宗教

第1425回 「日本文明が与えることができる優れた教訓のかずかず」 レヴィ=ストロース 

第15回ワークショップセミナー(東京)を終えた。 この場で最初に私が話をしているのは、エンジニアリングとブリコラージュの話。 これは、20世紀の最高の知性、文化人類学者のレヴィ=ストロースが唱えていることで、近代文明の中で生きている私たちは、エ…

第1422回 源氏物語と、もののあはれ

石山寺。紫式部が、源氏物語を書き始めた場所とされる。 NHK大河ドラマの「紫式部」は、藤原道長との恋愛が軸になっているそうで、その恋愛が「源氏物語」の着想につながっているという設定のようだが、本当に、そういう安易な解釈でいいのだろうか。 光源氏…

第1418回 原始のエッセンスが持つ普遍性。

嬉しい頼りが地球の裏側から届いた。 アフリカのルワンダで、「イミゴンゴ」という伝統アートの調査活動と、普及のための展示や販売を行っている加藤雅子さんが、このたび私が制作した「始原のコスモロジー」を、現地でイミゴンゴの制作を行っている人々に見…

第1399回 シンギュラリティ(技術的特異点)と、古代のコスモロジー。

昨日と今日は、今年13回目、今年最後のワークショップ セミナー。 ちょうど一昨日、古代のコスモロジー〜日本の古層vol.4〜が納品されたので、ベストなタイミング。 (詳しい内容は、こちらのサイトへ) www.kazetabi.jp 今回の本、これまでの3冊より写真が…

第1396回 畏れのなかに含まれた敬意や憧憬。

神社や祭祀場などの聖域が、その場所に在る理由は、現場に行かなければわからない。 ひっそりとそこに在る物は、時の風化によって本来の形を変容させていても、何事かの気配を今に伝えており、その気配は、その場所に立ってみなければ感じ取れない。 聖域と…

第1389回 情報とリアリティのあいだ。

何事の おわしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる 西行 神社や古墳や祭祀場が、なぜその場所にあるのかという理由は、現場に立ってみなければ感じ取れません。 そして、その場所に聖域を築いた人たちの心の中を自分ごととして引き寄せないと、そ…

第1384回 イスラエルのイデオロギーと、日本古来の境界意識の違い。

間垣の里(石川県輪島市) イスラエルに限らないが、唯一絶対神の世界は、善悪二元論でもあるので、敵と味方の線引きを明確にしたがる。だから、その境界に、高い壁を築く。ガザを取り囲む壁は、ベルリンの壁よりも高く、その壁は、見方を変えれば、奢り昂っ…

第1381回 神話は史実ではないが、単なる空想の産物でもない。

神話は史実ではないが、単なる空想の産物でもない。かといって、権力者による自己正当化の物語でもない。 神話は、古代における秩序形成のために創られたコスモロジーである。 コスモロジーというのは、自分たちが生きている世界をどう解釈し、その世界でど…

第1377回 富士山の魔力に取り憑かれた写真家

東京と京都のあいだの移動途中に富士山を訪れている理由は、富士山の麓に住んでいる写真家の大山行男さんを訪問して、大山さんが撮り続けている写真を確認するため。 現在、大山さんの写真集の「Creation」シリーズ三部作を制作中で、Vol.1の「生命の曼陀羅…

第1375回 未来のコスモロジーと、始原のコスモロジーが重なっていく。

古代に関する本を作ったり、ワークショップセミナーを行っているのは、「歴史好き」のための情報提供を意図しているわけではなく、念頭には、常に「未来」のことがある。 「未来」のことを見据えるうえで「古代」を見据える必要があると感じている。だからと…

第1360回 スサノオの活躍と狼藉について。二律背反的な状況を乗り越えるために(1)

八雲山の須佐男の磐座=須賀神社の奥宮(島根県雲南市) 神話の中のスサノオは、人間に恩恵を与える神であると同時に、野蛮な振る舞いで周りに迷惑をかける神として描かれているが、これは、たとえば技術の発展が善と悪、禍と福という両極な状況を作り出す二…

第1342回 始原のコスモロジー

なぜ歴史を探究し、歴史を学ぶのか? 私は、20歳の時に海外放浪に出て、地中海世界やオリエント世界を旅している時から、「人間への信頼を取り戻すため」と思っていた。そして、それは同時に、「現代世界の問題の本質はどこにあるのか?」を考えることだった…

第1340回 ピンホールカメラで世界と向き合う時に見えてくる古くて新しいコスモロジー。

夏至を境に、今日から1日ずつ日が短くなっていく。 私は、ピンホールカメラで写真を撮っているので、日没時間はとても気になる。 日が短くなると、取材中もゆっくりと昼食をとっていられない。だから、夏至になると、少し切ないものを感じ、冬至になると、翌…

第1338回 人間の意図を超えた力と、磐座。

山梨県北杜市小淵沢町に大滝神社があり、この場所は八ヶ岳南麓高原湧水群の一つ。「日本名水百選」に選ばれているが、日量22000立方メートルと豊富な水量を誇り、一年を通して水温は12度。 東京の武蔵野台地でもそうだが、井の頭公園や石神井公園、等々力渓…

第1336回 ヤマタノオロチとは何か?(2)

出雲大社の隣に鎮座する命主社(いのちのぬしのやしろ)。出雲大社が築かれる前の聖域だったと考えられる。古代の磐座だと思われる巨岩の前に建てられているが、この巨岩を石材として切り出した時、下から銅戈(どうか)と硬玉製勾玉が発見された。ともに古…

第1335回 ヤマタノオロチとは何か?(1)

