第989回 主権の自己制限について

 GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、昨年3月末で7%超の東芝株を間接保有し、東芝の「隠れた大株主」だ。昨夏の段階で、年金マネーは、東芝の不正会計問題によって株価が下がったため、計130億円の含み損を抱えた。東芝は、その後、さらに原発事業の大損失が発覚し、再び株価は急落しているが、倒産という事態になれば、株券は紙切れになる。
 こうしたことを知ると、原発の再稼動や廃炉問題とともに、年金のためにも、日本国は東芝を潰さないように必死の策を出してくることが予測される。
 現在、GPIFと日本銀行が、東証1部に上場する企業の約半数の約980社で事実上の大株主になっている。GRIFだけで30兆、さらに日銀が10兆。あわせて40兆円で日本の主に大企業の株を支えている。まさに国家と企業は一心同体。
 そして、国家政策として、日本の経済を守るために、それが当然ということになっており、経済が上昇すれば株価があがり年金資産も増えるという好循環をねらう。もちろん悪循環になると最悪なことになる。
 悪循環も恐ろしいが、もっと重要なことは、日本が、ますます国民主権でなく、かといってもちろん天皇主権でなく、「国家法人」(利益共同体)に主権が置かれた国であるという様相が、より強くなっていること。大企業の株を国家が大量に保有することで、国家法人の利益と大企業の利益が、ますます同一化するということ。この状況のなかでは、政治家というのは総理大臣ですら雇われ社長でしかない。
 そして、もう一つの問題。
 憲法第98条
憲法最高法規性、条約・国際法の遵守』
 この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2.日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

 誠実に遵守という何とも微妙な言い回しだが、他国と締結した条約などが、憲法とともに最高法規としての取り扱いを受けている。
 そして、これは決してアメリカから押し付けられたのではなく、戦前、日本が、満州事変以来、不戦条約や国際連盟約等の諸条約に違反し続け、国際的に孤立していったことへの反省を踏まえて、日本が付け加えたのだ。
 この条文によって、日米安全保障や日米原子力協定に違反はできない。T PPが締結されてもそう。この条文のため、アメリカ軍の領土内駐留も認めるし、プルトニウムを平和的に使うことを示すために、伊方や玄海などプルサーマル原子力発電所を稼働させることが必要になる。場合によっては、そのために少数の国民(社員)が犠牲になることはある程度やむをえないという判断を、国家法人は行うのである。
 この原理は、一般企業にあてはめた方がわかりやすい。企業は、その時々の企業の成長性やリスク管理などを様々な角度から検討し、社長の一存ではなく取締役会議などで決定し、他の企業と契約を結ぶ。その契約を誠実に遵守することが最高法規になっていれば、その最高法規の前に、社員一人ひとりの人権が無視されてしまうこともある。
 この憲法は、もちろん悪意で作られたのではない。国家の暴走を防ぐという、主権の自己制限という措置だ。
 だから非常にややこしい。戦後の国家による人権無視を、戦前の国家の暴走と同じようにとらえる人が多いが、そうではなく、戦争への反省によって生まれた主権の自己制限が、結果的に、人権無視につながる事態が生じていて、これが、安全保障や原子力協定だけでなく、近年、経済面も含めて、かなりその性質が強まってきている。
 そして、段階的に国家法人が困難な状況に陥っていく時、かつてのように、国家の暴走で最悪の事態に向けて突っ走るという単純さではなく、国家の暴走を防ぐための措置として作った主権の自己制限という複雑な、目に見えにくいプロセスが積み重ねられ、最悪の事態の引き金を引かざるを得ない状態に導いていかれることも警戒して未来を展望しておかなければならない。
 たとえばその一つが、集団的自衛権やP KOなどの国際協力から、本意ではない戦争に巻き込まれていくということだ。南スーダン自衛隊が陥ったのは、戦闘なのか大規模な武力衝突なのかという、主権の自己制限があるゆえややこしくなる法的な解釈をめぐる苦しい答弁を繰り返しながら。