第965回 ドナルド・トランプの勝利と、資本主義の曲がり角②

 ①から続く

 アメリカ合衆国大統領選挙には莫大な資金が必要になるので、その資金を提供する者が、大統領の政策に大きな影響力を持つことになる。
 にもかかわらず、アメリカ合衆国の大統領には巨大な権限がある。その一つが閣僚任命権で、大統領に資金を提供したビジネス関連の人間を閣僚に任命できる。すると、そのビジネスは、国家の生存戦略の要として扱われ、より強固なものになっていく可能性がある。
 さらに大統領には法案拒否権がある。議会が、大統領に資金を提供したビジネス分野に不利な法案を可決しても、その法案を承認せず議会に突き返すことができる。その場合は、再度、議席の三分の二を獲得しないと法案にならない。
 そして、三つ目の大きな権限が、アメリカ軍の指揮権。
 ドナルド・トランプは、大統領選挙を戦ううえで、特定のビジネス分野から多額の資金提供を受けずに大統領になったと言われている。(実際にどうなのかはわからない)。
 その彼は、企業に対する大型減税とインフラ整備を含む公共投資の拡大を経済政策構想として掲げている。金融緩和と同時に財政拡大を行って景気を回復させるというのは、世界恐慌時にルーズベルト大統領が行ったニューディール政策に遡ることができるが、トランプと同様、大衆人気を得て大統領になった元俳優のレーガン大統領の政策とも共通している。
 この政策は、財政状況でその通りに実行できるかどうかは別として、古典的でわかりやすいので、大衆には受けやすい。
 そして、対外的には、
(1)自由貿易に制限をかけることで米国民の雇用を増やして、米国民を豊かにする。
(2)軍の展開を縮小することで米国が負担しているコストを下げる。
 ということを宣言している。

