第1375回 未来のコスモロジーと、始原のコスモロジーが重なっていく。


 
古代に関する本を作ったり、ワークショップセミナーを行っているのは、「歴史好き」のための情報提供を意図しているわけではなく、念頭には、常に「未来」のことがある。

 「未来」のことを見据えるうえで「古代」を見据える必要があると感じている。だからといって、温故知新という過去からの学習を意図しているわけでもなく、現代の最先端のコスモロジーが、古代のコスモロジーに近づいていると感じながら、古代と未来をつなげる試みとして、本を作ったり、ワークショップセミナーを行っている。

 たとえば、現代科学の最先端は「量子力学」だが、科学者のなかには、量子論というのは私たちが生きているマクロの世界ではなくミクロの世界の探究だと説明する人が多いのだが、宇宙は、ミクロもマクロも相似形である。

 私たち人間の暮らしにしても、DNAを内包するミトコンドリアミトコンドリアを内包する細胞、細胞を内包する器官、器官を内包する身体、身体を内包する社会、社会を内包する国と、ミクロからマクロまで連綿と続く内包の積み重ねの中で、営みが続けられている。

 だからこそ、現代宇宙物理学の最先端は、天空の星々を調べると同時に、ミクロの粒子を調べることが重要になっている。結果的に、量子力学が、宇宙論の要になってくる。

 そして、ミクロ粒子の研究の最先端は、従来の宇宙論を塗り替えていくことになる。

 アインシュタインが生きた時代は、宇宙の構造は、重力を軸にして考えられていた。有名な相対性理論では、質量が時空を歪ませ、強い重力を受けるほど時間が遅くなるとされる。

 E = mc2 という式で表されるEはエネルギーであり、mは質量、そしてcは光速。

 しかし、その時代では、質量を持たない粒子ニュートリノの存在は知られていなかった。今では、荷電も質量も持たないニュートリノが、光子についで宇宙空間では多いという説もあれば、近年の観測で、ニュートリノの方が光よりも速いなどという結果が出て、科学界に衝撃を与えた。

 アインシュタインの唱えた説が、永遠に通用するわけではないということだ。

 このニュートリノを観測する装置として有名なのが、岐阜のスーパーカミオカンデだが、ニュートリノがどんな物質でも通り抜けてしまうという性質を利用して、他の粒子が届かない地下1000mの深さに、この観測装置が作られている。この観測所では、宇宙から飛んでくるニュートリノが、蓄えられた純水の分子と反応する際に生じる微かなチェレンコフ光によって、ニュートリノの存在証明を行っている。

 粒子それ自体では、その存在が認識できないニュートリノは、幽霊粒子と呼ばれている。

 これが宇宙の基本物質であれば、私たち生命体の存在論もまた実は同じようなものなのかもしれない。

 量子世界のなかに、「量子もつれ」という不可思議な現象がある。ミクロの粒子が対になるパートナーを選ぶと、そのパートナーと、どんなに距離が離れていても、互いの意思疎通が瞬時に行われるようにして、片方の粒子の状態が変化すると、それに応じてもう一方の粒子も瞬時に変化するという現象だ。

 Aという粒子の変化の情報が時空を伝わっていって、それを受信した Bが自らを変化させるのではなく、対になったものたちの変化は完全に同時であり、アインシュタインは、そのことに納得がいかなかった。光速であれ、情報が伝わっていくためには時間が必要だが、量子もつれの関係では、その時間が発生しない。

 つい最近、オタワ大学の研究者達が、量子もつれ状態にある2つの光子の互いの干渉状態の測定結果を波動関数で導き、無数の測定によって得られる三次元系の干渉パターンの特性を、ホログラフィーの原理によって2次元に還元してリアルタイムに可視化する実験に成功したことが話題になった。

 このように導き出された二次元画像が、なんと、陰陽太極図とあまりにも似通っているのだ。

 太極図は、この世界が、陰極まって陽が生じ、陽極まって陰生じるものであり、かつ、陰の中に陽の種を宿し、陽の中に陰の種が宿されていることが示されている。

 この世の相は、陰と陽の対であり、その陰と陽の関係が世界の構造であることを太極図は伝えているが、「量子もつれ」もまた同じである。

 私たちが生きているこの宇宙は、最小単位の粒子にしても個単体で存在の仕方が決定しているわけではなく、「対」であることが原則であり、その「対」は、双子が遠く離れたところで暮らしていても互いに相手が考えることが手に取るようにわかる、という状態になっている。

 世界の変遷は、ダーウィンの説く進化論のように単純なものから複雑なものへと進化するということではなく、ヘーゲルマルクス弁証法のように、二つに対立してしまう原因を克服する新しい原理によって対立しているものを統合することで次のステージに進むということでもなく、陰という状態が極まっていく時、同時に陽という状態も潜在的に準備されており、ある瞬間、互いに示し合わせたように陰とされていたものが陽に、陽とされていたものが陰に、同時的に変化するということになる。

