第1013回  政治の問題だけでなく、国民の依存体質がどれほどなのか問われる選挙でもある。


 10月22日の衆議院選挙。当初は、小池人気に頼るだけの何の実績もない希望の党が、安倍政権を悪者にする戦略で大躍進するのではと期待されたが、野党が一丸となって安倍政権と戦うのではなく、仲間に入れるとか入れないのゴタゴタで、状況が大きく変わることになった。
 希望の党民進党の迷走によって、新しく立憲民主党が立ち上がり、党首の枝野幸男氏が、様々な場所で、ご自身の政治に関する考えを述べているので、原発廃止までの道筋を作るとか、消費税アップの凍結など、単に国民に媚びを売るだけの言葉よりも、これからの日本のあり方や、日本の政治についてじっくりと考える機会になっている。
http://www.ele-king.net/interviews/005949/
 このインタビューの中でも語られているが、枝野氏は、自分のことを保守本流だと宣言している。希望の党に排除されたリベラルの人たちが、”保守本流”というのはどういうことかと疑問に感じる人もいるかもしれない。
 リベラルというのは、アメリカで言うならば、保守の共和党に対する民主党の立場だ。
 共和党は、家族など伝統的価値を大切にして、自己責任と自由競争を重んじ、小さな政府を志向し、市場主義だ。民主党は、政府が市場介入なども行い、オバマケアなど福祉などにおいても積極的に役割を果たそうとする。
 日本の戦後の政治は、吉田茂首相以来、自民党保守本流が担ってきた。政府が積極的に公共事業などの財政出動を行い、需要創出することで所得の再分配を行ってきた。そして、対米協調というか、米国依存(米国の核の傘の下)のもと、護憲の立場だった。だから、自民党保守本流が、リベラルな政策を長く行っていたということになる。
 日本は、国民皆保険などを見ても、かなりの福祉大国であり、財政赤字の原因も、有権者が問題にする公共事業よりも年金や医療費などの社会保障費の負担が大きい。平成28年度の一般会計予算において、社会保障費は32兆4700億(33.3%)で、公共事業費は、5兆9700億(6.1%)だ。国債以外の租税歳入が57兆7100億円で、社会保障費は、税収の56%も占めている。
http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/002.htm

 にもかかわらず、教育その他、日本の福祉は欧米に比べて不十分なところがあるが、消費税率が、欧米とは違う。北欧は25%、イギリスやフランス、ドイツなどは、17から20%(ただし食料品は、かなり安い)。アメリカは消費税がなく、地方ごとに売上税があるが(無いところもあれば、だいたい3%から7%)、そのぶん、医療費などは国民各自が自己責任で保険に入ることで対応せざるを得ず、問題が大きく、そのためオバマケアが導入された。
 日本の歳入のうち、消費税は、17兆1000億あるので、税率を8%から10%に2%ほどあげても売り上げが落ちなければ4兆円ほど歳入が増えて、教育などにまわせるということだろう。
 しかし、借金は、平成28年度だけでも34兆円増えているわけで、毎年、積み上がっていく。この国の借金の問題に対して、消費税を上げると経済状況が悪くなるだけなので、景気がよくなって企業収益や賃金をあげることで税収のアップを目指すべきだという耳障りの良い正論が、有識者などから多く寄せられるが、現在、一年間の法人税所得税を合わせて30兆円あまりで、一年間の借金である34兆円より少なく、どうやって年間の支出を上回る税収の確保に至るのか、想像がつかない。
 かといって借金の先送りはいけないと言って、今、消費税をあげると、現在の若者は、高い消費税を払い続ける期間が長くなるわけで、けっきょく、若者が、後になって負担するか、今から負担するかの違いでしかなくなる。
 人々はあまり触れたがらないが、本質的には、今この時点の医療や年金のあり方が一番の問題で、年をとっても年金に頼らず、健やかさを失わずに元気に生きていける新しい生活の仕方や、それを支える仕組みづくりが、欠かせない。(シェアリングエコノミーの活用で、定年後も少しは収入を得られる方法とか)。お金をかけて社会福祉を守ります、けれども国民に税負担は求めません、という耳障りの良い政策は、信用したくても、現実が許さないのだ。
 欧米は、労働党社会民主党など、社会民主主義を基調とする政党が大きな力を持ち、国民に大きな税負担を求めながら福祉国家を目指してきたことが、現在の状況につながった。
 戦後日本の保守本流は、高度経済成長下の税収の増大、労働人口の方が高齢者よりも圧倒的に多いという人口構造によって、積極的な財政出動が可能になり、所得の再分配も可能となり、30年ほど前までは、さほど貧富の格差を感じない一億総中流意識の時代だった。そして、中流意識の人々は、隣人が車を買い換えたら自分も買い換えるなど周りの消費動向の影響を受けやすく、それがまた経済のエンジンになった。
 しかし、もはやそういう状況ではなくなったのだけれど、国民の意識は、あまり変わらないままで、相変わらず、政治を批判しながら政治依存である。
 そうした政治依存の心理につけこんで、戦後長く続いた自民党保守本流=リベラルにとって代わって、かつては自民党傍流だったタカ派が影響力を増大させた。
