第1091回 デジタル社会における写真集の可能性!?

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Sacred world 日本の古層 Vol.1」を発表してから1ヶ月となり、いくつかのご意見をいただいている。

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 このデジタル全盛の時代に、なんでまたピンホール写真なのと違和感を抱く人もいるかもしれないが(今のところそういうご意見はいただいていないが)、それはともかく、多くの人から、「この内容で1,000円なんて信じられない」という言葉をいただく。
 価格よりも内容こそが大事なのはいうまでもないが、今回、私にとってこの本のチャレンジは、価格のことも含まれている。
 大盤振る舞いでこの価格をつけているのではなく、きちんと考えた価格であり、それは、とりあえずテスト的に1000部制作したけれど、その半分を販売できればペイラインに達するという値付けだ。
 これまで鬼海弘雄さんの「 Tokyo view」や、森永純さんの「 WAVE」など永久保存版を目指した豪華写真集も作ってきたが、それらの時も、考え方は同じで、作った数の半分販売できればペイラインという設定で価格を決め、販売してきている。
 そして、今回のSacred Worldを含めて、おかげさまで、すべてペイラインを超えている。
 なぜこれがチャレンジなのかというと、今日、紙媒体の存続が極めて難しくなっており、とりわけ写真集で採算ラインにこぎつけるというのは至難の業だからだ。
 それでも、時々、写真集が制作されているが、その大半が共同出版という名の自費出版で、写真家が費用負担をさせられている。 
 たとえば写真家が千部で300万円を負担して、そのうち500部を出版社にとられ、出版社は本屋などに流通させる。そこでいくら売れても写真家には印税は支払われない。
 写真家は、残りの500部を自分で売る。しかし、その全部を売り切っても、ようやく自分が捻出した費用に届くかどうか(ほとんどが届かない)ということになる。
 出版社は、印刷などに必要な経費をすべて写真家に負担させ、リスクを負わない形で500部の販売を行い、そこから利益を得ようとする。
 表向きは、写真家が負担している300万円よりもコストがかかっていて、それを出版社が負担しているかのように説明しているが、実際はそうではないことは、写真集を制作してきている私が本の内容と金額を聞けばわかる。
 鬼海弘雄さんの「Tokyo view」や森永純さんの「Wave」よりも貧弱な装丁内容の写真集の方が多いからだ。
 今回、私は、「Sacred world 日本の古層」を、千部で55万(税込み)の印刷費と、2,000円のデザインアプリソフトで制作した。
 だから、1,000円の価格でも、500部少々売れれば、ペイラインに届くのである。
 そして、この同じ本の内容で、印刷部数が2千部となると、印刷代は68万円(税込)であり、700円で売っても、作った部数の半分売れれば、採算がとれるのだ。
 まあ700円の価格をつけると、それだけで安っぽい印象になってしまうが、この価格ならば、十分に電子書籍などと対抗できる。
 この具体的な話をSacred Worldを手にとった写真家の何名かに話をしたら、みんな驚くとともに、可能性が見えてきた、何かできそうな気がすると言っている。
 さらに、一人ではなく数人でコラボでもすれば、コストも折半できるし、販売を別々で努力すれば、一人の販売部数のターゲットも低くなるし、自分の作品を多くの人に見てもらえる。
 収入の安定していない写真家が、自分の写真集づくりのために大きな金銭的負担を強いられる状況から脱して欲しいという思いが私にはある。それは、単なる同情ではなく、現在の写真集の出版において写真家が金銭的な負担をしなくてもすむケースというのは、よほどの有名写真家でないかぎり、出版社側に勝算があるケース(つまり売りやすい)に限られてしまい、そういうものばかり流通するということになるからだ。売りやすいというのは、たとえば犬とか猫の可愛らしいものとか、綺麗な風景とか(ただ、実際にはこの種のものは、それこそweb媒体で十分という状況になっているが)だ。
 世の中に媚びたようなものでなくても、自分がやるべきことをきちんとやったうえで本にすることは、やり方次第で、さほど難しい時代ではないということを伝えたい。
 「Sacred World 日本の古層」は、コンテンツは超アナログだけれど、それを一つの本にして流通させるための方法は、デジタル社会の恩恵を受けている。
 印刷は、風の旅人とか森永さんや鬼海さんの写真集を作っていた時は、大手印刷会社に発注していた。やはり、尊敬する人のコンテンツを預かっている以上、失敗はできないので、高額でも技術的な信頼のあるところに依頼するしかなかった。
 しかし、今回は、自分のコンテンツなので、思いきってネット印刷でチャレンジした。なので入稿原稿もPDF入稿なのだ。そんなので大丈夫なのかなと不安はあったけれど、なんとかなったのではないかと思う。
 もちろん、黒の締まりで勝負しているとか、表現の内容ではなく装飾的な部分、技術的な部分にウエイトを置いている写真家ならば不満があるかもしれないが、これまで「風の旅人」のなかで素晴らしい写真家の写真を多く扱ってきたが、本当にいい写真というのは、多少、印刷がよくなくても、それに左右されない表現の強靭さがある。それよりも重要なのは、当たり前のことだけれど内容であり、編集なのだ。
 それでも自分の写真は黒の締まりがなければ見栄えがしないと思う人は、5、6倍のコストをかけてやればいい。
 「Sacred world 日本の古層」の印刷でなんとかなるという人ならば、千部で50万円ほどでできる。縦サイズなら、さらに8万円ほど安い。
 とくに、自分の写真展に合わせて図録など必要な人は、これで十分ではないかな。
図録ならば、Sacred worldほどの分量はいらないし、そうすると、もっと安く作れる。
 ちなみに、デザインソフトは、adobeの高級ソフトではなく、swift publisher という、日本ではほとんど誰も使っていないソフトですが、けっこう使いやすかった。