このたびの参議院選挙で躍進した参政党の変革メッセージは、こういうものだ。
「戦後失われた国家としての軸を再興し、国民が熱望をもって追求できる日本の国柄を反映した国家アイデンティティの確立をめざします。」
このシンプルなメッセージには、実は、大きな矛盾がある。
「日本の国柄を反映した国家アイデンティティの確立」ということじたいが、日本の国柄ではなく、日本の歴史と丁寧に向き合えば、日本というのが、そういう国でないことがわかる。
私が行っているフィールドワークやワークショップ 、そして書き続けているブログや本作りなどは、「日本の国柄とは、どういうことなのか?」を浮かび上がらせることを主題にしている。
そもそも「国家アイデンティティ」というのは、個人や集団が、自らを特定の国家と結びつけて認識する意識や感情を指す。
すなわち、国家という想像的共同体に対する愛着・忠誠・誇りが軸になるわけだが、これは、フランス革命(1789年)以降、王や貴族への忠誠から「国それじたいへの忠誠(ナショナリズム)」へと価値の転換を起こし、その忠誠に基づく徴兵制と愛国心によって強力な軍団となったのがナポレオン軍で、王の傭兵で組織された他国の軍団を圧倒した。
このモデルが、欧米の近代国家の標準モデルとなり、明治維新の日本もそれを模倣した。
もともとの「日本の国柄」すなわち日本人の感覚は、そういうものではなく、歴史的に日本人は、自らを特定の国家(想像的共同体)と結びつけて認識する意識や感情をもっていなかった。
ヨーロッパの都市は、王宮を中心に人々が暮らす場所が広がり、その周りを城壁が取り囲んでいる。これは、敵から攻められた時に、城壁の中の人々が一丸となって戦う構造を示している。
それに対して日本の都市には城壁がない。中世の城は、領主の拠点のまわりにだけ城壁を築いている。だから、敵との戦いにおいて、城の周辺の人々は、いったんは避難し、戦況を見守り、戦いが終わったら戻ってきて、新しい勝者のもと、以前と変わらぬ暮らしを続けた。
そして新しい賢明な領主は、住民たちが、以前と変わらず一生懸命に働き続けることが、自分の足元の安定につながることを知っていた。だから、彼らに配慮をして、彼らが大切に守り続けてきた風習や、信仰を維持した。
神社などに行くと、立派な本殿に祀られているのは、後からやってきた新しい権力者の神で、その土地の本来の神は、摂社や末社に祀られていることが多い。こうした小さな社に祀られている神様が何であるかを考えることが、その土地の本当の歴史を知ることにつながる。
日本人というのは、今でもそうだが、政権のトップが誰になろうが変わらないと思っている。それがゆえに、政治に無関心という人が多い。
太平洋戦争の後の日本の統治において、当初、アメリカは、それまで鬼畜米英というスローガンのもと特攻隊精神で戦っていた日本人を知っていたので、アフガンゲリラのようなゲリラ戦が起きることを想定して日本に入ってきた。だから、天皇制をはじめ日本の従来のシステムを一新しようとしていた。
しかし、日本人は戦争が終わったことの喜びの方が大きくて、その気持ちを隠したりせず、無邪気にふるまった。アメリカに身内を殺された人たちも膨大にいたはずなのに、そうした恨みを引きずることがあまりなかった。政界や経済界も、少し前までアメリカを悪の権化として宣伝していたメディアも、へつらうようにアメリカに擦り寄っていった。良いも悪いもなく、これが日本の長い歴史のなかで継続してきた国柄である。
国家アイデンティティどころか、自分個人のアイデンティティに対しても、それほどこだわりがないのが、日本の国柄。
アイデンティティというのは、だいたいの国において、宗教と深くつながっている。
日本人は無宗教だと思っている人が多いが、明瞭なるアイデンティティと重なりやすい一神教の信者が少ないというだけであって、日本人にも宗教はある。
日本の宗教の軸は二つあって、一つは、祖先を大切にするということ。今でもお盆に墓参りに行ったり、先祖代々の墓は守らなければいけないという意識を持っている人や、その土地の祭を守り続けなければいけないという使命をもっている人は多い。