 この「量子もつれ」の原理は、最先端科学という学術界だけにとどまらない。未来のコンピュータとされる量子コンピュータの原理とも関わり、量子通信という、空間を伝わって伝送されるという今日の常識的な情報伝達に取って代わる技術につながっていく可能性がある。

 そうした量子技術が社会に浸透していくと、私たちのコスモロジーにも大きな変化が生じるだろう。

 爆弾という武器を持つ前は、ビッグバン宇宙論の発想も生まれなかった。爆弾より有効な武器を作る技術(たとえばレーザー)を身につけると、爆弾をエネルギーの源とするコスモロジーは、過去のものとならざるを得ない。

 陰陽太極図や、量子もつれの原理からすると、量子技術が社会に浸透していくことで、そうした変化が起きてくるのではなく、同時的に、現在を生きる私たちの中に、既にそうした変化が進行しているということになる。

 変化は、私たちの中に内包されて、準備されているのだ。

 現在の日本社会でいえば、前時代の価値観の中にどっぷりと浸かっている世代の人口が圧倒的多数という状態が長く続き、そのため、政界、言論や表現界、エンターテイメント界などにおけるイニシアチブは、その多数層が握り、その価値観に基づくものが、社会の表面を覆い尽くしていた。

 しかし、陰陽太極図で見ればわかるように、陰の波の中から陽の波が次第に大きくなって、陰陽の逆転が起きる瞬間が訪れることは必然である。

 このダイナミズムが世界の法則である。

 そして、過去の人間が認識していた世界像は、現代人の世界像に比べて劣っているわけではなく、一連の波の起伏のなかの状態の違いにすぎず、それが交互に繰り返されるだけである。

 ならば、何と何が繰り返されているのか?

 いろいろあるだろうが、一つ重要なポイントとして、世界と人間が関わる時に、エンジニアリング的な発想が軸になるのか、ブリコラージュ的な発想が軸になるのかの切替があるように思う。

 エンジニアリング的発想というのは、設計思想と言い換えてもいいが、それは人間の側を主体とするもので、主体が客体を従とみなし、主体に都合よく従を選択し、従を変える権利があるかのような発想。その従となる客体には、自然界も含まれる。

 それに対してブリコラージュ的な発想は、「寄せ集め」などと説明されているが、「最適組み合わせ」と言い換えた方が正しい。

 レヴィー・ストロースは、ブリコラージュこそ生命原理であると述べた。

 ブリコラージュにおいては、主も従もない。石工が作る石垣はブリコラージュをイメージとして伝えているが、大きな石が主で、小さな石が従というわけでもなく、互いに最適に組み合わさることで強靭なものになる。

 つまり、この世界には何一つ単独で存在感を発揮するものはなく、「対」で捉えていくことがブリコラージュ的世界を理解するうえで欠かせなくなる。

 宮大工が作る建築も同じで、一本の立派な柱は、他とどのように組み合わさるかによって、その潜在的な力が引き出されるかどうか決まってくる。

 そうした潜在的な力を読む匠は、自然を従とみなさないし、客体=自分にとって都合の良い材料として捉えない目を持っている。

 その匠の目は、まさに「量子もつれ」における二つの粒子が時や空間を超えて、どのような相互関係を引き起こすかを瞬時に見分ける目でもある。

 その能力は、嗅覚とか直感とか第六感とか、説明のしずらい力ということになる。

 匠の仕事は、エンジニアリングではなくブリコラージュの仕事であり、それがレヴィーストロースの生命原理であるとするならば、匠の仕事は生命原理に即したものであり、自然と対立的にならない。

 日本の伝統技術は、まさに、このブリコラージュを当たり前としていた。だから、設計図など必要なかった。当然ながら、マニュアルなども存在しない。

 人間社会の変化の波は、人間の側を主とする自己都合的な世界観(エンジニアリング)と、森羅万象に主も従もなく全ては「対」であり、その最適組み合わせで成り立っていくという世界観(ブリコラージュ)が、陰陽の太極図のように交互に起きる。

 だから、現代の変化の先のコスモロジーは、始原のコスモロジーと似たものになっていくことが必然となる。

 この始原のコスモロジーに関して、現在、本を制作中で、今年中に整えて形にしようと思っている。

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ワークショップセミナーの第12回目を、 11月11日(土)、11月12日(日)の両日(それぞれ1日で完結)、京都にて、午後12時半〜午後5時にかけて行います。 

 詳細、ご参加のお申し込みは、こちらをご覧ください。 

https://www.kazetabi.jp/%E9%A2%A8%E5%A4%A9%E5%A1%BE-%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%97-%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%BC/

両日とも、10名限定。

場所:かぜたび舎(京都)

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ピンホールカメラで向き合う日本の古層。Sacred world Vol.1,2,3 販売中 https://www.kazetabi.jp/