第1056回 選挙の前に考えておきたい日本のこと。

 ふだんから考えていなければならないことだけど、選挙の前は、やはり、ふだんは忘れていることでも、色々と考えざるを得ない。自分の一票が政治を動かすなんて、組織票が圧倒的な力を持つ小選挙区制の中では考えにくいけれど、自分がどういう世の中に生きているか、後に、歴史的にどう評価される時代の中に生きているのか、認識しておきたいという気持ちは強い。
 過去のことを知りたいと思うのも、過去に起きた事実のことが知りたいのではなく、その背景に何があったのか、どういうメカニズムが働いていたのか、その制限のなかで、人間の想像力や認識力や選択肢が、どう限られていたのかを知りたいから。
 人間は、自由気ままに生きられる生物ではなく、決められた制限の中で選択をして生きている。ならば、その制限を生み出しているものが何なのかは知っておかなければならない。
 それが、人間には及ばない自然の力による制限もあるし、その場合は、神頼みするしかないかもしれない。
 しかし、その制限を作り出しているものは、人間自身であるということもある。ならばその制限の理由は何なのか。
 特権化された一部の人間の仕業なのか。
 実はそうではなく、1人ひとりの人間の卑怯さや弱さや愚かさが寄り集まって、そうなっているだけなのか。 
 民主主義で投票行動によって政治家が選ばれるのであれば、数だけ見れば、特権化された人間以外の方が多いのは明らかで、にもかかわらず、特権化された人間に有利な結果しかでないとすれば、一人ひとりの人間の卑怯さや弱さや愚かさに、上手に付け込まれた結果だとも言える。
 だとすれば、政治家の問題以前に、日本人1人ひとりの問題ということになる。
 この国の政治家は信頼に値するのか、と考える前に、日本人というのは、果たして、信頼に値するのか。
 正直に言って、自分も日本人の1人だから偉そうには言えないけれど、日本人ってどうなのよ? と思わされる局面は多い。
 外国人労働者への対応の仕方にしても、近所に保育所ができることへの抗議活動にしても、スマホを見ながら歩いていて、ぶつかった盲目の人に、目が見えないなら1人で歩くなと言う人がいるということや、満員電車の中で自分のスペースを強引に確保してスマホで動画やゲームを楽しんでいる人も多い。
 いちいち挙げていたらキリがないけれど、それではなぜ、そういう風になってしまっているのかを見てみると、子供に害があることを知っていてビジネスのために商品を作り続ける大人がたくさんいるし、世の中は、子供向けのキャッチコピーで子供に甘い親にお金を出させようとするマーケティングだらけ。
 なぜそうなるのかとさらに突き詰めると、けっきょく、食っていくために仕方ない、という話になる。
 日本の政治も、けっきょく、1人ひとりの日本人の、「食っていくためには仕方ない」という保身の気持ちに、どう付け込み、どう利用し、どう味方に引き入れるかという駆け引きでしかないのかもしれない。 
 政治が変われるのかという前に、果たして日本人は変われるのか。
 3.11の震災直後、世の中はちょっと暗くなったけれど、何か変われるんじゃないかと思った時もあった。
 でも、見たくないものは隠して見えないようにしたいという日本人の性根をうまく利用した安倍政権というのができてから、あっという間に、その変化の可能性がもみ消されてしまった。 
 ある意味で、日本人の卑怯さや弱さや愚かさは、安倍政権という権力装置のエンジンであり、だからこそ、この政権が肥大化することが、恐ろしい。安倍政権が恐ろしいのではなく、安倍政権を担ぐ勢力の拡大が恐ろしい。この国が、どこまでも卑劣に、どこまでも猜疑的で小心的に、どこまでも愚かになっていく線路が敷かれていくように思えてならないから。
 だって、安倍首相が、国民の受けを狙って発言している言葉のなかに、人間の徳として惹きつけられるものが、はたしてどれだけあるか確認すればわかる。安倍首相は、1人ひとりの保身の気持ちに働きかける言葉しか発していない。
 与党か野党かということはひとまず置いて、年金問題とか安全保障とか格差是正とか、社会保障の充実とか消費税云々という、所属する組織が同じなら誰が言っても同じ、という内容の言葉しか吐けていない人は信頼できない。そういう人は、所属する組織が変われば異なることを言う。
 安倍首相が長続きしているのは、彼が非個性であり、手渡された文章をそのまま読む人であり、それが組織の安定につながると考える人たちが彼を支える。
アメリカは唯一の同盟国です。日本が侵略されれば守ってくれる国です。その国の代表者と親しくするのは、日本の代表者としての当然の責任です」などという言葉も、誰かから用意されたか、誰かから刷り込まれた言葉にしか聞こえず、自分の信念による自分の言葉だとは、とうてい思えない。
 だって、彼が頼りきっているアメリカのトップは、「日本は自分でちゃんと自分の国を守るべきだ、それをアメリカに負担させるのはおかしい」と、公言してはばからない。
