第1595回 この時代のサバイバル術(2)

大勢の人がポジティブの空気に染まっていたら、落とし穴がどこにあるのかを探し、ネガティブの空気に染まっていたら、どこに活路があるのかを探す。そのようにバランスをとることが大事だと思う。
 昼間書いたエントリー、トランプ政権とのあいだの投資に関する記事の最後に、「サバイバル術は、正しいことをやることではなく、読みが間違っていることに気づく早さや、その修正力にある。その繰り返しのなかで、どれだけ読みを深めていくことができるか。企業活動も、人生も、そして”政治力”も、同じだと思う。」ということを書いてしまったので、その補足。
 私は、企業経営で大成功したわけではないから、経済について偉そうなことは言えないけれど、38歳の時の株式上場準備で資料を作る時、引き受け幹事証券会社と揉めたことがあった。
 当時は(今もそうかもしれないが)、株式市場において、成長性こそが善であるとの考え方が強かったのだが、私は、持続継続性、つまり絶対に倒産しない仕組み作りの方が、より重要だと考え、その考えにそって実践していることを、投資家向けの資料に書いたのだが、引き受幹事証券会社は、それだと投資家が評価しないので株価が上がらないからと、株主重視と、成長戦略を前面に押し出せと修正を求めた。しかし、それを無視して押し切った。
 市場のシェア争いが激しい分野や、スケールメリットの大きい分野は、成長性が重要である。IT産業などは、特にそうだ。
 しかし、シェア争いというのは他の企業も真似できる分野ということでもあり、他が真似しずらい固有の領域で、スケールメリットがあまりない分野では、成長性こそが善とは限らない。
 ただし株価は上がらない。しかし全ての企業が、株価が上昇しなければ、経営が難しくなるわけでもない。優良企業で、あえて株式上場していないところもある。
 私は、風の旅人を作り続けていた時も、広告掲載もない雑誌で、一切の妥協はしないことをポリシーにしていたため、これだけだと採算がとれなかった。だから、同時並行的に、幾つかの企業と仕事をしていたのだが、その一つが非上場の大企業だった。
 その会社は、産業用冷凍施設では世界のシェア70%以上を占める会社だった。この会社は、漁船の冷凍庫や、港の漁業組合が管理する巨大な冷凍庫などにおいて、圧倒的な強みを持っていて、鮮度が重要なサバやイワシなどの刺身が食べられるようになったのは、この企業の御蔭だ。
 この企業の仕事のやり方は、徹底的な現場主義。巨大な冷凍庫を納入するにあたって、日本海側と太平洋側では、風土がまったく違うので、規格品だとダメ。産業用冷凍庫は、現場の様々な条件を踏まえて作らなければいけない。大きな空間の、右と左の方で少しでも温度なり違ってくると、保管しているマグロの状態が変わって品質が揃わなくなる。こういうことは、湿度とか、海からの距離とか標高とか立地の影響も大きい。
 さらに、巨大冷凍庫を設置することで、漁業組合の販売戦略も変わるから、その販路開発も、一緒になって行っていた。つまり、社員は、当然ながら、何年も現地に住み込むことになる。日本だけでなく、世界各国の取引先で、それを行っている。
 彼らは、仕事が終わってから飲みの席でも、ずっと仕事の話ばかりしている。ああすればどうだ、こうすればどうだ、などと。
 私は、そういった飲み会に参加するように求められ、その飲み会を通して、会社の暗黙知をすくいあげてくれと、無理な注文をされた。
 そもそも、こういう会社は、電通などが得意とするPRに向いていない。コンセプトとかも信じておらず、暗黙知こそ企業の生命線だと考えている。
 私は、その暗黙知を目に見える形にすることを求められて、大変なことだったけれど面白かった。そして、日本の強みって、ここにあるんじゃないかと思ったし、自分のサバイバル術にも、その体験が生きているのではないかと思う。
 現場主義の仕事におけるサバイバル術というのは、まさに、「正しいことをやることではなく、読みが間違っていることに気づく早さや、その修正力にある。その繰り返しのなかで、どれだけ読みを深めていくことができるか。」なのだ。
 だから、どちらが正しいかの議論というのは、あまり意味がない。
 まずは深くコミットして、そうすると必然的に当時者意識にならざるを得ないから、その当時者意識のなかで、命がけで状況を読む。その読みに基づいて行動しながら、その読みどおりなのか、そうでないのかの判断を、常に、冷静にできるように心がけておく。最悪なのは、自分の読み(考え)が正しいと、慢心している状態だ。
 今回のトランプ関税における投資の問題において、日本からアメリカに5500億ドル(約80兆円)という話が、ビジネスチャンスになる企業も、必ずある。
 私が少し投資をしている半導体製造装置メーカーは、2025年3月から5年間で、研究開発投資1.5兆円、設備投資7000億円以上を計画していると発表している。
 そのうち、どれくらいがアメリカ関係になるのかわからないが、アメリカが要求している80兆円というのは、巨額ではあるものの、このレベルの企業40社くらいの投資金額である。