そして、宗教のもう一つの軸は、一般的にアミニズムと言われているが、これは具体的に石や木の精霊ということではなく、石や大きな木などの神籬にはより強く感じられる目にみえない循環エネルギーのようなもの。森の中で死んだ生物を糧として新たな生命が育ち、いのちが伝達されていく状況を見ていると、個体のなかで完結するいのちはないことが実感される。自分自身もまた、その循環的世界の一員であるとの受け止め方がアニミズムの本質であって、樹木に手をあてて自分が癒されることを目的化するのは、自己愛教だ。
アニミズムも祖先を大切にするという信仰も、自分という存在が、自分という個体に閉じていないことで共通している。
そういう人々の特性を知る賢明な新しい領主は、その土地の古いものを破壊し尽くしたりしなかった。だから神社の末社や摂社には古い神様が残り、新しく大きな前方後円墳の作り手は、その隣に築かれている古い前方後方墳を破壊して、その石材や土を利用したりしなかった。だから、今でも全国には16万基の古墳が残っている。古墳の破壊がひどくなったのは明治維新以降の産業優先政策や、住宅地の建造という理由が多い。
日本のこと、日本の歴史のことを学ぶ目的があるとしたら、それは、国家アイデンティと自らのアイデンティティを合致させるためではないし、一つの絶対的な答えに到達するためではない。
歴史を身近に感じることの意義があるとすれば、それは、何事においても、複雑精妙に重ね合わされているという真相を、リアリティとともに認識するためだ。
その認識こそが、単純明快化された力強い論法にまるめこまれて洗脳されてしまわないための、防波堤になる。
「あの人の言うことは、わかりやすくて納得感がある、シンプルだからカッコいい」と思っている時点で、単純明快さの洗脳を受けている。
単純化したものの方が理解が楽で、複雑なものはちょっと苦手という安易な心構えの問題を自覚していないと、単純化された思考やメッセージに洗脳されて操られやすい自分になっていく。
物事の真相というのは、納得にいたるまでの道筋が単純ではなく、納得させられやすいものは、すぐに納得感が得られることを前提に論理構築がされている。
参議院議員となった参政党のさや議員は、「万世一系の皇統を守る」活動をし、その宣伝のためにメンバーになっているユーチューブの「皇統を守る会チャンネル」の説明では、「飛鳥時代から奈良時代には女性の天皇が即位していますが、結婚していなかったり、子供を産んでいないので、女性天皇はつなぎであることは間違いありません」などと言っている。
歴史の知識がなければ、こういう断言のされ方で説得されてしまうが、この説明は嘘である。斉明天皇も持統天皇も世継ぎを生んでいる。元明天皇と、その娘の元正天皇は、女性から女性への譲位だ。
第46代孝謙天皇に関しては、結婚もせず子供も産まなかったが、単なるつなぎであるならば第48代称徳天皇として重祚して再び天皇に返り咲いたりしない。この時代のつなぎの天皇は、男天皇として即位した第47代淳仁天皇である。
この淳仁天皇は、称徳上皇から、「今の帝は常の祀りと小事を行え、国家の大事と賞罰は朕が行う」と宣言され、やがて廃帝となり、淡路に流された。
「この時代、女性天皇は単なるつなぎでした」などと単純化して、わかったつもりになるのではなく、本当は、どういう複雑な事情があったのか粘り強く考え続ける必要がある。
そして、一つのことがわかれば新たに次の謎が生じる。そのように、どこまでいっても絶対的な一つの答えに到達できない状態への耐性こそが大事であり、人生というものは、最期の瞬間までそういうものだろう。
それが無意味なのではなく、その問いの積み重ねこそが、その人の思考の深さであり、おそらく、その人の味わい深さにつながっているはず。
食べ物でもなんでもそうだが、見た目を綺麗に飾ったり、栄養価を点数化したり、ワインのウンチクを並べ立てても、それらが味わい深さにつながっていないのであれば、なんの意味もない。
人と向き合ったり付き合う時も、その人が言っていることの正誤を判断することより、味わい深さ(奥行きの深さ)で判断できる自分になっている方が、自分の人生を健やかに豊かに導く出会いを重ねる機会も多くなる。
そういう味わい深さや奥行きの深さは、「あの人はこういう人」と単純化できないものであり、それは、その人の辿ってきた時間を単純化できないことを意味するのだが、歴史時間もまた同じということになる。