コムスンの問題

 コムスンの問題が連日、報道されている。

 コムスンの不正な介護、介護報酬の不正な請求、介護事業所指定の不正な取得等々。

 これだけ大騒ぎをされているけれど、その不正がいったいどういうものか、非常にわかりにくい報道が目立つ。

 悪徳業者が、神聖なる介護という現場を食い物にして、不正にお金を稼いでいるというイメージだけが作られているように見える。

 また、介護保険法そのものに問題があるのだとか、民間に介護サービスをやらせると市場原理に走ってこうなるのは最初からわかっていた、だから、そもそも国に責任があるという大雑把な話しをする専門家や言論人もいる。 

 そういう意見を述べるのは簡単だが、現状をよくしていく具体的なことには結びついていかない。

 コムスンが行った介護報酬の不正な請求の一つである「散歩の付き添い」などにおいては、おそらく利用者は、そのサービスにそれなりに満足をしていると思う。利用者の金額の負担は一割であり、その金額と自分が得た満足のバランスで問題なければ苦情を言ったりしない。しかし、介護保険制度上、散歩の付き添いには介護保険は適用されないことになっている。だから、もし利用者がそれを望むならば、残りの9割の金額も自分で負担しなければならない。たとえば、300円で済んでいたものを、3,000円支払いなさいということだ。3,000円もするなら、そのサービスはいらないという利用者は多いだろう。だから、利用者に3,000円を請求せずに、散歩の時間を介護保険制度上認められている他のサービスをしていることにして、利用者から300円もらい、国から、2,700円をもらう。そこに不正があった。

 コムスンでなく誠実な介護会社の場合どうなっているかというと、利用者との関係で「散歩の付き添い」などを行うことがあっても、介護保険で請求できないし、だからといって利用者に3,000円全額を請求できないから、無償でサービスを行っている。

 散歩に限らず、訪問介護をしていると何らかの手助けを行わざるを得ない局面はたくさんあるが、それらを介護保険の対象外だからといって、「できません」と断ることは難しい。もちろん、それに多大なエネルギーが割かれると他のことができなくなるから、できる範囲で無償のサービスをしているヘルパーが多い。コムスンは、そうしたサービスも無償ではなく、保険制度上のサービスと偽って、不正に国に対して、お金を請求していたということだろう。

 また、不正な介護事業所指定の取得に関しても、天下りの役員のいる幽霊会社のように、架空の事務所で仕事もせずに、お金だけを得ていたということではない。

 介護保険制度のなかで介護サービスを行うための人員構成の基準に達していないのに、コムスンの事業所は介護サービスを行っていた。そうした基準を国が定めているのは、介護の質を落とさないためだ。

 そしてその基準に達していない場合は、保険請求はできない。だから、もし利用者がその事業所のサービスを受けたら、利用者に全額を請求しなければならないのだが、利用者が全額を支払う筈もないので、指定を受けた介護事業所として、金額の9割を国に請求していた。そして、それが見つかって処分されるとわかった時、処分の先手を打って、自ら廃業届けを出した。廃業であれば、他の所で新たに立ち上げることは簡単だが、処分を受けるとダメージになるし、下手をすると他の事業所への影響も出ると判断したためだろう。この悪質さが、厚生労働省の怒りを買った。

 また、ケアマネージャーに対する報奨金の問題にしても、とても微妙だ。

 ほとんどのケアマネージャは、どこかの会社に所属している。だから、たとえば自社が訪問介護サービスを行っている利用者に、自社が運営するデイサービスを利用をさせる動きは、コムスンに限らず行われている。

 法律的にはそういうことは許されておらず、利用者のことを第一に考えて、利用者にとって最善のデイサービスを介護計画のなかに組み込むのがケアマネジャーの仕事だとされているが、何を基準に最善とするかは非常に曖昧であり、通常、ケアマネジャーは、所属会社からの暗黙のプレッシャーと自分の良心の狭間で揺れ動きながら、その場その場で判断しているだろう。コムスンは、そういう微妙な立場にあるケアマネジャーに対して、グループ内のデイサービスに誘導できた場合に報奨金を出すという露骨なことをした。

 以上、一連の流れを見ると、企業として悪質だという印象以上に、とても稚拙だという気がする。

 この会社の経営トップは、悪質だ。介護事業を金儲けのシステムにしようと躍起になって、現場にプレッシャーを与え続けている。現場は、数字を残すために必死になった。しかも目先の利益だけを上層部から要求されるため、長い目でヘルパーを育て顧客との信頼関係を深めていくという方法をとれず、付け焼き刃的な方法に走った。

 介護事業所としての体制を整えたくても、知識や技術の教育などが不完全で、ヘルパーがすぐに辞める。技術と知識が足らないと、ヘルパーへの身体的負担も多くなる。腰などを痛めやすいし。

 だから、技術も知識も未熟なヘルパーでもお金が稼げるように、家事援助など簡単なサービスを受け、散歩などの介護保険に該当しないサービスも抱き合わせて、ごまかして請求する。ケアマネジャーとの対話を充分に行う余裕がないから、報奨金という安易な方法でケアマネジャーのモチベーションをあげようとする。

 コムスンは、現場での志気が下がらないように、またすぐに辞めるスタッフの人員補充のために、派手な宣伝活動をして、出費をかさねてきた。

 悪循環だ。その分、しっかりと現場スタッフの育成に投資すればいいのに。

 散歩の付き添いなど付加サービスは、訪問介護の流れのなかで自然に発生する。そういうものは、介護保険法の範疇外であるかぎり、無償のサービスとして割り切らなければならない。そうすると、無償のサービスとして割り切れる余裕をどのようにつくり出すかが問題になる。

 一つの手として、法的に定められたもののなかで報酬の高いサービスを行うこと。一人の人間が同じ時間拘束されても、家事援助と身体介護では報酬金額が異なる。重度の人を支援できる技術があれば、さらに高い報酬を得ることができる。金額の安い家事援助ばかりを仕事にしていたら、ヘルパーの数ばかり必要になり、事業の運営が苦しくなって、不正に走らざるを得なくなるのだ。

 しかし、身体介護をきっちり行えるヘルパーを数多く育てるためには、教育が必要になってくる。教育に投資ができない介護会社は、報酬の低いサービスのウエイトが高くなって、自分の首を締めていくことになる。

 目先の利益を追わず、教育に投資できている介護会社が、安定的に健全に介護事業を続けていけるのだと思う。


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