり、それによって俗世の時間の流れに変化が生じる。
 これが再生であり、リセットであり、物事の起点だ。
 マレビトを迎え入れることも同じであり、日本人は、古代から、「開く」ことをしなければ、俗世の時間が硬直化して、そこから様々な歪みが生じることを知っていた。
 開くことは、風を起こすことであり、それこそが「新しい時間」へと人々を導く。
 岩戸(扉)を開くことで、神が持つ力(生命力、生産力)が解放され、それが人々の世界(俗世)に流れ込むことで、停滞した時間(闇に包まれる)から、活性化した時間(光)へと転換する。
 だから、タジカラヲの役割は大事なのだ。

天岩戸神社天安河原
天岩戸神社天安河原

タジカラヲを、怪力の神として扱い、そうしたステレオタイプの形式で処理してしまうこともまた「閉じられた思考」ということになる。
 九州において、天孫降臨神話の高千穂と天岩戸神話の聖域が、隣接したところに設けられているのは、上に述べたように、この二つの神話が、同じ意味合いを持っているからだ。
 だとすれば、なぜ、この地域が、その神話の舞台に選ばれているのかを考える必要がある。
 一番わかりやすいのは、九州が、常に外の世界との接点にあったということだろう。
 北海道や東北、そして若狭周辺も、大陸との玄関口だったが、大陸との距離の近さ、とりわけ、古代から世界の最先端の知識や技術を創造していた中国王朝と、人や知識・技術の交流が、日本でもっとも行いやすい場所が九州であったということ。
 その九州の中で、内陸部にあたる高千穂周辺が、天孫降臨や天岩戸の神話の舞台として伝えられている理由は、このあたりが、日本有数の鉱物資源の産地であることが関わってくる。
 天岩戸の舞台とされる天安河原は、土呂久川沿いにあるが、この川を真北に4km遡ったところの土呂久鉱山で、大正から昭和にかけて死者数150名を出した土呂久砒素公害が起きた。
 この場所は、もともとは銀山だった。そして、ここからさらに5kmほど北の祖母山は、標高1756mの巨大な花崗岩の山で、この山の周辺は、銅、錫をはじめとする鉱物資源が豊富で、日本有数の鉱山である。
 その麓には尾平鉱山、九折鉱山、木浦鉱山、見立鉱山、土呂久鉱山などがあった。
 高千穂の南の椎葉も、財木銅山など鉱物資源が豊かだが、中央構造線上で、阿蘇や霧島などの火山帯に挟まれたこの地域は、地質的に、様々な鉱物が得られるところでもあった。
 現代でもそうだが、鉱物資源と、人間の技術と社会構造の変化には密接なつながりがある。
 そして、公害や自然破壊など、常に大きな課題もつきまとってくる。
 だからこそ、鉱物資源の開発や利用に関しては、慎重でなければならないし、人間の心の成熟が伴っていなければならない。
 古代人も、そのことを深く認識し、その理念を、祭祀という形に昇華させた。
 その理念=祭祀を集約したものが、天岩戸神話であり、天孫降臨神話なのだ。

