求愛ダンス

 どんな生き物でも、何かしら相手の魅力に惹かれるものがあって、相手に接近する。そして、一生懸命に自分をアピールして、自分を受け入れてもらおうとする。求愛というのは、そういうものだろう。人間以外の生き物にとっては、雄雌の交わりこそが最終目的なのだろうけれど、人間の場合、子孫繁栄以外のところにも願望があるわけだから、いろいろな場面で、求愛に近い行動がとられる。直接的に振る舞う場合もあるし、間接的に意味深に行うこともある。

 「求愛」というのは、何かしらの成就を目指している。男女関係だけでなく、「働く」という行為の場合も同じだと思う。「働く」ことは、ただ単に食べくために仕方なくやらなければならない労働という意味ではなく、何かを成就させようとして何かに働きかけていく心身の運動のことだと私は思う。

 働くことも、男女のことも、対象に何の魅力も感じなくなると、何かを成就しようとする意欲も薄れる。魅力を感じていたとしても、自分を投げ出してアピールすることもなく、対象の傍にいることだけに安心してダラダラと振る舞ったり、「どうして自分をわかってくれないの」と塞ぎ込んだり、ヒステリックに主張しても、相手が自分に魅力を感じてくれなければ、成就できない。

 「自分はこれだけ頑張っているのに!」と口で言ったり、自分の心のなかで思っていても、何にもならない。

 求愛ダンスは、美しく魅力的でなければならない。美しさや魅力の定義は人それぞれだろうが、いずれにしろ、自分が求愛する対象から見て、美しさや魅力を感じるものでなければ、成就しない。

 ビジネス上のマーケティングとか、戦略とか戦術とか専門的にいろいろ言われるが、ビジネスもまた、求愛ダンスだ。振り向いて欲しい相手の前で、どのように踊って、自分の魅力を伝えるかだろう。

 自分の作品を雑誌に売り込む場合も、同じだ。そして、雑誌を作ることもまた、私にとって同じことだと思う。

 問題は、誰に振り向いて欲しいと願っているかなのだ。

 通りすがりの大勢に振り向いて欲しいと思って、お立ち台に上って踊りたがる人もいるだろうし、特定の誰かに振り向いて欲しいと願って、ふるまうこともある。

 その相手をどれだけ明確にイメージできるかによって、ふるまい方も変わってくる。

 簡単に思いが届かない相手に向かって、一生懸命にふるまっていると、そのひたぶるな様は、祈りの気配を帯びる。

 求愛ダンスは、行くところまで行くと、祈りになる。

 成就することは大事だが、成就という結果そのものに対しては、人は達成感を得ることがあるにしても、実際には心を激しく動かされやしない。そして、その達成感も、長続きしない。

 人が激しく心を動かされるのは、「成就」を求めて不完全ゆえの不安定さのなかで足掻き続けるものが、その懸命さのなかで、神がかったような力を発揮する時なのではないか。鮭が産卵の目的地を目指して遡上する時のように。芸術もまた、本来、そのように何かしらの成就を目指した、神がかった精神の働きだったのではないかと私は思う。

 ひたぶるな求愛ダンスによって、人は、自己の狭い殻を超えることができる。狭い自己に拘泥した表現と、その自己を投げ出した懸命な求愛ダンスのような作品では、私はどうしても後者に惹かれてしまう。

 雑誌をずっと作ってきて、前者の作品にも理解を示さなければならないのではないかと思うこともあり、いろいろ検討もしたが、やはり生理的にだめだ。魅力を感じないものを、いろいろ注釈付けて、それはそれでいいところがあるのだなどと分別くさく論じて、「見る目がある」人物のように装うことはできない。その方が、恨まれることもないのだろうけど・・。

 でも最近、私が少し注目している20代の女性写真家に、近年の木村伊兵衛賞受賞作をはじめメディアが好む若手写真家たちの作品を何点か見せる機会があって、感想を聞いたところ、「はっきり言って、これらの写真は、オナニーにしか見えません」と、一言で言いきったのには、少し驚いた。

 それらの写真に私が感応できないのは、私の感性が若い人についていけなくなっているのかなあなどと、ぼんやり思うこともあったけれど、若い人で、「オナニー」とズバリと言える人が出てきていることが、何かしら嬉しい変化の兆しのように思えた。

 自己表現は全てマスターベーション(自己満足)だと短絡的に言う人もいるが、私はそうは思わない。

 その女性写真家の作品は、マスターベーションではなく、他者との出会いや成就を切実に願う、「求愛ダンス」のように感じられる。

 求愛ダンスとマスターベーションを同じだと言いきる人は、近代の悪弊である「結果主義」に毒されているだけだろう。


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