現在、私たちが直面していること

 「風の旅人」第36号が書店に出始めた。
 今回は、戦後日本社会を大きく俯瞰する内容になっている。
 戦後の日本写真界に多大なる影響を与えた石元泰博さんや川田喜久治さんの未発表写真を中心に、日本に愛着を持っていたユージンスミスの写真で、あまり知られていない「日立」シリーズが、紹介されている。
 現在、トヨタが4500億円の巨額の赤字になることを発表したのに続いて、日立が製造業としては最大規模の7000億円の赤字になる見通しを発表した。ソニーNEC、日立、パナソニック、各自動車メーカーなど、戦後日本の経済を牽引してきた企業が、次々と巨額の赤字に陥っているが、それらの企業の広告費は、他の産業に比べて突出して巨額だ。今週発売の「東洋経済」を見ると、トヨタの広告宣伝費は4845億円。第二位のソニーが4687億円、第3位がホンダで3157億円、4位が日産の2759億円、5位がパナソニックの2001億円だ。これらを合わせると、1兆8000億円近くになる。ライオンは220億、サントリーが534億、資生堂が559億円だから、上位の5社は、それ以外の大広告主と一桁違っている。つまり、資生堂クラスの会社が10社集まって、トヨタなのだ。トヨタなどの自動車メーカーと、ソニーパナソニックが転ぶと、宣伝広告業界にとっては、一般的な大企業と言われるところが50社ほど転ぶ状況に等しくなる。宣伝広告費に依存しきっている新聞、雑誌、テレビが一生懸命に「100年に一度の危機」を訴えているのは、そうした事情があるからだろう。
 それはともかく、現在、戦後経済の牽引役と、その発展に便乗して潤ってきたテレビ・新聞・広告業界がつくりあげてきたスタイルが、ぐらぐらと崩壊しつつあることは間違いない。
 狭い家に家電製品を数多くそろえ、自家用車を持つことが豊かさだと信じて、戦後日本人は頑張って働いてきた。多くの人が、同じ指向性を持つ事で大量生産が可能になり、コストも下がり、結果的に多くの人に物が行き渡るようになる。人々の意識の方向性を揃えるためにマスコミが情報をコントロールする。そして、規格化、画一化が進み、ファミレスやコンビニに代表されるように、どこに行っても同じものが簡単に安く手に入るようになった。そうした利便性が豊かさだと信じ込まされていた。
 そのように進められてきた国民と情報の「標準化」の結果として、実際は多くのものが切り捨てられている。各人の不安、不満、願望に個別に対応したり、その場に応じたものが作り出されるのではなく、既に存在している多くのサンプルから共通事項を選び出し、分析し、加工し、標準的な処理を経て対応するという「データ処理」の手法の枠組みに、世界を強引にはめこんでいる。すでにあるサンプルをベースにしているので、それをどう加工処理しても、そこから発生するものの範囲は決められている。つまり、現代のコピーを形を変えて行い続けているにすぎず、本質的に何も新しくなっていない。各新聞、テレビ、雑誌が典型的だが、同じ情報を、ただ形を変えて見せる競争をしているだけなのだ。だから、色々な情報や物質が溢れているように見えるけれど、欠乏感や欠落感がつきまとっている。
 今月号で紹介した石元さんや川田さんの写真が、なぜ未発表だったかという問題も、戦後日本社会の事情にからんでいる。
 文化功労賞を授賞するほどの偉大なる写真家、石元泰博さんは、シカゴから帰国して50年以上、東京の写真を撮り続けていた。そのプリントの数は2千枚を超える。このたび、それらの写真が、高知県立美術館に収蔵されることになり、そうなってしまうと見ることも難しくなってしまうので、東京にある間に全て見せていただくことにした。
 「戦後東京」の貴重な写真なのだから、東京都写真美術館が引き受ければよいところを、管理していく予算の都合ということで拒否され、石元さんの出身の高知県が、代わりに引き受ける事になったらしい。
 にもかかわらず、東京都写真美術館の倉庫に入った写真家から聞いたところ、巨大なアートまがい?の写真が多く保存されているらしい。
 キュレーターと自称する人たちも、評論家も、戦後メディアが垂れ流す「データ情報」の影響を強く受けている。というより、表現を取り巻く人たちとメディアが共同して、「データ情報」に当てはめた表現の価値基準をつくりあげてきたことは間違いない。そうした価値基準は、「データサンプル」を多く持っている者の方が優位に立てるからだ。しかし、そうした価値基準の目的が何であるかというと、簡単に言ってしまうと、次から次へと“流行り”を作り続けるということだ。そうした“動き”があることが、“活性化”であり、“豊かさ”であると人々が信じこむことを消費経済が求めてきたのであって、メディアや、その周辺に寄生する”文化人”は、そのシステムに組み込まれているだけなのだ。
 「データ情報」で説得力をもたせ、かつ“目新しさ”を提供しないと、物を買ってもらえない、雑誌を読んでもらえない、展覧会にも足を運んでくれない、本も売れない、広告効果も得られない、という強迫観念が、彼らを縛っている。
 しかし、そのように性急で表層的な分析と新しさを追い続けてきた結果、場全体が、より処世的に、卑小で、つまらないものになり、飽きられてしまった。飽きられることを恐れて、目先を変えた「ハウツー」が相変わらず出現し続けているが、そうしたものに依存すればするほど自分が苦しくなることを、多くの人が覚りはじめているのだ。
 石元さんの二千枚を超える東京のプリントが、なぜ未発表だったかとご本人に問うと、「誰も見せてくれと言わなかったからや」と言う。
 それらの写真は、戦後消費経済のニーズに合わなかった。合わないものに、石元さんは媚びて寄り添うこともしなかった。ただ、それだけのことだ。川田さんにしても、同じようなところがある。川田さんは、これまで自分が納得できる写真集を、自費で少数だけ出版してきた。出版社に自分の作品の扱いを任せるということを決してしなかった。
 『地図』という写真集などは、現在、海外で300万円の値が付いていると言われるが、「標準化」とか「規格化」とは真逆の豊かさが、消費経済とメディアによって築かれた世界が崩壊しつつある状況のなかで、これからも少しずつ認知されていくことは間違いないだろうと思う。
 いずれにしろ、今月号の「風の旅人」では、戦後日本社会を俯瞰しながら、ロールシャハテストの白黒を反転させるように、意識の置き方次第で世界の見え方が変わるということを示したかった。
 そういう意図があって作ったというより、石元さんや川田さんの写真世界と向き合いながら、結果的にそういう意識が自然と醸成されていったのだ。
 「時と転」というテーマの“転”は、つきつめて言えば、“意味が変わる”ということだ。
 現在、私たちの社会は、単なる経済不況に直面しているのではなく、戦後社会を支えてきた「意味あること」の意味が、大きく変わろうとしている状況に直面しているのだと思う。