 欧州をはじめ、トランプ政権にすり寄っていくのはちょっとやばい、トランプ政権よりも、トランプ政権がムキになって攻撃し続けている中国やイランの方が、まだバランス感覚があるのではないか、と、トランプ政権から少しずつ距離をおき始めている現在、日本のトップが、世界情勢を正しく俯瞰できているかどうか。
 欧州が少しつづ立ち位置を変えてきているのは、日本よりも近く関係の深いアフリカという大きな大陸の変化も見えているからだろう。
 若い人の人口や資源など将来性の豊かなアフリカの国々の状況が、中国の影響力の高まりとともに刻々と変化し続けている。
 アフリカでは中国語がブームで、ウガンダでは、学校教育で中国語が必須教科になった。
 長い間、戦乱などで荒れ果てていたジプチも、中国の進出とともに劇的に変わりつつある。
 アメリカやソ連がアフリカを利用して争っていた時は、内戦を起こさせることで、その国の主力グループがアメリカを頼らなければならないという構造を維持し続けていた。
 それは巧妙な隷属化であり、それがアメリカのやり方で、実は日本も、そのシステムの中に巧みに取り込まれている。先の大戦後、アフリカの国々との地政学的な違いから、異なる役割を与えられてきただけのことだ。
 中国のアフリカへの進出の仕方は少し異なる。中国は、お金だけでなく、技術と人材と労働者も送り込んで、一つの国を大改造してしまう。それは、この20年ほどの短期間のあいだに自国で成し遂げたノウハウの輸出だ。
 これまでのアメリカに支えられてきた一部の権力者だけでなく、アフリカの国民の多くに変化をもたらし、それが希望に感じられるシステムなのだから、アフリカの人々が中国語を身につけてチャンスを広げようと考えるのも自然なこととなる。
 この流れが続けば、10年後、20年後を見据えれば、アメリカこそが世界の中で孤立化していく可能性だってある。
 そのアメリカに、便利なヤツと軽く思われて仲良くしてもらっている状態を、自分の外交の成果だと思っているほど、日本のトップが能天気な人だとは思いたくないが、この選挙戦の中で用いられる彼の薄っぺらい言葉が、どうも気になる。
 「あの民主党政権に戻っていいのですか?」「アメリカ以外に、誰がこの国を守ってくれるのです」「政治の安定こそ重要です」。
 変化や混乱を嫌い、見たくないものは隠してでも心の安定が得られればいいという日本人の性根に響く言葉であり、誰かが市場調査のうえシナリオを書いて、安倍首相に、たとえ原稿の棒読みでも、語らせればいいと考えている類のもので、それに従う神輿に担がれた首相。
 ただ、それに対する野党の候補者も、果たして、自分の言葉できちんと語れている人がどれだけいるか。
 参院選だけでは、どんな結果になろうが政権交代はない。なので、どの党にするかではなく、誰にするかという基準を自分の中に設定できるような、投票する側の準備(知識や現状認識や将来展望)をする期間と考えてもいいのかもしれない。
 投票者の質があがらなければ、候補者の質もあがらない。
 特別な知識を持った専門家でなくても、安倍首相が「今、経済も好調、雇用も好調、あの民主党政権の状態に戻していいのか?」という主張の欺瞞はわかるはず。
 日銀に、日本企業の株を大量に買わせて、さらに国民の年金資金まで日本株購入にまわして、インチキのやり方で日本株を支えて、見せかけだけの数字を作ってきた安倍政権。
 こういうやり方が長続きするはずがなく、いずれ、とんでもない矛盾が吹き出してくることになる。
 3.11の震災時の原発問題も、本質的には自民党の責任だが、民主党が無能という材料に使われてしまった。
 安倍首相の主張する、「あの民主党政権時代に戻っていいのか」というのは、とんでもない言い分で、あの国家的な危機の時に、野党の立場だった自民党は、民主党政権の「復興政策案、予算案の全てに反対して、果ては 「審議拒否」や「内閣不信任案」まで提出し「解散総選挙」を求めていただけ。
 また、結果的に短命で終わった民主党政権は、2009年の始めから2012年の終わり、すなわち、リーマンショックの直後から、東北大震災と原爆事故という戦後最悪期の政権だった。
 その期間、自民党が政権を担っていなかったのがラッキーで、その幸運によって、安倍政権が長命になっている。
 安倍首相の能力ではなく、そうした背景があって、これまで選挙に大勝しているだけ。
 日銀に架空のお金をつくらせて、それで日本株を買って株価を上げる。海外の投資家たちは、そのインチキを知ったうえで、虚構の株高に便乗しているだけ。そのサイクルのなかで、経済好調に見える。けれども、そのインチキの構造を知っていて参入している人たちは、引き際もわきまえている。逃げるタイミングから遅れることもないだろう。
 安倍首相の主張を真に受けている人が、けっきょくは一番の痛手を追うことになる。そして、政府に騙されていた、と言うしかなくなる。