変わるべき「体制」とは何か!?

 kuriyamakoujiさん、ワタナbシンゴさん、コメント有り難うございます。お二人が書かれたこと、そして赤木さんのことについて、もう少し私の考えを述べます。

 まず、昨日のエントリーの続きになりますが、私は、赤木さんの考えにすり寄るつもりはないですが、自分の経験から、今日の赤木さん的立場の人を苦境に陥れる「体制」は、政府ではなく、安定労働者だと思っています。それは、たとえば企業の採用担当者は、安定労働者であり、彼らの多くが、自分たちの狭隘な価値判断によって人の価値をはかるからです。子供の頃から進学塾に通い、偏差値の高い大学を出て大企業に就職して、そのポジションに固執している人は、どうしてもその価値判断で人を見る傾向にある。彼らが、もう少し柔軟な判断をすれば、学歴がなかったり、ドロップアウトの人間も雇うでしょうが、なかなかそうはいかない。採用担当者の問題だけでなく、大企業には相変わらず、「○○大学枠」というものがあり、その大学の出身者を優先的に採用するところも多い。企業内での出身大学ごとの派閥を意識したり、他の企業と出身大学ごとの人のつながりやコネで生まれるビジネスを期待して、人の採用が行われたりする。

 その人の生身の実力というより、その人の表層にまとわりついている称号のようなものが、安定労働者の世界では大事にされる。だから、「有名」とか「権威」とかに弱い。たとえば講演を頼んだり、広告媒体を決める場合も、「内容」よりも、有名か否かが圧倒的に重視される。そのようにして、この世界では「内容」を見る眼が著しく低下している。だから、“前例に倣え”になりやすい。

 私は、20代の頃、高卒の履歴書を企業宛にたくさん送付したが、面接までこぎつけることはほとんどなかった。面接をしたとしても、二年間の放浪のことを不可思議なこととして見られ、そのことについて彼らが納得できるような説明を求められた。

 私はそのような20代を過ごすうちに、この国の頑迷な「体制」は政府ではなく、「企業」であり、そこで働く無数の人であると思った。この人たちの頭が変わらなければ、この国は変わらないと思った。

 赤木さんのような人を苦境に陥れた理由として、「労働者派遣法」をつくった政府を糾弾する知識人が多い。派遣会社に籍を置く人が、大企業などの指揮・命令下で働くという構造は、大企業にいいように使われる若者を増大させることになるからだ。しかし、こうした法律が、特定の政治家のエゴだけで制定されるわけがなく、当然ながら、大企業側からの強い働きかけがある。大企業といっても、社長のエゴでそうした働きかけを行うのではない。大企業の社長は、安定労働者のなかで競走に勝ち残った人にすぎないから、その他の社員のメンタリティと、さほど変わらないのだ。また、この国の制度をつくる政府は、政治家というより官僚だ。官僚もまた、高学歴獲得競争の勝者であり、安定労働者の一種だ。安定労働者がつくる組織に従順で、自分たちに優位なヒエラルキーの維持を望み、そのための価値観を保持しようとしている。

 こうした安定労働者陣営の自らの保身をはかるための頑迷さは以前から強くあり、この世界のなかで生きることは、私のような高卒者+ドロップアウトは圧倒的に不利だと思った。だからそういう執心を私は持つことはなかった。

 そして、現代の日本の消費文明は、この安定労働者の人たちがあくせくと働くことで作り出し、同時に彼らが従順な消費者となることで、高速で回転している。稼いでも稼いでも出費が多いので、彼らも決して楽な生活をしていない。

 この大勢の安定労働者の思考特性や行動特性が変わらなければ、日本も変わらない。しかし、それを捨てろと言ったところで、我が身を守るために、それを聞き入れるわけがない。学歴とか経歴とかに関係なく人を雇えと責め立てたところで、それ以外の基準がどういうものか、見当もつかない人が多いだろう。

 この層が変わらずに、赤木さん達の立場が変わるのは難しい。ということで、知識人に、「もはや戦争しかありませんよ、あなた達に、この状況を変える智恵はあるんですか、それ以前に、問題の本質がどこにあるのかわかっているのですか」と、赤木さんが言いたい気持もわからないでもない。

 しかし、知識人の多くも高学歴の大学教授だったりするわけだから、安定労働者と同じ保身のメカニズムのなかで生きている人が多い。自分たちが登ってきた階段を登ってきた人の中から後任を選ぶということは、アカデミズムの世界でも繰り返されている。

 そういう赤木さん的立場の人にとっての袋小路のなかで、赤木さんは赤木さんなりの戦略をとっているのだろうが、私の考えは違うところにある。

 私は、「安定労働者」の層に対しては、その頑迷な価値観に対して意義を唱えながら、そうではない生の価値を、形にして示し続けたいと思っている。大きな声で政治的にアジっても、北風にコートを強く抱きしめる旅人のようになるだけだから、そうではない方法で伝える方法を模索している。それが「風の旅人」の制作になっている。

