美しさと、新しさと〜大竹伸朗さんと、風の旅人〜

「風の旅人」第25号(4/1発行)から、表紙と裏表紙を大竹伸朗さんが制作してくれるのだが、その第一作が、届いた。

 表紙を制作するといっても、90cm×60cmの大作だ。あらかじめ表紙のサイズを区切ってその枠のなかでチマチマ作るのではなく、4月号のテーマと、企画趣旨と、写真素材などからインスパイアされるものを、キャンバス上に思う存分に表現したものであり、それがゆえに、表紙の中に作品が収まっているという類のものではなく、エネルギーが外に向かって渦を巻きながら勢いよく広がっていくという感じになっている。私も、デザイナーも、他にこれを見せる人全てが、じっと見入ってしまう。圧倒的なオーラがあり、時間が経つのを忘れてしまう。何度でも見たくなる。本当に凄い。

 私は、これまで編集者というのは、アレンジャーだと考えていたところがある。ジャズのような緊迫感ある即興性のなかで、スタンダード作品に新たな生命を吹き込むこと。リーダーが自らの感覚で曲を解釈し、メンバーに簡単なメモを配り、トランペットを吹き鳴らして、それに呼応するように他のメンバーが、音を作り出していく。一人でもそのテンションにそぐわない人がいると、全体がしらけてしまう。ベクトルをともにして、同じように高いモチベーションを維持し、互いにインスパイアされながら音楽を高めていく。ジャズのアレンジの持ち味はそういうものであり、雑誌編集でも写真や文章を整理して並べるのではなく、それぞれの作品が他の作品と呼応することで力を増していく状態を目指したいと思っていた。

 そして今回、「風の旅人」に大竹伸朗という一人の天才がくわわったことで、この雑誌づくりは、アレンジという次元ではないという気がしてきた。

 私の意思を超えて、そうなるべくしてそうなっていくもの、と言えばよいだろうか。

 何か一つの生き物のような気がしてきたのだ。

 「風の旅人」は、最近、執筆者たちを固定している。新たな書き手を次々と紹介することが雑誌の役割のように考えている業界人は多いし、そうした指摘を受けたこともある。

 しかし、中途半端なものを「新しい」という言い方で紹介することに私は躊躇がある。評論家の詭弁は、「新しいから中途半端なのだ」ということになるのだろうが、芥川賞木村伊兵衛賞などを受賞しても、メディアが少し騒いだ数年後に忘れられて消えていく人たちと違い、長く生き残る人たちは、デビュー作の完成度がとても高い。後にたくさんの傑作を残しながら、なおかつ、デビュー作が代表作だったりするものなのだ。雑誌でも同じで、創刊号のなかに、その後の全てが凝縮している。多少の粗さはあっても、それは中途半端ということではなく、過剰なエネルギーを整えきれていないだけだ。

 そういう意味で、衝撃的に新しい書き手は、そんなに簡単にみつからない。それを探す努力も大切だが、今までの書き手たちが、「風の旅人」の空気のなかで何をどう書くべきか掴んでいただくことで、より新たに深まっていく余地が十分にあることも事実なのだ。

 執筆者の人たちは、最初は「風の旅人」の空気に少し戸惑うようだが、数回書いていくことで、このなかでどういう仕事をすべきか、わかるようになると言ってくれる。

 そのようにしてモノゴトは熟成していくのだが、ただ熟成するだけでなく、そこに大竹さんのような人が新しい風を吹き込むことで、熟成されたものが、新たな生命を獲得する。

 本当の意味で新しさというのは、表層に生じる偶発的なものではなく、熟成した構成全体が、熟れた果実のように枝から落ちて、新たな段階に至るものではないか。

 真の意味で美というのは、表層に現れては消える幻影のようなものではなく、その物の持つ構成全体が、なるべくしてなるという厳粛さと、その物自体を超えて様々なものに働きかけていく強いダイナミズムを感じさせる状態を指すのではないか。

 私にとって雑誌編集という仕事は、アレンジという域を超えて、そのように場を熟成させていく営みにこそ、本義があるような気がしてきた。おそらく、それは、会社作りにも通じるところがあるだろう。熟成した場から、必然的に熟れた果実が落ちる。

 ちなみに、大竹さんの作品に感銘を受けるのは大人だけだろうかと思い、私の息子たちにも見せた。

 小学校3年の息子は、「遠くから見ると、すごく綺麗なのに、近付いて見ると、ゴミがいっぱいだね」と言った。

 おお、まさしくそれは現代文明じゃないか、と私は思った。

 幼稚園の年中の息子は、「こんなのは見たことがないから、きれい」と言った。

 そうか、子供にとっても、これは、「発見」であり、「発見」こそが、「美しさ」につながるのかと私は思った。

 

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