第1580回 AI技術の発達と、教育や就職のこと。

Microsoftの社内調査ではすでにコードベースの30%がAIによって生成されているという。
 さらに重要なのはその“非対称性”である。AIを使った開発者のタスク完了率は26%向上する一方、シニアエンジニアの生産性向上は22%に対し、ジュニア開発者ではわずか4%。つまり、AIは“学習済み”の人間の能力を拡張するツールであり、経験の浅い若手にとっては「学ぶ機会を奪う存在」ともなっている。」とのニュース記事を目にした。
 これは、AIが引き起こしつつある人間への影響を象徴的に示していることだと思う。
 知識や経験のない状態でAIを頼るのは非常に危険。AIが示してくる解答に対して批評する思考力を備え、AIに対する牽制が可能でないとAIの言うままになり、そういう人材は、企業にとっても非常に大きなリスクとなるので、採用できない。
 そして、企業の採用方針が変われば、学校の教育制度が変わらざるを得ない。
 これまで、「学歴は人間の価値を決めるものではない云々」という意見があったものの、学歴社会が変わらず、大半の家族が、子供に学歴をつけさせるために塾通いをはじめ莫大な投資を続けてきたのは、けっきょく、学歴が高い方が就職に優位な環境が変わらなかったからだ。
 企業も、学歴より人材といいながら、学歴が高い方が地頭がいいだろうという偏見で、採用してからの育成も簡単だと判断するところがあった。
 しかし、こうした学歴競争を経た上位者が集まる場所、一流企業や大学機関などにおいて、何かしらの会議に参加すれば明らかだが、誰かの意見や、あらかじめ提出されたアイデアに対しては、ああだこうだと意見を言う人はいても、異なる視点からアイデアをぽんぽんと出してくるという会議には、なかなかならない。とにかく色々な角度から色々なアイデアをたくさん出して、絞り込んでいくというブレーンストーミングが、とても苦手なのだ。
 だから、そういう会議では、視界が広がらない。
 私は、昔から天邪鬼なので、常に違う切り口で考えられないものだろうかと思ってしまう癖があり、それを口にすると、だいたいいつも「そういうのは、あまり例がない・・」とか、打ち消しにかかる輩が必ずいた。
 AIというのは、違う切り口の考えが好物みたいで、そういうアイデアを示すと、そのアイデアを発展させるために、いろいろな角度からサンプルを出してきて、その新しい視点を、さらに整えていこう、あらたに統合していこうよと働きかけてくる。
 そうしたAIが出してくるサンプルは、こちらが知らなかったものも多いので、そういう時、AIは、非常に有効だなと感じる。
 今、10代の子供たちでも、学校の教師に対してオリジナルの考えを示しても、「教科書通りにしか学んできておらず、教科書どおりに教えることが義務だと思っている教師」と、まともな対話や議論にはならないだろう。
 これまでの時代は、そうした生徒が、学校嫌いになり、結果的に進学競争に負けて、低学歴になってしまうということがあったかもしれないが、これからは、学校の教師を相手にすることなんか馬鹿らしくてやってられないと判断し、AIを相手に自分の考えを深めていこうとする子供が出てくる可能性が高い。
 そうして、その子供たちが成長し、企業で働くことになり、ただ単に学歴が高いだけの人よりも仕事力を発揮するようなことになれば、企業も採用方針を変えざるを得ないだろう。
 大学機関や官僚組織などより企業は、サバイバルのために必死だから、変化も速いはず。
 企業が採用方針を変えれば、親たちも、自分の人生を犠牲にしてまで子供たちに高い学歴を身につけさせるという発想がなくなる。
 日本社会において、生活が苦しいという声が多いけれど、子供が大学を卒業するまでのコストや、住宅コストの負担がもっと少なくなれば、人生観も劇的に変わってくるはず。
 住宅コストは、働く場所の要因が大きい。東京圏は、異常なほど高すぎる。
 日本企業は、この二十年ほどで弱くなったと思い込んでいる人が多いが、実際は、過去の日本の繁栄の象徴だった家電などの消費財を輸出して稼ぐというモデルから変わったということにすぎない。
 消費財のメーカーは、コマーシャルが多いので広く名が知られるようになって、そうした有名企業が、就職先でも人気企業になっていた。
 しかし、日本は、もともと製造業において優れた能力を備えていて、世界との競争で圧倒的なシェアを占めている企業が、今でもとても多い。
 たとえば半導体においても、半導体そのものは、世界で圧倒的な力を見せつけているのは現在ではエヌビディアということになるが、少し前までの王者であったインテルが、現在、凋落しているように、表に出ているところは、新たなものが出てくれば、あっという間に入れ替わってしまう。
 しかし、日本の製造業は、たとえば半導体製品を実際に作る工場(たとえばTSMC)内の機械や、その機械の中の精密な部品や、その部品を作る機械を作っている。この分野は、そう簡単に取って変わることができない熟練の技術と経験と知恵が要求される。
 AIやロボットでは、簡単に置き換えがきかない分野なのだ。
 なぜなら、こうした分野は、常に変化し続けていて、その変化対応と経験による知恵を常に組み合わせていかなければならず、かりに、そうした能力を備えたAI やロボットを莫大なコストを投じて作って配置しようとしても、すぐにバージョンアップしなければならず、コストとリターンのバランスが悪すぎるからだ。
 経理や事務など、ずっと同じやり方をする分野は、まっさきにAIに取って代わられる。
 私は20代の頃、就職した企業で、仕事のやり方に対して矛盾を感じて、「なぜ、こうしたやり方をしているのですか?」と、課長に尋ねたら、「これまでそういう風にやってきたので、そのようにやればいい」という言い方をされたことを覚えている。
 「これまでそういう風にやってきたので、今後もそのようにやればいい」という分野は、人間よりもAIの方が、はるかにコストが安くつく。
 そして、上に述べたような、常に変化対応しながら、そこに自分の知恵と経験を反映させていくことで競争優位を保っている日本の製造会社は、地方都市を拠点にしているところが多い。
 東京を通り越して、世界を相手にする仕事をしているのだから、拠点はどこでもよく、それならば、土地の安い地方の方がいい。
 東京に出てくれば仕事があるという発想は、もはや古いとされる風潮が広がり、上に述べた学校教育制度が激変すれば、日本は、現在の様々な歪みが矯正される社会になっていくような気がする。 ーーーーーーーーーーーーーーー
京都と東京でワークショップを行います。
<京都>2025年7月26日(土)7月27日(日)
 *亀岡のフィールドワークを予定。
<東京>2025年8月30日(土)、8月31日(日)
*いずれの日も、1日で終了。
 詳細、お申し込みは、ホームページでご確認ください。
https://www.kazetabi.jp/%E9%A2%A8%E5%A4%A9%E5%A1%BE-%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%97-%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%BC/
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新刊の「かんながらの道」も、ホームページで発売しております。