 そして、赤木さん的立場の人に対しては、上に述べたような社会状況であっても、自分が変わることで何かが変わる可能性があることを、完全に忘れて欲しくないと思う。

 それは、シンゴさんのコメントにも通じることだが、自分の生き方が変わることで、世界の見え方や、周りとの関係性ががらりと変わることは、やはりあるからなのだ。そして、もし、学歴がなかったり、ドロップアウトした者が、自らの不遇について愚痴っぽくなってネガティブになるだけだと、安定労働者が、その人たちを採用しない言い訳の余地をさらに与えるだけになる。結果的に同じと言うかもしれないが、本当は人を見る眼がないために「学歴」とか「経歴」だけで人を選択していた安定労働者が、「フリーターは性根が腐っているから」などと、今まで以上に、排除する可能性が高いのだ。

 私は、旅行業でも出版業でも、人を採用する場合は、面接をじっくりとやる。学歴が高かったり、その業種の勤務経験があれば優れた仕事ができるなどと、まったく思っていない。むしろ、実力以上にプライドが高かったり、ルーチンの仕事を繰り返してきただけなのに、その自覚がなく、すぐに自分が好きな仕事に携われると勘違いする人がいたり、私が自分の考えを示しても、前の職場の方法を踏襲しようとする人が多く、出版でも何人か採用したけれど、試用期間の間に全て辞めていただいた。

 「高学歴獲得競争」に勝ったり、「出版社での経験」など安定労働者のなかで高く評価されるものを手にして過剰なプライドを持っている人は、何かをやる前に、既に、自分は優秀であると錯覚してしまうのだろう。

 けっきょく、出版業の経験のないフリーターを2名採用して、彼女たちと、「風の旅人」を制作し、販売し、企業のPR誌や会社案内なども制作している。職歴のない人の方が、謙虚だし、覚えようと必死だし、入社してから伸びると私は思っている。(職歴がなくて、謙虚さもなく、覚えようとする意欲もなく、それでいて賃金だけたくさんもらおうという魂胆を持っている人は、どうにもならないほど最悪だが。)

 最近、ユニクロとか、ドンキホーテなどもそうだが、従来の安定労働者寄りの価値観とは違う方法で経営を行っている企業が増えている。学歴のない人間を重要ポストに使命したり、契約社員を社員にしたり。

 彼らは、それを「正義」としてやっているのではないだろう。安定労働者の既得権に胡座をかいている人間よりも、そういうものがないゆえに自分なりに工夫して一生懸命に働く人間の方が、結果的に、よい結果をもたらすことがわかってきたからなのだ。

 私が深く関わっている介護会社でも、そういう動きはある。実際に、その会社の社員と接していて、学歴のある人間の方が、頭でっかちで仕事も遅く、周りの状況に鈍感で気がまわらないことが多かったりする。全てがそうではないが、仕事力において、学歴は昔以上に関係なくなっている。それはおそらく、学歴を付けるための勉強方法にも問題があるのだろう。既に決定している標準的な答えを選ぶことに長けている人間が優位を保てた時代は終わりつつあり、答えのないところから自分なりの答えを見いだして行動できる人間が優位になる社会構造になりつつあるのではないか。

 この流れが続くと、頑迷な安定労働者層の価値観も崩れていく可能性が高い。この流れを加速させるためにも、赤木さん的立場の人がネガティブになってはいけないのだろうと私は思っている。「疲れ切っている人間に期待するな」などを言うかもしれないが、期待などしているのではなく、それ以外の道が私には見あたらないだけだ。そして、「期待などするな」という言い方や、「戦争しかない」という言い方を赤木さん達がするかぎり、「それみたことか」とほくそ笑むのは、不安定になりつつある既得権のコートをさらに強く握りしめる安定労働者であるような気がするのだ。


*全てを一括りにすることを批判しながら、私自身が「安定労働者」を一括りにしている。もちろん例外も多数あり、その数は増えている。しかし、安定労働者世界は、個人の意志よりも全体に配慮する方向でモノゴトを決定されることが多いゆえに、いくら個人としてそれに該当しないと主張しても、組織的決定に従う結果として、まわりと同じ傾向になってしまう。個人的に戦争が嫌いなのに武器関連の部品制作に携わったり、個人的に「学歴」なんか関係ないと思っているのに、会社の方針に従ったり・・・。

 私が「安定労働者」という言い方をする時は、そのように個人よりも組織の意思を優先するかたちで組織に所属し、その「従順」さによって、組織との「安定」した結びつきを実現している人を指している。


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