 「高度経済成長の頃と、人口構成や新興国の台頭による経済状況、国際情勢が大きく変わったことは認めなければならない。だから、かつての保守本流が行った方法で現在の様々な問題を乗り越えられない。強いリーダーシップで、この国を守りますよ」と自民党安倍政権は主張し、その政策はよくわからないけれど任せておきたいという国民の心理が働いて、安倍政権は、選挙に勝ち続けてきた。今回もまた、国民の依存心が勝って自民党が圧勝すると、安倍自民党総裁は、ますます自信を強めるだろう。
 枝野氏がこのインタビューで述べているような政策も、この借金だらけの国で、どこに財源があるのかという問題がある。現実的に考えられるのは、すでに全体の33.3%を占めている社会保障費の配分を変えることしかないように思うが、自分の老後の安心を求める有権者に納得してもらえるかどうか。
 もはや成長の時代ではなく、定常化の時代である。たとえば、経済産業省は、仮想通貨ビットコインなどで使う技術「ブロックチェーン」の潜在的な国内市場規模は67兆円になると予測しているが、新たに67兆円の経済が誕生するのではなく、かつてあった領域が、ブロックチェーンに取って代わられるにすぎない。
 現在、急速に進んでいるシェアリングエコノミーも同じで、その市場規模が大きくなるということは、既存の産業が滅んでいくということであり、しかも、効率性が増すだけ、売上高や経費(他の会社の売り上げ)は少なくてすむわけで、経済のトータルな数字は小さくなると思う。
 立憲民主党は、右でも左でもなく、下からの民主主義を唱える。立憲民主党が言っている”下”というのは、”弱い立場”であり、弱い立場に手厚くする政策をとれば、結果的に、総合的に需要が高まるのだということ。
 これは、ヨーロッパにおいて、社会民主党労働党などが進め目指してきた福祉国家の構想であり、所得再分配を積極的に行い、市場経済にも政府が積極的に介入するという政策だ。
 しかし、最近の欧州は、とくにドイツなど、保守派が政権をとっているため基本的には緊縮政策で、左派が、反緊縮の金融緩和や財政出動による再分配や貧困の是正を主張しているので、主張だけ見れば、ヨーロッパのリベラルとアベノミクスは同じということになる。
 アベノミクスの効果が出ているかどうかは別として 基本的には、自民党以外のどの政党も、言い方は違うかもしれないが、アベノミクスの路線である財政拡大、デフレ脱却、成長政策、所得再分配に取り組むと言っている。
 目標は同じでも方法論の違いを主張するのか、それとも、経済政策における目標も方法も同じだけれど、消費税、原発、護憲のところで差をつけて戦うのか。
 しかし、消費税や原発や護憲の問題は、政権政党になった瞬間、現実的な問題として、経済成長や財源や安全保障のために必要だということになりかねない。事実として、これまでの政権交代時のことが記憶にあるから、ここ何回かの選挙では、安倍政権が大勝利しているのだ。政権が変わっても同じだろうと。
 希望の党への期待が減ってきているのも、そういう理由からだろう。
 ならば、立憲民主党はどうか。
 立憲民主党は、もしかしたら、今まで、少数派だと諦め投票にもいかなかった国民の半分の人たちの中から支持者を獲得するかもしれない。そして、政治を行っていくうえで現実の壁の前で妥協しなくてはいけないことがあったとしても、そういう少数派の人たちの声に耳を傾け続けることを必ず約束するという政党になっていけば、面白い存在になるかもしれない。
 時代は急速に変化しており、きっと政府の役割も変わって来るはずであり、シェアリングエコノミーなど新しい仕組みを広げるための規制緩和と、古い仕組みの中の雇用のバランスを考え、セーフティネットを張りながらルール変更をしていくという難しい舵取りも増えるだろう。
 だから、今、これをします、あれをしますと耳障りの良い言葉を並べている政治家よりも、何か問題に直面した時、誰の方を見ているかを判断の基準にしたい。
「権力の行使に慎重であるべき、これが保守の本流である」という宮沢喜一前首相の考えに対して、安倍晋三自民党総裁は、「その考えは間違いであり、権力は積極的に行使してこそ国民の負託に答えること。権力はガンガンガンガン使うものなのだ」と答えたようだ。すなわち、依存心の強い国民というものは権力でガンガン引っ張ってやらなければいけないんだと考えているのだ。
 戦後、自民党保守本流が、権力の行使に慎重であらねばならないと考えたのは、戦前の苦い記憶があるからだが、それだけではない。権力で何かを決定することは、必ず、何かを切り捨てることになるからで、現実の壁の前で結果的にそうせざるを得なくても、配慮の心があれば慎重にならざるを得ない。
 おそらく、安倍氏に一番欠けているのは、そういう配慮だろう。彼は、国民という言葉を使っているが、国民を見ているわけではなく、権力によって物事を動かせることに優越心と満足心を感じやすく、それが国民のためになるのだ、自分は良いことをしているのだと、意固地になってしまう性質なのだと思う。
 だから、選挙に勝ち続けると、ますます自己正当化を強める。一挙に政権交代とまでいかなくても、少なくとも、権力の行使に慎重であるべきだとわかっている人間が、この国のリーダーになるような選挙結果にならなければならないと思う。
 政治の問題であるが、国民の依存体質がどれほどなのか問われる選挙でもある。