 これらのトランプの政策について、アメリカが排他的で自国の利益しか考えない国になるのではと心配している人は大勢いる。
 しかし、どの政権においても、自国の利益を第一に考えるものなのだ。だから問題は、今後のアメリカにとって、自国の利益第一というのは、どういう形なのかを考えることだ。
 現在は、ルーズベルトの時代ともレーガンの時代とも異なり、瞬時に海外から莫大な資金を調達して海外に投資して稼ぐこともできるし、それを国内に投資することもできる。
 こうした国家戦略を展開するためには、保護主義はありえず、自らが率先して、世界中を規制のない自由主義市場にしていくことが必要になるし、その方がメリットは大きい。
 だから、もしトランプが本気で保護貿易を掲げるのであれば、これまでと異なる国家の生存戦略があるということだ。もしくは、自己都合的な保護主義を、各国との関係を悪化させるリスクをおかしても押し通せる強みを持っているということだ。(彼のようなしたたかな人間が、単に自分の感情だけで動いているはずがないし、優秀なブレーンもいる。)
 また、今後のアメリカ軍の展開にしても、大衆向けにはコストのことを訴えることが一番通じやすいが、彼なりの考えがあるのだろう。
 これまでのアメリカは、単にお人好しで、自分のお金を使って各国に軍隊を展開していたわけではなく、それが国益にかなっていただけのことだ。
 製造業の輸出に依存した国家ではなく、投資に依存した国家になっていれば、国益を守ることは、国境の内側を守るだけでなく、重要な投資先を守ることになる。
 だからイギリスは、戦後、スエズ戦争フォークランド戦争を引き起こした。 
 イギリスはスエズ運河の大株主であったが、エジプト大統領のナセルがスエズ運河の国有化を宣言したため、イスラエルとフランスと組んで戦争をしかけた。
 また、フォークランド諸島は、南米最先端でイギリスから遥かに遠く離れたところにあるが、パナマ運河が閉鎖された時に重要なルートでもあるし、今ではタックスヘイブンネットワークの拠点となっているジャージー島ガーンジー島マン島の王室属領、ケイマンやジブラルタルなどの海外の小さなイギリス領土を、その周辺国が簡単に奪うことなどできないのだよと実力で示すために、現在のイギリス経済発展につながる新自由主義経済政策を推進した鉄の女サッチャー首相は、国土から遠すぎてアルゼンチンから奪いかえすことは難しいという軍部の反対を押し切って、素早く大軍を送り、勝利した。
 そしてアメリカの場合、東アジアなど自国の投資経済と深く結びついたところは、安定した状態を維持して、その投資価値が下がらないことが重要だった。
 安倍政権は、アメリカによる安全保障を大切にしながら、日銀と連携した異様な金融政策によって株価を上昇させた。この株価上昇は、日本人以上に、日本に先行投資を行っていたアメリカの富裕層や金業界を潤わせただろう。まさにそれこそが、アメリカの望むところだったのだ。
 また、中近東など石油資源が中心の地域は、これまで世界最大の石油輸入国であったアメリカが、近年のシェールガス革命でアラブの産油国の強力なライバルとなるわけで、米軍の使い方にも変化が出てくる。石油価格などのイニシアチブを握るために、巨大産油国であるサウジアラビアとイランの対立を利用して、軍隊の展開を含めて、微妙な駆け引きが行われている。
 もしトランプが、軍の展開を本気で縮小し、同時に自由貿易に制限をかけるとするのならば、それは、彼の独断ではなく、アメリカのビジネスモデルを変えていく段階にきているということではないか。
 近年までアメリカが推進してきた金融を中心とするビジネスモデルは、世界を規格化(グローバルスタンダード)すれば、どこよりも巨額の資金調達をできるアメリカの強みを生かすことができるものだった。そのために、イギリスと連携して、自由主義経済政策を推進し、他国にもそれを強要してきた。
 しかし、その結果、アメリカやイギリスは国家として金融分野の競争に勝つことができても、国民は豊かになれないという事実が明確になった。
 そこに、シェールガス革命が起こった。アメリカでは、シェール層が国土のほぼ全域に広がり、そこに埋蔵されている石油や天然ガスは100年分を超えるといわれている。
 これによって自国の安い資源を利用しながら、かつてのように製造業に力を入れ、今よりも多くの国民に富を分配する政策をとることが可能かもしれないし、その動きを支援する勢力も存在するだろう。
 そのうえ、シェール層は、アメリカだけでなく、中国、オーストラリア、ウクライナ、ロシアなど他国にも存在するが、そこから石油や天然ガスを取り出す技術は、現時点では、アメリカだけだと言われる。
 アメリカは、それら各国のシェール層の開発に深く関わりながら、時には買収したり、資金面や技術面で影響力を増大させ、アラブの産油国を圧倒する石油資源ネットワークを構築することができる。
 さらに重要なことは、トランプが保護すると主張しているアメリカの製造業は、現在、アジア諸国が仕掛けている家電などの安売り商品ではないということだ。
 グーグルなどアメリカ企業が積極的に開発を進めている自動車の自動運転技術や、Iot(物のインターネット)などを見ればわかるように、これからの製造業は、アメリカが世界をリードしている人工知能や情報技術と一体化したものとなるだろう。
 奇しくも、先日、ソフトバンク孫正義社長が、サウジアラビアと組んだ10兆円規模の巨大ファンドを設立したことがニュースになった。
 この巨額のマネーは、新しいテクノロジー分野に優先的に投資するためのものだとされいるが、この発表の前に、ソフトバンクは3兆円以上かけてイギリスのARMホールディングスを買収しているので、新しい巨大ファンドの投資先は、おそらくIot分野が主になると考えられる。
 アメリカは、現在備えている強力な資金調達力で、海外に投資して儲けることをメインにするのではなく、国内の人工知能や情報技術など先端技術分野に投資して、その成果によって自動運転自動車など新しい製造業分野を生み出し、さらに、シェールガスという格安で調達できる自国のエネルギー資源を生かしながら新しい製造業を強力に発展させて、雇用を生み、輸出し、利益をあげる準備が、どの国よりも十分に整えられている国家である。
 莫大な投資資金と最先端技術と格安資源を融合した製造業の新しいステージが、アメリカの目の前に開かれている。そのことを見通したうえでの、トランプの保護貿易主義と考えなければいけないだろう。もはや、日本の自動車やラジカセをハンマーでぶっ壊すという古い時代ではないのだ。
 イギリスの場合は、EUとの結びつきよりも英連邦との結びつきの方が自国にとってメリットが大きいとも考えられる。英連邦には54ヵ国が加盟していて、さらに、独裁政権を倒して民主化を果たした主にアフリカの国々などが新たに参加し、加盟国は増え続けている。
 そして、資源大国であるカナダ、オーストラリア、南アフリカ、世界で2番目に人口が多いインド、経済成長の著しいマレーシア、シンガポールも含まれる。また、近年、賃金の高くなった中国にかわって「世界の工場」となると考えられているアフリカ諸国の多くも英連邦だ。
 イギリスのEUからの離脱の中心人物が、前ロンドン市長ボリス・ジョンソン氏であることも象徴的だ。なぜなら、彼は、金融都市ロンドンの繁栄のために、規制緩和構造改革に熱心に取り組み、世界中の企業をロンドンに誘致し、イギリスの金融主体のビジネスモデルを成功させた立役者の一人だからだ。
 その彼が、一見、自由主義経済から保護主義経済への移行のように見えるイギリスのEU離脱の中心人物になった。
 とすれば、この変化は、従来のような内向きの保護主義への変化ではなく、格差を生むばかりの金融ビジネスに依存した国家の生存戦略に代えて、英連邦のネットワークを生かしながら、調達した莫大な資金と、資源、技術開発、製造、マーケットを結ぶつける新たなビジョンを国家の生存戦略とし、より多くの英国人を潤わせることが意図されている可能性もある。
 すなわち、アメリカもイギリスも、自由主義から保護主義に単純に逆戻りするのではなく、また単純に金融業から製造業に向かうのではなく、全ての強みを統合した資本主義の新たなステージに進む条件を整えている。
 それに対して、日本の場合は、どうなのか。

 ③に続く。


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