規制産業崩壊の序章

 「フジ、貸株で買収防衛。ニッポン放送保有するフジテレビ株をすべてソフトバンク・インベストメントに5年間貸し株することで、ニッポン放送のフジテレビに対する議決権をゼロにして、ライブドアの意欲をそぐ。フジテレビの社員も、話しの通じないライブドアの堀江さんより、ソフトバンクの孫さんの方を歓迎している」というけれど、ちょっと甘いんじゃないだろうか。だって、孫さんは、NTTを相手に、最初は無線、後からADSLで戦争を仕掛けて、結果的に、今の日本をブロードバンド先進国にまで引きあげた人だ。いずれ光ファイバーになることがわかっているのに敢えてADSLをガンガン打ち出していったのは、インフラを支配しようとしたのではなく、NTTを焚きつけて、NTTに投資させて、日本を高速回線化させることが目的だったのではないか。最終的な結果として儲かるのは、ITコンテンツを持っている自分たちなのだから。そういう人が次に狙うのは、NTTと同じように規制産業で経営感度の鈍い放送メディアではないか。過去において、マードックと組んで朝日テレビに手を出して、朝日新聞に譲る形で手を引いたのだって、損はしていないし、知名度は上がったし、放送メディアの懐をさぐることができたわけだし、日本のブロードバンド化の進展具合からして時期尚早だったという判断があったかもしれないし、当時の放送インフラはどうでもよく、放送コンテンツが目当てだったとすれば朝日テレビには思ったほどの価値がなかったのかもしれないし・・・。つまり、過去における朝日テレビの買収の件が失敗だったわけではなく、単なる探りで、これからが本腰を入れて、放送メディアを攻略していく腹づもりがあるのかもしれない。
 ソフトバンクインベストメントの北尾さんと孫さんが不仲とか言う人もいるけれど、それだってポーズかもしれない。この二人のなかで、常人には想像も及ばない野望があって、その実現のために二人の人間関係すら、いろいろ演出を凝らしているのかもしれない。
 いずれにしろ、フジは、ライブドアからの防衛の為ということで、ソフトバンクインベストメントに自分の会社の株を貸してしまった。その所有者であるニッポン放送ライブドアに経営権を握られることを想定したうえでのことだから、ニッポン放送側には必要に応じて株を返してもらう権利はなく、返す返さないは、ソフトバンクインベストメント次第という条件だ。
 でも、もしソフトバンクが、ライブドアを買収してしまうとどうなるのだろう。ライブドア時価総額は2210億円で、ソフトバンクとヤフーを合わせると5兆5383億円になるという。ニッポン放送が握るフジテレビ株を、5年間どこにも移せない状態に凍結し、ソフトバンクグループ及びライブドアがフジテレビの株を買い増しした後で、ソフトバンクライブドアが手を組んだり、片方が吸収合併されると、その瞬間、フジテレビは自分の会社の経営権を失う。孫さんと堀江さんが奇しくも久留米大付属の中・高一貫校に学んでいて先輩後輩の関係であるにもかかわらず、堀江さんがヤフーを抜くと表面的に宣言しているためにライバルのように言われたりするが、はたしてどうだろうか。プロ野球の時もそうだが、二人のなかで役割分担が決まっているのではないか。堀江さんは、ガンガンとマスメディアを掻き回して、風当たりはきついけれども知名度も上げることが出来て、既に知名度のある孫さんは、堀江さんのリスクを後ろから支えて堀江さんを強気で走らせ、誰にも反感を買うことなく美味しいところを頂戴する。堀江さんも孫さんも損をしない構想が、二人の間でしっかりとできているのではないか。
 ただ、注意しなくてはいけないのは、会社を乗っ取るという言い方をすると、侵略して略奪するというイメージになるが、実際にはそうではない。
 大事なことは経営権を支配するということなのだ。経営権を握れば、侵略とか略奪とかしなくても、自分たちがイメージする方向に会社を導くことができる、そのイメージする方向というのも、エゴイスティックなこととは限らない。私が思うに、規制産業などにおいては、経営の方向が内向きになって、保守的になって、時代の潮流のなかで手をつけていかなければならないことができない。NTTが、ブロードバンド化を進めることで既存の回線を不要にしてしまうことを恐れて、なかなか手を打たなかったように。まさに、今の報道メディアが数年前のNTTと同じで、放送のデジタル化などを積極的に進めると、現在の数社独占状態が崩れてスポンサーの分散化も起こるので、敢えてダラダラとしているということもある。
 その分野に既得権を持っている者が経営権を握っていると、その既得権を手放すリスクがある舵取りは行わない。その結果、その分野の膠着状態が起こる。そのなかにいるものは、それでも甘い蜜を吸うことができる。しかし、その分野に既得権を持っておらず、それ以外に発展の可能性を持っている会社が、その既得権で膠着している世界の構造が変わりさえすればさらに大きな発展を得られると知れば、その既得権世界の経営権を奪ってしまおうと考えるのは自然だろう。会社を略奪するのではなく、ベクトルを変える為に。その会社の設備投資の領域や、その配分を変えるために。
 おそらく孫さん達が放送メディアの経営権を狙っているのは、そういうことだろうと思う。というか、間違いなく、放送メディアの経営権を握るために、ライブドアの動きから今回の貸し株への流れがあるのだろうと思う。
 ライブドアは放送に対するビジョンを持っていない云々などと言う人がいるが、ニッポン放送やフジテレビのどこにそれがあるのだろう。彼等がやっていることは、世の中の現状をなぞっているだけのことで、世の中の明日につながる何かをやっているわけではない。もしくは、2,3年後の社会を想定した仕事をやっているとはどうしても思えない。彼等には、”今”しかない。
 ライブドアソフトバンクも、新たな時代に対応するインフラの仕組みさえできれば、コンテンツは後からついてくると考えているだろう。彼等は、未来を頭に描いて仕事をしている。それが良い悪いは誰にもわからない。でも、未来を頭に描くことじたい、ビジョンを持っているということだ。
 それにしても、なぜ、フジテレビおよびニッポン放送は、救い主にソフトバンクを選んでしまうのか。他に、株の貸し出し先は幾らでもあるだろうに。一流のバッターに射すくめられたピッチャーが、バッターの狙っているところに呼び込まれるように球を投げてしまって、ホームランを打たれてしまうことが勝負の世界にあると聞くが、今回のケースは、まさしくそういうことではないだろうか。