八岐大蛇について(1) 古事記や日本書紀に描かれている「スサノオの八岐大蛇退治」の物語は、誰でも知っているが、いったい何を意味するのか、江戸時代の国学者も含めて様々な解釈を試みているが、これが正解だと明確に言いきれる解答は見当たらない。 こ…

第1332回 出雲の国譲りとは何か? (4)

八雲山のスサノオの磐座。八雲山の西麓に鎮座する須賀神社の奥宮。 島根の出雲地方は、大きく分けて三つの領域に分かれる。 一つは、出雲の西側、斐伊川の流域で、もう一つの地域が、鳥取との県境の大山の周辺、日野川の流域。 これらの地域のことは、(1)…

第1331回 過酷極まりないサハラに生きる自由。

写真家の野町和嘉さんが激賞していた、ハッサン水谷さんの写真集「サハラ蒼氓」を拝見した。 サハラの写真と言えば、野町さんの写真を思い浮かべるが、その野町さんが高く評価するサハラ世界の写真はどんなものだろうと期待していたが、野町さんが言っていた…

第1330回 出雲の国譲りとは何なのか?(3)

因幡の白兎伝承のある白兎海岸の淤岐ノ島。 神話の中で描かれる「出雲」を、縄文に遡る日本の先住系の人々の文化と捉え、天孫降臨という新参者に「国譲り」という形で実権が奪われたと考えている人がいるが、それは違っている。 長野の諏訪大社は、今日まで…

第1329回 出雲の国譲りとは何なのか? (2)

荒神谷遺跡 「出雲」は、3つのエリアに分かれる。中海の東の米子市から大山周辺と、中海と穴道湖のあいだの松江周辺、そして穴道湖の西で、出雲大社が鎮座する地域。 出雲大社は、近畿で律令体制を築きつつある人たちによって、何かしらのシンボル的な意味…

第1327回 大事なことだから隠す必要がある。

牽牛子塚古墳(斉明天皇陵) 歴史好きの人のなかで、藤原氏の陰謀ということが、よく言われる。古事記や日本書紀なども、藤原不比等の陰謀で藤原氏に都合が良く書き換えられ、都合の悪いことは隠されたと。 梅原猛氏などは、古事記編纂において口承を伝える…

第1314回 酒=避けの神は、現代と未来の境の神でもある。

オオヤマツミ神社(愛媛県今治市) 古代、文字のなかった時代、「トポス」がとても重要だった。 トポスというのは、古代ギリシャ語で「場所」を意味するのだが、足場であり拠点であり、思考を進めるうえでの手掛かり、論点、定石といったものを含む。 つまり…

第1313回 ”酒”の神は、”避け”の神。

(京都 梅宮大社) 前回のエントリーで、酒というのは、厄災や悪霊を防ぐ「避け」であると書いた。 神事において清めに酒が用いられるのも同じ理由であり、日本三大酒神神社のうち、酒神といえるのは、京都の梅宮大社の酒解神(大山津見神)だけであるとも書…

第1301回 500年を区切りに起きる人類のコスモロジーの転換。

そもそも私は、古代のことについて、どの時代に何が起きたとか、誰がどうした、これこそが真実であるという類の、過ぎたことに対する一つの正しい答だけを求める原理的思考で、古代のフィールドワークを行なっているのではない。 蘇我馬子や藤原不比等の陰謀…

第1297回 古代海人のコスモロジー

前回の記事で、福島第二原発がある場所の天神原遺跡(2000年前における東日本最大の集団墓)が、遠隔地交易の拠点だったのではないかということを書いた。 そして、この天神原遺跡の位置が、北海道の余市からまっすぐ南に来たところにあり、この東経141度の…

第1291回 現代を含めて全ての時代に、その時代特有のコスモロジーがある。

堂山3号墳(静岡県磐田市) 静岡県磐田市に堂山古墳群がある。 ここには5世紀に造られた県内最大規模を誇る全長約110mの前方後円墳と、その周辺に、6基の円墳や方墳が築かれていた。 磐田市の天竜川東岸には他にも御厨堂山古墳群があり、太平洋から天竜川…

第1289回 古代のコスモロジーと、現代のコスモロジー

岩上神社(愛知県蒲郡市) 1月21(土)、1月22(日)、13:00- 東京都日野市の私のオフィス(京王線高幡不動駅から徒歩12分)で、「古代のコスモロジー」と題したワークショップセミナーを行います。 この6年間、私は日本国内の古くから人間が大切にしてきた場…

第1288回 時代ごとに変わる人間のコスモロジーと、歴史との向き合い方

今を生きる人にとって、「歴史」が、自分に関係ないもの、もしくは単なる知的好奇心の対象(趣味)、および大河ドラマ鑑賞などの娯楽になってしまったのは、歴史と向き合う時に、人間のコスモロジーのことが、あまり考えられていないからではないかと思う。 …

第1287回 古墳の形と、国譲り神話と、鬼退治の関係。

第1285回のブログで、前方後方墳と前方後円墳の違いを、弥生時代の「方形周溝墓」と「円形周溝墓」の違いの延長と捉えて説明した。一人の王が軍事や祭祀など全権を担う統治システムと、複数人物による分権統治システムの違いではないかという仮説を立てて。 …

第1285回 前方後円墳と前方後方墳の違いについて

(愛知から信州までの塩の道、三州街道沿いの月瀬の大杉。長野県最大の巨木で、推定樹齢は1500年とも1800年ともいわれる。つまり、古墳出現期から、この街道沿いで世の移り変わりを見てきたことになる。) 新潟の糸魚川からは千国街道、愛知県の岡崎からは三…