グーグルの書籍検索サービスとパラダイムシフト

 グーグルの書籍検索サービスが、日本でも年内に開始されると、朝日新聞に紹介されていた。 http://www.asahi.com/business/update/0511/196.html

 アメリカでは、図書館の蔵書の内容もすべてグーグルの検索システムに組み込んでいく動きが既にあり、著作権の問題で作家や大手出版社と対立している。しかし、出版社が書店などで販売する出版物は、出版社や作家との話し合い次第になるという。

 この件について、昨日会った「風の旅人」の執筆者の一人Mさんは、「僕なんかは、大歓迎だね」と、悠然と構えていた。

 もちろん、このシステムは、「風の旅人」にとっても大歓迎である。

 というのは、現在の書籍流通の仕組みは、書籍流通会社の大株主である大手出版社にとても有利になっていて、そこに歪みがあると感じられるからだ。

 書店の棚のスペースに制限があることと、書店への配本が実質的に流通の裁量で行われているため、必然的に、流通の販売効率が良さそうなものが優先的に流されることになり、その種の本ばかりが店頭に溢れることになる。販売効率の良さというのは、少量品種で多くの販売ができ、かつ消費の回転が早い(つまり使い捨て)ということ。コンビニのように本社流通の管理下に各書店が配置され、それぞれの書店において、仕入れの緊張感がなくなり、目利きとか生き字引と言われる人がいなくなっている。結果、ますます、流通会社および、その大株主である大手出版社の思惑に巻き込まれる構造になっている。

 本が大量に売れる時のパターンは決まっていて、5万部とか10万部とか、ある程度のラインまでいくと、いろいろな雑誌メディアなどが取り上げ、その流れに乗って、書店が目につくところに大量陳列する。そのようにして他から抜きんでて目立ち始めると、急激に販売の上昇ラインに乗り、あっという間に、40万とか50万になる。この大台に乗ったものは、テレビなどがこぞって取り上げ、書店もさらにいっそう店頭などに大量陳列して目立たせるものだから、100万を突破してしまう。

 販売数の伸びは、内容の素晴らしさと相関関係にあるのではなく、上に述べたような販売の上昇ラインに乗れるものかどうかなのだ。そのラインに乗るためには、評論家などが簡単に良し悪しを論じられるようなレベルのものでなければならない。Mさんなどは、そこらへんの評論家が簡単に論じられるレベルのものを書かないので、あまり取り上げられることもない。だから目立たない。ベストセラーになる可能性は少ない。そもそも最初から、そんな気持ちを持って書いていない。

 しかし、多くの出版社が、運良く時流に乗って大量販売につながる本を作り出すために、下手な鉄砲をたくさん打っている現状では、毎日、書店に届けられる新刊本も膨大で、Mさんが書くような本を置くスペースが無くなってしまっている。書店には、どこにでもあるような手軽なハウツーもの、なぐさみもの、恋愛もの、趣味の本、雑学の類ばかりが大量に陳列され、じっくりと向き合って読みたいものは、どんどん影が薄くなっている。

 こうした書店と流通の異常な状態に対して、アマゾンのシステムは、上質の本を入手できるルートを作り出した。しかし、残念ながら、そのシステムは、内容を確認できないことがデメリットであった。また、手に入れたい本を明確に意識して主体的にアクセスしないと、その本に辿り着けなかった。それに比べて、グーグルの新しいシステムは、何か関心のあることについてキーワードを打ち込むと、そのキーワードに則した書物の一覧が出て、しかもその内容を確認できる。

 そして、それが気に入ったら、購入出来るのだという。

 このグーグルのシステムの恐ろしいところは、ネット上で内容を確認するだけなら、無料であるということだ。ネット上に小説などを流して課金するというしみったれたことをしない。そういうところに、グーグルのビジョンと発想のすごさと、そのすごさゆえに、パラダイムシフトを起こしてしまう可能性がリアルに感じられる。

 というのは、このシステムが行き渡ってしまうと、単なるハウツーなどの情報や、軽く読み流せる時間つぶしの本は、ネットの中で無料で読めてしまうのだ。

 ネットの中で内容を読んだうえで実際に本を購入したいと思わせる力のあるもの。それは、知識情報の羅列に終わっているものではなく、文章に魅了されて手元に置いておきたいもの。内容に厚みがあって、手元に置いてじっくりと向き合いたいもの。質感に優れ、ごまかしのきかないものに限られてくるだろう。ネット上で読めばすむレベルのものと、そうでないものにはっきりと峻別されてしまうことになるのだ。

 私は、このグーグルのシステムのことを意識せずに5月11日の日記を書いたが、近い将来、必ずそういう方向になり、現在の出版界の状況が根本的に変わる可能性があると思う。

 もちろん、既得権を持っている人たちや団体は猛反対するだろう。しかし、相手がグーグルというモンスターであることを忘れてはならない。創業から8年ほどで売り上げが5000億、純利益が1000億、株式時価総額が10兆円を超える企業を相手に、日本の出版社は束になって戦っても勝てない。(日本の出版会社は上場企業がほとんどないということもあり、経営内容がよくわからないが、大手三社のうち、最大手の講談社ですら売り上げ1545億、純利益52億、小学館が売り上げ1545億 純利益23億、集英社が売り上げ1378億、純利益23億、それ以下は、もっと苦しい)

 今後さらに雑誌などの広告収入がネットにとって変わられるようになると、ますます苦しくなるだろう。

 経営内容が厳しいだけでなく、コンテンツにおいても、その会社ならではの強みと言えるものを持っていて、孤高の戦いができるところがあるとは思えない。

 だから、グーグルの申し出に対して、それを拒むことは難しいと思うのだ。グーグルのシステムの中に入らないと、販売機会を喪失する。今はまだいいが、もしこのシステムに乗り遅れたら、数年後は壊滅的な大打撃を受けることになるという不安が出版社の経営者の心を襲うだろう。大手出版社が団結して拒まないかぎり、その流れを食い止めることができないが、大手の中でも経営内容はまちまちだから、足並みを揃えることは難しいと思う。

 しかもグーグルは、内容表示されたページにもっとも相応しい広告を選び出して掲載し、その広告収入を成果報酬で出版社に配分する。その誘惑に出版社は勝てないだろう。

 そして中小の出版社は喜んで、この申し出を受ける。なぜなら、グーグルという巨大なシステムのなかで、大手も中小も等しく、流通力に関係のない「検索」という同じ土俵のなかで、コンテンツの内容だけが問われ、良い物をつくっても目立たず陰に追いやられたものにも光が当たる可能性が出るのだから。