 そして、現在、世界の半導体の大半を実際に製造している台湾のTSMCは、一企業で、アメリカに1000億ドル(15兆円)を投資することを明らかにした。
 TSMCは、エヌビディアなどが設計した半導体を実際に作る会社だが、この会社の工場のなかの半導体製造装置、検査装置その他の様々な工程において、日本企業が関係している。
 そして、これら半導体製造の下請企業は、TSMCに対して機械を納入すれば仕事が終わりなのではなく、上に述べた産業用冷凍メーカーのように、メンテをはじめ一心同体になって仕事をする。だから、近くにいた方がいい。
 TSMCが九州の熊本に工場を作ったのは、熊本の水が良いからなどと言われているが、それだけが理由なら他の場所でもよく、実際は、九州に、半導体製造装置大手の東京エレクトロンとか、半導体素材で世界トップシェアのSUMCOとかの拠点があるからだ。
 だから、TSMCが、アメリカに15兆円も投資することになれば、それらの日本企業も、アメリカに工場を作る可能性は高まる。そうした際、トランプとの約束で、日本の政府系金融機関が低金利で融資をしてくれるのであれば、大いなるメリットとなる。
 日本からアメリカへの5500億ドル(約80兆円)の投資先は、アメリカが決めるなどと言っているが、日本の不得意分野を指定されても、どの企業も手を挙げない。
 韓国は、同じくトランプ関税の交渉で、対米投資3500億とされたが、そのうち1500億ドルが造船分野ということになっているのは、それが得意分野だからだ。
 アメリカが決めると言っているのは、アメリカが望まない分野(よくわからないが、たとえば、既存のアメリカ企業と競合関係にしかならないファーストフードのチェーンとか)は、政府系金融機関で優遇してはダメだよということで、アメリカにもメリットがあって、日本にとっても得意分野がその対象ということなのだと思う。
 こうした私の考えは、読みにすぎないけれど、私は、その読みにしたがって判断して投資を行っているので、ニュースの表面的なことに対しては、あまり心は乱れない。
 この15年は、特定企業を相手にじっくりと向き合って仕事をすることはやらずに、自分がやりたいことだけに時間を費やせるようにしているが、もちろん、それだけでは生活がまわりきらないから、自分の時間を費やさずにすむ方法で、生活資金を得るしかない。
 それには投資がいいのだが、投資はギャンブルではない。状況把握と未来展望の読みが求められるから。
 しかし、欲を出して、儲けてやろうなどと考えて、レバレッジなどをやったり、個々の企業のことがよくわからないまま証券会社が組み上げたお勧めファンドなどに手を出していたら、自分の読みとは関係ないところで、痛い目にあうことがある。
 自分の読みと、読みの修正が生かされる範疇で、派手な暮らしではない生活費を稼ぐくらいの気持ちならば、あまり失敗することはないと思う。
 しかし、欲を出しているわけではないのに大きな損失を出すケースがあり、それが、曖昧な不安だ。曖昧な不安というのは、自分の頭でしっかりと読みを行わずに、社会の雰囲気に飲まれて不安に陥ること。
 最近の例では、トランプ関税が世界に発信された4月の暴落。冷静な判断ができる人は、どうせすぐに株価は戻ることがわかっていた。私も、まったく動揺しなかった。
 あれだけ暴落したということは、安値で売ってしまった人がいるということで、つまり彼らは、売らされてしまった。その時に売られたものをしっかりと買った人(その流れを仕掛けた巨大投資銀行など)は、その後の急上昇で、莫大な利益を得ている。
 彼らは、人間の不安心理を利用するコツを心得ているので、トランプ関税が発信された時、自分たちの心ではすぐに戻ることはわかっていても、いっせいに売り浴びせて、株価を下げる流れを作る。最初に売り出した人たちは、後で元に戻っても大した損はしない。
 損をしてしまう人というのは、株価が下がった時、どこまで下がってしまうのだろうと不安になって慌てて売ってしまう素人、もしくはレバレッジをやってしまっているため、本当は売りたくないのだけれど、株価が下がってしまったことで追加の保証金を入れざるを得ない人たち。
 巨大投資銀行は、富裕層から莫大なお金を預かって運用成果を出さなくてはいけないし、彼らのサラリーも年単位の業績の反映になるから、常に、仕掛け時を狙っていて、とくにネガティブなニュースを利用してチャンスにしようとしている。
 なぜなら、株は、株価が下がっている時に買えば、絶対に損はしないからだ。
 それはともかく、多少の業績変動があっても、この先、10年間は絶対に倒産しないだろうという企業は、日本には無数にある。
 トランプ大統領が、10年先まで生きているかどうか?
 生きていても、大統領のままということは、あり得ない。
 10年先を考えるのならば、トランプ発言より大事なことで、心を砕いて読み取って、実行しなくてはいけないことは、他にある。

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