第1459回 時代の先端を疾走し続ける91歳。

 現在、東京と京都で同時開催中の川田喜久治さんの写真展。
 本日、東京のPGIギャラリーでのオープニングパーティがあったので、野町和嘉さんと訪れた。
 川田さんは、私と同じ1月1日生まれだが、今年、なんと91歳になった。
 2022年の秋の展覧会でお会いして以来なので1年半年ぶり。さすがに、これくらいの年齢の方は、1年とか2年後に会うと、老いを感じるのが普通で、今回もそれなりに覚悟をして出かけたのだが、まったく変わっていなかったのでびっくり仰天。
 野町さんも、前回、川田さんとお会いしたのは私と一緒だったので、同じく1年半ぶりで、その変化の無さに、「化け物だあ」と唖然。お顔に皺やシミが出ているわけではないし、背中はまっすぐだし、パーティのあいだも、ずっと立ったままで、疲れたそぶりもない。
 食生活はどうなっているのかと聞くと、最初に出てきた答えが、「肉と魚を交互に食べている」とのこと。「肉ばっかり続くとさすがにねえ」と、まるで、中年にさしかかった30代とか40代の答え(笑)。
 この食生活は私と同じだとうれしくなってお酒のことを聞いた。私は、ほぼ毎日、少量だけれど飲んでいて、休肝日がない。酔っ払うためではなく、食事がおいしくなるから飲んでいるだけなのだが、辞めた方がいいですかねえと川田さんに伝えると、「僕も毎日飲んでいるけれど、お酒は飲んでいた方がいいよ、気分が高まるでしょ。」との答え。まるで私の心の声を代弁してもらったようで、一安心。
 まあ、こうしたことは前置きで、本当に驚いたのは、展示されている写真が、この1、2年に撮った新作ばかりなのだけれど、ものすごく斬新であること。芸術家に年齢なんて関係ないとはいえ、90歳を超えて、生涯でもっともエッジが効いた作品を作り出しているのは尋常ではない。
 しかも、川田 さんは、ほぼ毎日のように撮影し、インスタグラムにアップしているのだが、その写真を、その日のうちに自分でA2サイズのプリントにして、それを展示しているのだ。
 後になってから展示用にプリントを制作するというのが一般的な写真家がやることだが、川田さんは、撮影時のリアリティが鮮明なうちにプリントまで仕上げることをモットーとしている。
 もちろん、時間を置くことで熟成されるものもあり、その時にプリントを作れば、まったく異なるものになるかもしれない。しかし、それはそれで構わず、それはまた別の作品だという意識を川田さんは持っている。
 とにもかくにも、川田さんにとって現在進行形の作品は、そのスピード感が命。なぜなら川田さんは、刻々と変化し続ける時代社会と向き合って作品を作り続けており、”旬”であることが何よりも大事。優れた料理人の仕事の速さと同じ。
 川田喜久治さんというのは、日本の戦後写真界の牽引者であり、川田さんが所属していたセルフ・エイジェンシーの写真家集団VIVOのメンバー、東松照明さん、奈良原一高さん、細江英公さんなどは、写真界の伝説である。
 だから、戦後間もない頃のvivoの時代のエピソードが語られたり書物で読む時に、川田 さんの名前が出てくると、とても不思議な感じがする。
 今、目の前に、現役バリバリの当人がいるわけで、夢を見ているような気分になる。
 しかも、年に一回ほど、筆達者でセンスのいい直筆のご連絡をいただいたりする。
 私は、川田さんとは16年ほどのお付き合いになるが、出会った時すでに75歳になっていたということだが、その時も若々しかったのだが、話をしている時の感じは、当時と今、まったく変わりがないのも驚きだ。発する言葉も明晰だし、人の話に対応する柔軟な対話力も健在だ。
 その秘訣は、やはり、上にも書いたように、毎日、集中して自分がやるべきことをやり続けていることだろう。そして、色々言い訳したり、もったいをつけたり、後回しにせず、スピード感を維持し続けていることが大きいと思う。
 小説家の丸山健二さんが、毎日、少しずつでもいいから必ず数行ずつ書き続けるということを言っていたので、それを川田さんに伝えると、「毎日数行を欠かさずに続けて一年で一冊の長編小説になる。そういうものだよね」と即答。
 少しずつであっても、集中を途切れさせないということが大事とも言っていた。
 私も実践できているかどうかはともかく、まったく同じ考えで、昔のように、あれもやりたい、これもやりたいという気持ちはなく、一意専心できればそれでいいという思いが強い。
 一意専心の極北は、白川静さんなのだが、私が地道に行っている「日本の古層」のプロジェクトについて、川田さんは、気遣ってくださっているのだが、白川さんの「字訓」や「字統」に通じる極めて大きな仕事と言っていただいた。私にとって、これはどんな言葉よりも、心の支えになり、勇気づけられる言葉だ。
 ピンホール写真についての感想など、いろいろな方からいただいているのも励みだけれど、白川さんの名前を出して評価してくださるのは川田さんだけで、つまりそれは川田さんも白川さんのことを深く理解しているからであり、私にとって二重に嬉しい。
 20代、30代の未来を背負う若い表現者には、川田 さんの作品の中に漲っている疾走感と、時空を超えたスケール感を、ぜひ感応してもらいたい。
 評論家が、あれこれ分別くさく分析する時間を許さないほど、川田さんは、彼らの言葉の前を走り続けている。

 

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