高千穂神社

 この二つの神話に、勾玉や鏡を製造した神が関わってくるが、ここに出てこない草薙剣とともに、これらの三種の神器は、アマテラス大神の岩戸隠れの原因となったスサノオの狼藉(馬の犠牲祭祀=西暦400年代)よりも、古い時代の祭司道具である。
 勾玉は縄文時代に遡り、鏡は弥生時代、そして、草薙剣は、スサノオに殺された八岐大蛇の体内にあったもので、スサノオが所有していた十束剣よりも強度に勝る太刀であった。これは、スサノオの十束剣が、新しい鍛治技術である鋳鉄(鋳型に溶かした鉄を流しこんで作る)によるもので、八岐大蛇の草薙剣が、古い鍛治技術の鍛鉄(一つずつ叩いて不純物を取り除いて作る)によるものであることを示している。
 産業力の向上においては、鉄製品の大量生産に適している合理的な鋳鉄技術が勝っているが、一つの鉄製品の強度は、出雲の刀が代表だが、鍛鉄技術で作った鉄製品の方が勝れている。
 鍛鉄技術は、自然の機微を読み取る力が必要となる。
 ヤマトタケルを守護したのも、この鍛鉄で作られた草薙剣だった。
 伊吹山において、ヤマトタケルは、自らを守護していた草薙剣を手放しても勝てると自惚れて、墓穴を掘ることになった。
 天岩戸神話において、アメノコヤネとフトダマは、オモイカネの策が適切かどうか、太占(ふとまに=主に鹿の獣骨に傷を付けて火で焼き、亀裂の入り方で吉凶などを判断)を行ったが、太占もまた弥生時代にも痕跡が残る占いであり、スサノオの狼藉=馬の犠牲祭祀=西暦400年代以降では、亀の甲羅で占う亀卜(日本書紀では西暦487年に、京都の月読神社にもたらされたと記録されている)が主となっている。
 またアメノウズメの舞は、スサノオの狼藉で亡くなった機織り女で象徴される巫女の舞いそのものだ。
 すなわち、天岩戸からアマテラス大神を外に出すために行われた祭祀は、古くからの祭祀であり、これらの古い祭祀に関わる神々が、天孫降臨のニニギに随行した。
 最終的に、タジカラオという「扉を開いて新しい風を入れる神」が、アマテラス大神を岩戸の外に導きだしたが、その新旧の変化の際に、古くから伝えられてきた心構えを疎かにしないことを、神話は伝えている。
 古事記のなかで、スサノオオオゲツヒメの料理が汚らわしいからという理由で殺害して遺体をバラバラにしてしまったという描写は、日本書紀では、月読神が、ウケモチに対して行ったことになっている。
 ウケモチツクヨミをもてなすために、食事を準備した。ところが、ウケモチが、鼻や口、尻から様々な食材を取り出して調理する様子を見たツクヨミは、「けがれている」と激怒し、ウケモチを斬り殺してしまった。
 このことを聞いたアマテラス大神は、月読神に対して、「あなたはなんと恐ろしい悪神でしょう。もう二度と顔も見たくありません」と激しく怒った。
 そして、アメノクマヒトを派遣してウケモチの遺体を確認させると、バラバラになったウケモチの身体の頭から牛馬、額から粟、眉から蚕、目から稗、腹から稲、陰部から麦や豆が生まれたことが分かり、これらの五穀の種を持ち帰らせ、人々が食べられるようにしたことで、ウケモチの死は食物の起源となった。
 この神話に象徴されているように、アマテラス大神は、新しい知識や技術に伴った社会変化によって傲慢になる心に対して、憂いを示し、節度ある行動を求める姿を象徴している。
 日本文化の根底に宿る謙虚さと慎み深さの起源は、ここにある。
 侘寂文化の象徴ともなっている千利休の茶道は、一面では禁欲主義ともいえるが、「利休道歌」の中には、「恥を捨て人に物とひ習ふべし是ぞ上手の基なりける」という歌がある。
 無知を恥じて質問をためらうのではなく、積極的に学ぶ姿勢の重要性を説いたものであり、ここにも利休の不易流行の精神が反映されている。
 新しい変化と、古くから守られてきた大切なもの、この二つの境界で究めていく精神こそが、中世の日本文化でも、古代の神話でも、核となっているように思われる。

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新刊の「みちのく古代巡礼」は、ホームページで発売しています。
 12月20日(土)、21日(日)には東京で、今年最後のワークショップ&フィールドワークを行います。詳しくはホームページをご覧ください。
https://www.kazetabi.jp/

高千穂神社の後藤宮司さんと。朝早く、高千穂神社に参拝すると、後藤宮司さんとばったり。その後、天岩戸神社を訪れて、再び高千穂に戻ってきた時、後藤宮司さんのことを話題にしていた時、再び、前方から歩いてくる後藤宮司さんとばったり。何かの導きか。